第15話 コンマの体質

 彼の名前はアントニオ・ガリエラ。イタリアのダンジョン探索者チーム『フェッロ』の一員。

 彼は悩んでいた。もっとできるはずなのに自分に下されたこの評価は絶対に間違っている……

 彼はB級探索者だ。探索者にはE級からS級まであり、A級とB級の間に立ちはだかる大きな壁。彼はなんとしてでもA級になりたかった。


 だが――


「はあ!? なんで俺がA級になれねえんだよ!? 俺の親父がどんなんか知ってんだろ? 親父に恥かかせるつもりか!?」

「父上の威光を笠に着たところでこの決定に変わりないよ。これは今までの君の実績や素行、そして今回の試験を総合的に判断しての結果だ。君にA級探索者の資格を付与するわけにはいかない」


 彼の父親はイタリアダンジョン協会の有力者だった。彼はありとあらゆるコネクションを使い、友好関係にある日本の、とあるダンジョン探索者育成学院へ留学したのだが、そこでの結果は余り芳しいものではなかった。

 ダンジョン探索者育成学院の教官を兼任していた虚坂次緒は、彼にもうこれ以上の伸びしろはないとの判断を下した。

 彼の年齢は23歳。ダンジョン探索者の適正年齢は、若ければ若いほどよく、一般的なピークは15歳から19歳と言われ、20歳を境に能力は減少していくというのが、日本のダンジョン研究者達の一致した見解。

 つまり彼はもうすでに探索者としてのピークをとうに過ぎていた。


 だがアントニオ・ガリエラは諦めなかった。

 彼は今回のルミナ救援部隊に、自分と一緒に探索者留学していたレオ・ディマジオと共に編成するように次緒に進言したのだ。それも父親の名前をちらつかせて。


 彼はなんとしてでもこの遠征で結果を出さなくてはならなかった。

 それが例え望まれるような結果ではなくとも……



    ◇




 椅子も何もない部屋で、ルミナ救援チームの面々はどうしていいか分からずその場で待ちぼうけを食っていた。

 竜宮コンマは魚を調理してくるといって何処かへ行ってしまったのだ。そしてそれに助手としてついていった南雲ルミナ。


「ねえ、あの魚とか言ってたヤツ、あれ龍魚ですわよね? あれってA級モンスターでしょ? あの鬼の方、あれを調理するって頭おかしいのではないですの?」

「え~? あたしちょっと食べてみたいかも~。」

「ふうには聞いていません! ねえ! 次緒君! あの方絶対ヤバいですわ!」


 光里子の問いに虚坂次緒は口角に微笑みを携えながらこう言った。


「いいや、彼はヤバくないよ。彼は凄いんだよ。なんせ僕は彼をここから連れ出す為にわざわざ危険を冒してまでここへ来たんだからね……」

「は、はあ? 以前から彼のこと知っているみたいに聞こえますけど?」

「ふふっ、どうだろうね?」


 含みを持たせた笑みを浮かべポケットから何かを取り出した次緒。

 取り出したのはタバコ。彼はそれを咥えると、徐に火をつけた。


「ちょ、ちょっと次緒君!? あなた未成年でしょ!? なにタバコなんて吸ってますのよ!?」

「ふふっ、いいんだよ、僕は。まあでも内緒にしておいてくれよ」


 彼がそう言いながら吐き出した煙は、うねうねと立ち昇り次第に霧散していく。

 その姿はまるでもう何年もタバコを吸い続けてきたかのように、堂々としたものだった。



    ◇



「お待たせ! 皆腹減ってんだろ? 魚捌いたからよお、食ってくれ! まあ碌な調味料もないから口に合わないかもしれねえけどさあ」

「あっ、わたくし調味料なら色々持ってきてますわよ! よかったらこれ使ってくださいまし!」


 光里子はカバンから様々な調味料を取り出すと、コンマの目の前に並べ始めた。それを見たコンマは突然雄たけびをあげた。


「うおぉぉぉ! 醤油あるじゃん! え、マジで使っていいの!? うわあ、何十年ぶりだろ……」

「ええ、どうぞどうぞ、お使いください!」

「へへへっ、じゃあ遠慮なく!」


 そう言って龍魚の刺身に醤油を垂らし口へ運ぶ。その直後彼はプルプルと震えだし、鬼の仮面をしているにもかかわらず目から涙を流し始めた。


「う、うめえ……まさか生きてもう一度醤油を味わえるなんて思ってなかった……ホントありがとな。名も知らぬ女の人」

「あ、そういえば自己紹介もまだでしたわね。わたくしは瑠璃垣光里子。それでこっちの緑髪のちっちゃいのが、櫻小路ふうですわ」

「へえ、金髪のあんたがひかりこで、緑のほうがふうね。そんでそっちの外国の人らはなんつーの?」


 名前を聞かれたアントニオとレオは、言葉少なにファーストネームだけをコンマに名乗ると、突然次緒が持っていたカバンを奪い、その中から何か瓶のようなものを取り出した。


「おい! こんな訳の分からんモンスターなんぞ食ってないで、さっさとこいつを眠らせてここから帰るぞ! いつまでもこんな茶番に付き合ってられるかよ!?」

「ああ! 本当だぜ。おい、鬼の仮面! こいつを飲め! こいつをお前に飲ませればここから出られるんだよ!」

「ちょっ! あ、あんたたち何勝手なことしてくれてんのよ!? ちょっと、次緒君!? こいつら一体なんなのよ!?」


 ルミナの怒声に特に悪びれる様子もなく、瓶をコンマの顔に向けて突き出すアントニオ。瓶の中には何か粉のような物質が入っていた。

 コンマはそれを受け取るとアントニオに向かい話しかけた。


「あ? これを飲めばいいのか? 眠らせて、とか言ってたけどこいつを飲めばここから出られるんだな? じゃあ喜んで飲んでやるよ」


 そう言って瓶の蓋を開け、一気にその中身を口に入れたコンマ。

 だが彼がその粉を飲み込んでからいくら時間が経とうとも、何も変化が起こることはなかったのだった。


「なんだ? 全然眠くなんてならねえぞ? 時間かかるの?」

「う、嘘でしょ!? コカトリスが卒倒するほどの催眠効果がある魔力を込めた睡眠薬ですのよ!? なんでなんともないんですの!?」

「ああああああ! ちょっと! そこの外人ふたり! どうしてくれんのよ!? コンマ君は一度把握した状態異常は一切効かないっていうのに! ああ、本当にこのまま一生このダンジョンで暮らさないといけないの? そんなんやだ……」


 膝から崩れ落ちたルミナを見て、レオの顔色が変わった。彼はコンマの体質について何も聞かされていなかった。それはそうだ、ルミナは睡眠薬を持ってこいと伝えただけで、コンマの体質については何一つ話していなかったのだから。


「はっ!? ふ、ふざけんなよ!? こいつがそんな体質だなんて聞いてねえぞ!? て、てめえなんでそれを早く言わねえんだよ!?」

「言うタイミングがなかったでしょうが! あんたたちが焦って勝手な行動したのが悪いんでしょうがあ! 勝手に人のせいにしないでくれるかしら!」


 言い合いを始めたふたりを見て思わず右往左往するコンマと光里子。

 先に言葉を発したのはコンマだった。


「お、おい、お前ら落ち着け。とりあえず今日はもう休もうぜ。俺ははなから地上へ帰れるなんて思っちゃいなかったしよお。まあ明日からおまえらにも狩りの仕方教えてやるから」


 状況を理解できていなかった光里子は、コンマの言葉を聞いてようやくここから地上へ帰ることができなくなったことに気づいた。真っ白な彼女の顔は、みるみるうちに青ざめていく。


「え、え、え? 地上へ帰れない? う、嘘ですわよね……ね、ねえ、次緒君!? そんなことないですわよね!? 私達帰れますわよね!?」


 狼狽する光里子の問いにも顔色ひとつ変えることなく虚坂次緒は言った。


「まあこうなってしまった以上仕方ない。独断で行動したアントニオとレオには然るべき罰を受けてもらうとして、今日のところは皆疲れただろう? コンマ君のいうとおり休ませてもらおう。僕も今日は疲れたんでね。コンマ君、寝る場所へ案内してもらってもいいかな?」


 コンマはわかったとだけ言い、次緒を部屋へと案内していった。

 未だに言い合っているレオとルミナ、青ざめた表情のままの光里子、刺身を食べ続けているふう――


 ――そして歩いていくコンマの後姿を目で追う男。


「こんなとこに一生いてたまるかよ。そうだ、あいつをぶっ殺せばいいんだよ。へっ、そうだぜ、あいつがいなきゃここから出られるんだ。やってやるよ……」


 ぶつぶつと独り言を言うアントニオの声に、誰一人気づく者はいなかった。






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