第14話 ルミナ君凄い臭いぞ

 地面に腰を下ろし不敵な笑みを浮かべるアントニオはレオに問う。


「おい、お前は残ってるのか?」

「あ? ああ、俺も魔力切れだ。当分魔法は使えそうもねえなあ。ひっひっひっ」


 嫌らしい笑みを口角に携えたふたりは、虚坂次緒うろさかじおを見て嘲るような声を出した。


「コカトリス程度お前らだけでもイケるんだろ? なんとか俺ら抜きで倒してくれや」


 こうなることを虚坂次緒は予測していなかったわけではない。

 明らかな不安材料、そしてこのメンバーの中で異質な存在。だが彼らを連れてこざるを得ない理由があった。

 ふん、まあ想定の範囲内だ、次緒は心の中で捨て台詞を吐き、腰に付けたウエストバックの中から何かを取り出した。


「ちょ、ちょっと! 次緒君! いいんですの!? それを使ってしまっても!?」

「ああ、大丈夫だ。一応予備でもうひとつ持ってきたからね。とりあえずこのふたりは使い物にならないから、こいつでコカトリスはどうにかしてしまおう」


 それを見たアントニオは舌打ちをした。彼には彼の目的があった。それはルミナを救援することとは違う。アントニオはレオに目配せをし、レオもその意図に気づいた様子で、言葉も発さずにただ静かに頷いた。


「光里子君これを頼めるかい? 僕にこいつを使う腕はないからね。君に任せるよ」

「わ、分かりましたわ! これって責任重大、ですわよね?」

「まあ、ね。光里子君、敵が向かってきている。早いところお願いしてもいいかい?」

「ええ!」


 光里子が次緒から受け取った物。それは――


 ――一丁のピストル。


 光里子はその銃を構え、照準を合わせる。

 羽を広げながら光里子に向かって突進してくるコカトリス。その距離は段々と近づき、20メートル、18メートル、15メートル、13メートル、10メートル、あと数秒で敵の射程圏内に入る、そんな修羅場の中でも光里子は冷静だった。


「撃ちますわよ――」


 あくまで冷静に、そして慎重にトリガーを引く。


 ――パアァァン!


 弾丸はコカトリスの鶏部分と蛇部分の丁度境目辺りに着弾した。着弾しながらも歩を進めていたモンスターは、光里子との距離約1メートル付近でようやく倒れ込んだのだった。

 弾丸に付与されていた睡眠効果が発揮し、先程までの荒れ狂いようが嘘のように、コカトリスは横倒しになると、そのまま眠りに落ちていた。


「お見事だ。光里子君。これでとりあえずの脅威は去ったね。しかしルミナ君は一体どこに行ったのか……早く来てくれるといいんだが」


 噂をすればなんとやらとはよく言ったもので、虚坂次緒がルミナの名前を出して直ぐ、何処からか女性の声が聞こえた。


「みんな~! ごめ~ん!」


 その声の主は巨大な魚の上にしがみついていた。

 そう、光里子達救援部隊が助けに来た張本人南雲ルミナその人だったのだ。



    ◇



「ちょっとルミ! 一体どこいってたのよ!? ずっとインカムで呼んでましたのにい!」

「ごめんごめん、インカムのバッテリー切れでさ。あっ! そうだ! 彼を紹介しなくちゃ! えっと、彼がベヒーモスから私を助けてくれた――」


 ――竜宮コンマ君よ!


 腰まで無造作に伸びた黒髪と何時の間にか元通りになっていた鬼の仮面、上半身裸でボロボロのジーンズを履いた青年は、持ち上げていた魚を地面に降ろすと、照れくさそうに頭を掻いた。


「へ、へへっ、なんか照れるじゃねえかよ。ええっと、え~、ただいまご紹介に与りました~、手前生国と発しまするは地上、この見知らぬ地下に来て35年、姓は竜宮、名はコンマと申します。以後お見知りおきを~!」


 中腰姿勢で左手を膝に当て、右手の手のひらを見せるように前へ突き出し、まるで仁義を切るような挨拶をしたコンマは、何処か気恥ずかしそうに再び頭を掻いた。


「丁寧な挨拶をどうも。僕はルミナ君救援チームのリーダー虚坂次緒と言う者だ。以後お見知りおきを」

「こっちこそご丁寧に。ってあれ?」


 次緒を見たコンマは何か気になったのか、顎に手を当て暫く考え込んだ。

そして――


「なあ、あんたって俺とどっかで会ったことあったっけ?」


 彼の問いに驚いたのか、一瞬だけ表情が強張ったが、直ぐに柔和な笑顔を浮かべ、次緒はこう言った。


「いいや、初対面だと思うよ。僕は17歳だしね。君は35年ダンジョンにいたんだろ? なら君と会ったことがあるはずはないよ」

「だ、だよなあ。すまねえ! 忘れてくれ。なんか他のヤツと勘違いしちまったみたいだわ」


 互いに笑顔のまま談笑するふたりを見て、光里子はルミナに話しかける。


「ねえ、あの方配信映像とおんなじで本当に鬼の仮面ですのね。しかもすんごいリアルな仮面なのに、なんか彼笑ってるように見えるんだけどどうなってますの?」

「え、そんなの私だって分からないわ。なんていうかあの鬼の仮面、顔に引っ付いてるみたいなのよね。ってそっちのふたりはどなた? 見たことない人達だけど」


 ルミナの問いかけに被せるように、虚坂次緒が言葉を切りだした。


「やあルミナ君、大丈夫だったかい? 見たところ……いや、それよりなんだこの臭いは? 君凄く生臭いぞ……それになんでそんなにテカテカしているんだい? 全身油まみれみたいになっているけど」


 きっと彼はルミナの問いに答えようとしたのだろう。だが彼女の余りにも酷い有様に、思わず何があったのか聞かずにはいられなかったようだ。

一方自分の容姿がどうなっているのかなんて全く気にしていなかったルミナは、今更になって自分の酷い有様に気づいた。


「えっ!? いや、これは、違うのよ。コンマ君が獲った魚にしがみついてたらこうなっちゃっただけなの。てか私そんなに酷い恰好になってる?」

「ええ、すごいですわよ……」

「ル~ちゃんくさ~い! えんがちょ~」

「ちょ、ちょっと洗ってくるわ……」

「おいルミナ! 水貴重だから大事に使えよ!」

「分かってるわよ……」


 ルミナはそう言うと何処かへ歩いていった。

 光里子はそれを見て自分の目を疑う。それは何故か――


 ――つい先程までのコカトリスとの戦闘時にはなかったはずの扉が出現していたのだ。


「ちょ、ちょっと、ルミ、なにがどうなってますの!? さっきまでそんなのなかったじゃないですの!?」

「え、あ~、これね~、なんかコンマ君が近くにいる時だけでてくるみたいなのよ。こっちに部屋があるから皆もこっちおいでよ」

「ル~ちゃんなんか自分の家みた~い!」

「え? そ、そんなことないわよ。ただもう1週間もここにいるからさ、なんか慣れちゃっただけ」


 ルミナはそう言いながら部屋へ入っていった。放置状態になった救援メンバーへ、コンマが声を掛ける。


「え~っと、まあこんなとこで立ち話もなんだしさあ、とりあえず部屋入んなよ。部屋だけは沢山あんだよ。まあ部屋っつってもなんもないとこだけどさあ。てかそれ鶏じゃん! それ眠ってんのか? 後で締めないとなあ」


 救援メンバーはコンマに案内され部屋へと入っていった。だがその中で苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる人物がふたり……


「くそっ、俺らのことは無視か!? マジでムカつくぜ」

「おい、レオ、今はまだ我慢だ。俺たちは上へ這い上がる為にここに来たんだ。これくらいの恥辱は甘んじて受けんとな……」


 そう話すふたり。

 この後彼らが起こす波乱に、今は誰も気づいてはいなかった。

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