第13話 対コカトリス戦開始

「え、ええっと、罰子、さん?」

「し~」


 尾びれを持ち上げて走っている罰子は、口元に人差し指を当てていた。

 ルミナは当然この状況を理解することができず、どういうことか罰子に聞きたかったのだが、そんなジェスチャーをされては黙っている他なかった。


 物凄いスピードで爆走するコンマと、それに合わせて尾びれを持ち上げながら並走する罰子。その余りにもシュールな光景に、ルミナは思わずぷぷっと噴き出してしまった。


「おっ? どうしたよルミナ。なんか楽しいことでも思い出したか?」


 一体どれ程の速度で走っているのかルミナには分からなかったが、過ぎ去っていく周りの風景が残像のように見えた。凡そ人間の脚力では出せない程度の高速走行を続ける彼は、それがまるで事も無げなことのようにルミナに問いかけた。


「え、いや、なんかただ笑えてきただけ」

「ふ~ん、まあそういう時もあるわな~。へへっ、なんか俺も笑えてきたわ!」

「ふふっ」

「へへっ、なんだよ、変なヤツだな~」

「あなたも大概変だと思うよ」

「へへ、そうか? まあいいや! こっからはちょっとギア上げてくぜ!」


 そう言いながらさらに速度を上げるコンマ。ルミナは身体に染みつく魚の生臭い臭いに辟易しながらも、この現状を笑わずにはいられなかった。



    ◇



「いいかい皆! あのモンスターはコカトリス! 近づいた対象を魔眼で石化する厄介なモンスターだ! その有効範囲はおよそ5メートル! 絶対にそれ以上近寄っちゃダメだ! あとヤツの吐き出すブレスにも石化能力がある。ヤツがブレスを出す時はタメがあるから対象の動きに注意してくれ!」

「分かりましたわ!」

「ふんっ!」

「まあ常識だろ」

「言われなくてもそんなことくらいわかってんよ!」


 虚坂次緒の言葉に各々に返答する4人、彼らはそれぞれにコカトリスとの距離をとりながら、どう対処すればいいのか模索する。


「おい次緒、疲れた。あの女に代わってやる。じゃあな」

「本当に君は自分勝手だね。まあいい。例の話は当分持ち越しだ」

「ふんっ、せいぜい今は俺のことを見下しておくんだな。いつかてめえもぶっ殺してやるからよ……」


 ガゼルはそう捨て台詞を吐くと、体の主導権をふうに返した。

彼女は急に蹲ったかと思うと、ほんの数秒で直ぐに立ち上がる。立ち上がった人物の瞳の色は濃い茶色。そこにいたのは紛れもなく櫻小路ふうだった。


「あれ~? あいつ帰ったの~? 次緒君がやったの~?」

「いや、違うよ。相性が悪い相手が出てきたから自分から帰っていった。ふう君戻ったばかりで悪いけど、光里子君にバフお願いしてもいいかい?」

「りょ~か~い! ってあれコカトリス? 確かA級モンスターだよね? ホントここどうなってんだろ~ね~?」

「まあその辺はここを乗り切ってから考察するとしよう。じゃあ頼むよ」

「は~い。ひ~ちゃ~ん、バフかけるよ~」

「ふう! 戻りましたのね!? お願いいたしますわ!」


 櫻小路ふうはスマートウォッチをつけた左手を前に翳し、目を瞑る。

 彼女のつけているスマートウォッチはアントニオとレオは所持していない貴重なアイテム。

 彼女のつけているのは虚坂次緒が上級研究員として所属する『ダンジョン聖遺物解析局』が開発した新型スマートウォッチ、その名も『Smart-watch Contain Grimoire』略してSCGだ。

 この装置には魔導書グリモア―ルの正確なコピーが内包されている。

 通常魔法を行使するには、魔法陣の構築、つまりスクロールと魔導書に記された銘文を詠唱する必要があるのだが、このSCGのおかげでその手間を省略することが可能になったのだ。


「バフの時間は約5分間だよ~。ひ~ちゃんいくよ~」


 ――魔法防御上昇マナプロテクション


 薄紫の光が光里子を包み込み、やがてその光が消失すると彼女は背中に背負っていた武器を左手に持った。彼女の武器は連射式のピストルクロスボウ。矢じりに魔力を込めたマジックアローを装着して使用するその武器は、大量の魔力を内包する彼女にうってつけの武器だった。


「光里子君! コカトリスの本体は下半身の蛇部分だ! そこを重点的に狙ってくれ! アントニオ、レオ! 光里子君が攻撃した後敵のヘイトが彼女に向く! すぐさま魔法で援護に当たってくれ!」

「へいへい」

「おい、さっさとあれ使っちまえばいいんじゃねえの? あれならコカトリスだっておねんねしちまうだろ?」

「なにをバカなことを。アレはルミナ君救出の為に必要なものなのだよ。コカトリス程度ならこのメンバーでかかればなんとかなる! 今回の救援部隊編成は僕の指示に全面的に従うのが条件だったはずだ。君らは言われたとおりにしていればいい!」


 アントニオとレオは元々ダンジョン協会とは別の組織の人間だ。

 今回ワケあってこの救援部隊に編制された。

 光里子とふうは、最初虚坂次緒にその話を聞かされた時己の耳を疑った。何故そんな得体の知れない人物をこの舞台に入れる? それはそうだ。そんな不安材料がいる状態で未知の領域深層666階に挑むのは余りにもリスクが高すぎる。だが次緒は言った。


 ――大丈夫だ。問題ない。と


 だが明らかにチームの輪を乱すような行動をとる外国人ふたりに、光里子は苛立ちを隠せずにいた。


(ああもう! なんで次緒君はあんな奴らを……後ろにも敵がいるみたいで生きた心地がしませんわ。あぁ! でも、今は目の前の敵に集中しないと!)


 光里子はコカトリスの尻尾付近に照準を定め、クロスボウを構えた。


「マジックアロー!」


 眩い光を放ちながら放出された魔法の矢は、コカトリスの尻尾の付け根付近に見事命中した。

 だがその程度の攻撃で倒せる程A級モンスターは甘くはない。コカトリスは甲高い雄たけびをあげ、その眼にはギラリと光里子の姿を映していた。


「アントニオ! ファイアレインだ!」


 虚坂次緒の指示に対してアントニオ・ガリエラの返答は耳を疑うものだった。


 ――すまねえな、魔力が切れたぜ。


 コカトリスのヘイトは完全に光里子に向けられた。

 翼を広げながら猛突進してくるモンスター。それを迎え撃つ光里子。

 その後ろで外国人二人は、口角に下卑た笑みを浮かべていたのだった。

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