第12話 気合だ気合だ気合だああ!!
湖エリアでそろそろ帰るか、そんな話をコンマとルミナがしていた頃。
祭壇エリアでは――
「くそっ! 次から次へと湧いてきやがって! キリがねえじゃねえか! おい女! ここにいるっていう女はいつになったら出てくるんだよ!?」
「お、女!? 私には光里子って名前がありますのよ! というかさっきからずっとインカムで話しかけてるのですけど応答がないんですのよ!」
「ね~、あのおじさん大丈夫~? ぜえぜえ言ってるけど~」
モンスターの集団第一陣を難なく凌いだのも束の間、直ぐにコボルトの大群が救援チームに向かって押し寄せてきた。メンバーのひとりレオ・ディマジオが風の魔法『ウィンド・カッター』で応戦したのだが、ひっきりなしに現れるモンスターに手を拱いていた。
1体1体は大したことがないモンスターでも、大量に現れれば脅威になる。数の暴力によって段々と劣勢に立たされてくる救援隊。
その時ひとりの男が口を開いた。
「ふう君、そろそろ君の、いや、あいつの出番だ。代わってくれるかい?」
「え~、あいつに代わるの~? わかった~。でも気を付けてね~。一応皆は仲間だって言ってあるけど~」
「ああ、いざとなったら強制的に帰らせるから大丈夫だよ。じゃあ頼むよ」
「わかった~。お~い、君の出番だって~、でておいで~」
――ガゼル~!
緑髪のボブカットに緑色のツナギを着た少女櫻小路ふうはそう言葉を発すると、突然その場でしゃがみ込んだ。時間にして数秒。すると、すぐさま立ち上がる。
彼女の瞳は元々濃い茶色をしていたのだが、その場に立っていた彼女の眼は紅く光り輝いていた。
「ガゼル、君の出番だ。ほら、君の武器だよ」
「ひっ! 久々だぜえ! おお! 俺の愛しのナイフちゃん!」
虚坂次緒から2本のカランビットナイフを受け取ると、ガゼルと呼ばれた人物は次緒に向かって叫んだ。
「おい! この体は元々俺んだ! あんな疑似人格に主導権を与え続けるんならてめえも後で殺してやるからな!」
「はあ……御託はいいからさっさとモンスターを殲滅してこい」
「ふんっ! 言われなくてもぶっ殺してやんよ!」
死ねっ! 次緒にそう捨て台詞を吐くと、ガゼルは両手にカランビットナイフを握りしめ、コボルトの大群に向かって猛突進。
犬のような顔に毛むくじゃらの体、体長1メートル30センチ程度と大きくはないものの、鋭い牙と爪を持つ異形のモンスターの群れ相手になんの躊躇もなく飛び込む。
「おらっ! おらおらおらっ! クソ虫共があ! 死ね死ね死ね死ね死ね!」
痛罵を浴びせながらコボルト達を切り刻んでいく。あれほどいたモンスターはあれよあれよという間にその数を減らしていった。
肩で息をしながらそれを見ていたレオは、突然左手を前に出し何かを唱えた。それは風の魔法。レオはあろうことかガゼルが戦闘している所目掛けて魔法を放ったのだ。
――ウィンド・カッター!
無数の風の刃が残り少なくなっていたコボルト達を切り刻んでいく。
だが当然その中にはガゼルの姿もあった。寸前で殺意に気づいたのか、その場からなんとか抜け出したガゼルは、レオに向けてナイフの先端を向け言い放った。
「おい、てめえ! 今俺ごと殺そうとしたな!? てめえ絶対殺す!」
「あ? 俺の獲物横取りしたてめえがわりいんだろうが!? なんだあ? さっきまでと雰囲気違うじゃねえか? いつの間にかそんな平ぺったい胸まで出してよお! 犯されてえのか!?」
「決めた、お前は殺す」
ガゼルはいつの間にか着ていたツナギの上部分を脱ぎ去り、その上半身はスポーツブラだけになっていた。
モンスターを差し置いて一触即発になりそうなふたりをたしなめる男。
虚坂次緒が二人の間に割って入った。
「君たち今そんなことをしている場合ではないのはわかっているよな? レオ、最初に言っておいたとおり味方への攻撃は報酬の減額対象だ。次はないぞ。ガゼル、服を着ろ。その体はふう君の物だ。君の物ではない」
「へいへい、分かりましたよ、ボス」
「はあ!? こんなもん本当はこの胸の布っ切れも取っ払いたいところなんだよ! てかそいつ俺に殺させろ!」
「あ? てめえなんぞに俺様が殺せるかよ? 返り討ちにしてやんよ!?」
「君たち遊びはそこまでにしてくれるかい? どうやら新手が来たようだよ」
コボルトが一掃されたその場にはいつの間にか1体のモンスターが鎮座していた。
鶏のような図体に蛇のようにうねりをあげる巨大な尻尾。
そこにいたのは――
――コカトリス。
「また厄介なのが出てきたね。光里子君! ルミナ君への呼びかけは一旦中止! こいつを倒すことに専念しよう!」
「わ、分かりましたわ! もう! ルミのヤツ何処で何してんですのよ!?」
その頃ルミナは――
◇
「ねえコンマ君、大丈夫?」
「あっ!? ぜ、全然大丈夫だよ、こんなの全然重くないっつーの……」
ふたりはちょうど湖エリアと部屋の中間地点まで来ていた。
どうやら龍魚は物凄く重いらしく、コンマはぜえぜえ、はあはあ言いながらゲットした獲物を引きずり歩いていた。
(あ~、インカムの充電が切れてたのに気がつかなかった! どうしよう、今頃光里子達が来てるかもしれない。早く部屋に戻らないと!)
「ね、ねえ、コンマ君、なんかさ、嫌な胸騒ぎがするからさ、そのお魚置いて一旦部屋に戻らない? なんにもなかったらまた取りに戻ればいいし」
「は!? そんな勿体ないことできるわけねえだろが! こいつめちゃくちゃうめえんだぞ!? こんなとこに置いといたら他の動物に持ってかれちまうわ!」
「他の動物……」
1週間彼と生活を共にしてルミナは気がついたことがある。
彼はここがダンジョンだと知らない。何処か訳の分からない洞窟に迷い込んだ程度にしか考えていないのだ。
だからここにいるモンスター達も只の見た目の変わった動物程度にしか思っていない。
彼がここに迷い込んだのは1994年4月だと言っていた。
ダンジョンが突如日本全国で発生したのは1994年5月。確かにダンジョン発生の事実を知らなければ、そんな荒唐無稽な話信じられるか、という考えになってもおかしくない。だが今は救援に来てくれたチームが心配だ。
ルミナはコンマにそのことを打ち明けることを決めた。
「あ、あのねコンマ君、今もしかしたら救援チームがここへ来ているかもしれないの。だから早く部屋へ戻りたいのよ。だからお願い、その魚は放っておいて一刻も早く部屋へ!」
「あ? そうなの? ならそうと早く言えよな~。ちょっと待てよ~。今気合入れるから~」
コンマはそう言うと引きずっていた魚から手を離し放り投げる。そして額の前で手を組んだ。まるで何かに祈りを捧げるように。
「ぬおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「え、あ、あの、コンマ君? な、何してるの?」
「え、いや、今気合入れてるから話しかけないでくれる?」
「あ、ごめん……」
「ったく……んじゃもう1回やるから……」
――ぬおおおぉぉぉぉぉ!!!
コンマが奇声を発したかと思うと、突然彼の鬼の仮面に異変が生じた。
突然仮面にヒビが入ったのだ。
――ぬおおおぉぉぉぉぉ!!!
さらに気合を入れるコンマ。仮面のちょうど真ん中に入った亀裂は次第にその大きさを広げていった。そして仮面の片方が突然――
――砕けた。
「はっ!? ていうかコンマ君、仮面……」
「はあはあ、よしっ! 気合入った! おいルミナ! 上に乗れ!」
コンマはそう言うと突然魚を手に取り、天高く持ち上げた。つまり彼はこの魚の上に乗れといっているのだろう。割れた仮面のことが気になったが、今はあの部屋へ戻ることが先決だ。ルミナは彼の意図を読み取り魚の上へ飛び乗った。
「よっしゃ! じゃあ気合入れて走ってくから! 振り落とされんなよ!」
「え、ええ、分かったわ……」
(な、生臭い……そして鱗が刺さって痛い。なんかぬるぬるするし……)
体長3メートルはあろうかという巨大魚をいとも容易く持ち上げ勢いよく走りだしたコンマ。
ふとルミナは後方に目をやった。特に意味もなく。
すると巨大魚の尾びれが何故だか浮いていた。
ルミナは目を凝らしてその下を覗き込む。そこに見えたもの、それは――
――半透明になった罰子の姿だった。
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