第11話 これは釣りとは言いません
「ねえちょっと! どうなってますのよこれ!? ルミの映像にはモンスターはベヒーモス以外1匹もいなかったのに、なんで今はこんなにうようよですのよ!?」
モンスターがいないなどと思っていたわけではなかった。初心者向けの低難易度のN1ダンジョンだが、ここは未知の領域『深層666階』、ルミナの配信でベヒーモスの出現もこの眼で見ていた。
当然抜かりなく準備をしてきた
モンスターはゴブリンの上位種『ハイゴブリン』
モンスターの脅威度を示す等級はCだったが、その数は余りにも多い。
「ねえ! どうなさるつもりです!?
「そうだね、とりあえず光理子君はルミナ君にインカムで連絡を取り続けてくれるかい? アントニオとレオは魔法による攻撃。モンスター達の殲滅を頼む。ふうは……待機」
「了解しましたわ!」
「ははっ! ようやく出番か! おいレオ! 皆殺しにするぞ!」
「おお! ボーナスタイムだ!」
「た、たいき……マジですか~」
虚坂次緒の指示によってアントニオとレオの両名は、モンスターへ攻撃態勢をとった。
アントニオは左手を前方に出し詠唱を開始する。
左手に握られていたのは、なにか巻物のような物。
それはいわゆるスクロール。
アントニオの手から雑に空中へと放り投げられたそれは、突然青白い炎を発生させたかと思うと瞬く間に焼失した。
「アントニオ・ガリエラの名に於いて命ずる。グリモア―ル・レメゲトン第2部『テウルギア・ゴエティア』に記された精霊降臨術式をここに顕現せしめよ。我にその力を宿したまえ、南方より出でよ、火の精霊サラマンドラ!」
アントニオが何か、呪文のような文言を詠唱し終えると、彼の左手には眩いばかりの光源が灯された。
「クソモンスター共が! 全員焼け死ねやあ!――」
――ファイアレイン!
彼の発した怒声と共に空中に無数の火の球が出現した。それは正に火の雨の如く、蠢いていたモンスター達の頭上へと降り注ぐ。
その身を炎で焼かれ、断末魔をあげ絶命していくモンスター達。
「なんだよ? 深層も全然大したことねえじゃねえかよ! おいレオ! お前は力温存しとけ。ここは俺だけで十分だぜ」
「ああ!? てめえだけボーナスがっぽり稼ごうって魂胆じゃねえよな!?」
「ホントてめえはがめついなあ! ちゃんとボーナスは半分こにしてやるからよお!」
無数にいたモンスター達が消し炭になっていく最中、櫻小路ふうは遙か先に何か祭壇のような構造物を見つけた。
「ねえあれなに~? なんかある~」
「うん? 確かにこの空間には異質な何かがあるね。ところで光里子君、ルミナ君と連絡はとれたかい?」
「とれてたら直ぐに報告してますわよ! まだですわ! ルミのヤツ何処でなにしてんですの!」
「おい! またモンスターの大群が現れたぞ! くそっ! 一体どっから現れたんだよ!? レオ! 今度はおめえがやれ!」
「ひゃっはあ! ようやく俺の出番かあ!」
一旦は全滅したかに思えたモンスターの大群は、しばらくして再度この場に集結してきたようだ。ルミナ救援隊の一員レオはモンスター達に不敵な笑みを浮かべ、アントニオがしていたように呪文の詠唱を始めていた。
◇
その頃――
「おい! ルミナ! いたぞ! あんたはそのままそこで突っ立っててくれ! 大丈夫だって! あんたが襲われる前に捕まえるから!」
「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!」
向こう岸が見えない程に広大な湖で、ルミナは今コンマが魚と呼ぶなにかを捕まえる為、湖に入水していた。
腰の辺りまで水に浸かった彼女は、自分に与えられた役割がモンスターの疑似餌だということに気づいてはいたが、その役目を拒否することができずにいたのだ。
ルミナが餌役に徹している頃、コンマは湖にせり出すように生えている大木の枝にしがみつき、目当ての魚が来るのを今か今かと待ちわびていた。
ルミナが湖の水の冷たさに耐えきれず声をあげようとしたその時、ようやく彼女がエサとして突っ立っていたことが報われる時が来た。
「コンマ君! 来てる! なんか来てるよ! 嫌だ! 食べられちゃうよお!!」
「もうちょいだ! もうちょい辛抱しろ! よ~し、行くぞお! い~ち、に~の、さん!」
水面に浮かぶ魚影がだんだんとはっきりしてくる。ルミナと魚の距離が数メートルになった頃その魚は突如水中から飛び上がり、ルミナにその凶悪な牙をむいた。
あわやルミナの頭部がその魚に食いつかれる寸前に、コンマはその魚に飛びつき、そのまましがみついたのだ。
驚いた魚はそのまましがみついたコンマごと水中へと潜っていった。
「え? え? コ、コンマ君? き、消えちゃった……」
とりあえず水の冷たさに限界のきていたルミナは陸へ上がる。湖を見渡せど完全に凪いでいる水面。だがほんの数十秒後に変化が訪れた。
――ばっしゃああああん!
湖畔から数百メートル離れた水面から勢いよく飛び出してきた魚と鬼の仮面の男。数十メートルは飛んだだろうか。魚にしがみついたままのコンマは大声で叫んだ。
「もうちょっと待ってろよ~! あとちょっとだから~!」
そう言うと再び彼らは大きな水しぶきをあげながら水中へと帰っていった。
その姿を見てルミナはその場で呆然と立ち尽くしていた。
そして一言――
「あれは釣りって言わないよね……」
◇
「はあはあ、あの野郎粘りやがるもんだから、めちゃくちゃ時間かかっちまったよ」
「へ、へえ……」
数分後巨大ななにかを引きずりながら陸地へ上がってきたコンマ。長い髪が鬼の仮面を覆い隠すようにのっぺりと引っ付いて、正にさ〇このような様相だ。
彼が引きずってきたのは魚、確かに魚だったのだが、銀色の鱗で全身を覆われた3メートルほどの巨躯、額に1本の角のあるおどろおどろしいモンスターだった。
「あ、これ龍魚だ……これも確かA級モンスターだったような……」
「よ~っし! ルミナ! 帰ろうぜ! 腹減っちまった」
「そ、そうね、帰りましょうか」
コンマ達が部屋を出てからすでに3時間程度が経過していた。
その頃祭壇エリアでは、修羅場の様相を呈していたのだった。
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