第8話 対牛(ミノタウロス)戦〈配信回〉
ふたりは今、獲物を狩る為に密林エリアに訪れている。
頭上には音もなく浮遊するドローンの姿があった。
ルミナがつけているインカムは、配信中に音声を視聴者の元へ届けることもできるのだが、今はその機能はオフにしていた。
(このミッションは絶対にコンマくんには気づかれてはダメだ。気づかれたら全てが終わる)
ルミナは昨夜
それは絶対に眠り薬の存在をコンマに知られてはいけないということ。
なんでも竜宮コンマには認識した状態異常を完全無効化する能力があるらしい。つまり眠り薬という存在を知られてしまうと、彼の意思とは無関係に、彼を強力な睡眠状態に誘うことが困難になるのだ。
インカムはルミナしかつけていない。よって彼女はコメント欄を使って仲間に薬の調達を頼もうと考えていた。
(よし、コメント欄に薬のことを書く、そして
スマートウォッチのホログラムウィンドウを起動し、コメントを書き込もうとした瞬間、コンマが小さな声でルミナに語り掛けた。
「ぉぃ、いた、いたぞ……」
そう言って彼が指差した方向、ここから約50メートル程離れた木々の隙間に、なにやら蠢く物体が見えた。
「よし、牛だ。今日はご馳走だぞ」
「う、牛……あれが、牛?」
そこに見えたのは体長2メートルほどの牛の頭をした、筋骨隆々のモンスターだった。
〈おいあれミノタウロスじゃね?〉
〈マ、マジやんけ〉
〈ルミちゃん逃げて! 見つかったら殺されるぞ!〉
〈あれ確かA級モンスターだよな?〉
〈しかも2体おるし!〉
〈てかあの鬼の人近づいてってない?〉
〈さすがに2体はヤバいだろ!?〉
「コ、コンマくん! まだ気づかれてないから逃げないと! この状況であんなの2体も相手にしたら殺されちゃうよ!」
「は? あんたなに言ってんだ? あんなご馳走目の前にして逃げるなんてありえないだろ? まあいいや、ちょっと待ってろ」
彼はそう言うとそこらへんに落ちていた石ころを拾うと、その石を左手に掴んだまま振りかぶる。そして――
――ほっ!
大きく振りかぶって彼の手から離れた石は、そのまま彼が牛と呼ぶミノタウロスのコメカミ辺りに直撃した。そのままその場に倒れ込むミノタウロス。
〈は!? 今なにが起きた!?〉
〈なんか投げた?〉
〈ピッチング動作してたのは分かったけど〉
〈石ころ拾ってたからそれ投げたんか?〉
〈いや、色々おかしいやろwww〉
有り得ない光景にコメント欄も沸いている。だがルミナはその中に目当ての人物のコメントがいまだないことに気づいた。
(ああ、もう! まだ見てくれてない。早く私の配信に気づいて――)
――
◇
「よし、1体ゲット! でももう1体を警戒させちまったな。直接狩りてえけどなあ。あっ!そうだ!」
コンマはなにかを思いついた様子で、ルミナに話しかけた。
「なあ、あんたあの牛の前に出てくんない? 俺が行くと逃げられちまうからさあ。あんたが牛の注意を引いてるうちに俺が後ろからあいつ狩るから」
「はっ!? い、嫌よ! A級モンスター相手に1対1なんて!」
「へへっ、大丈夫だって! あんたもビフテキ食いたいだろ?」
「え、いや、ビ、ビフテキ!? ビフテキってなに!? てゆうか、そもそもあれ牛じゃないですからね、ミノタウロスですから!」
「へへへ、いいからいいから!」
「ちょっ、ちょっと!」
もうすでに彼の中ではこの案でいくことは決定事項、ルミナが嫌がるのもお構いなしにコンマは彼女の背中をポンと押した。
ポンと押しただけでルミナは50メートルほど離れた牛(ミノタウロス)の目前まで飛ばされたが、さすがA級探索者南雲ルミナ、倒れこむことなくモンスターの前に華麗に着地した。
「え、え、え、えええええええ!!」
「ムオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ルミナの存在に気づき物凄い雄たけびを上げる牛もといミノタウロス。その右手にはククリナイフのような刃物が握られていた。
〈おいあの鬼の仮面のヤツ、鬼かよww〉
〈いやマジであいつ本物の鬼なんじゃね?〉
〈ルミちゃん逃げてええええ!!〉
〈ルミ生きてたんですね! よかった:hikariko〉
〈るーちゃん~今救援部隊があの扉探してる~もうちょいがんば~:fu〉
〈僕も救援部隊に参加してるから:uro〉
(
ルミナは白銀色に光るレイピアを中段に構え、ミノタウロスの出方を探る。相手ももう1体のミノタウロスが突然倒れたのを警戒しているのか、中々動こうとはしなかった。
時間にして十数秒、暫くの膠着状態。その均衡を破ったのは鬼の仮面の男、コンマだった。
「ルミナナイス~!」
「ふえっ!?」
気づくとコンマはいつの間にかミノタウロスに肩車されるような形で座っており、ルミナに手を振っていた。
そしてミノタウロスの頭を手と足でがっちり固定すると、しがみついたまま真横に体を倒した。
余りにも不自然に90度真横に頭が回転したミノタウロスは、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「やっべえ! 2体も牛ゲットしちまったぞ! こんな大漁いつぶりだっけ? これで当分メシの心配しなくて済むぜ! こいつは赤ライオンみたく直ぐには味が落ちないからなあ!」
「へ、へえ、そうなんだ……」
〈おい、またあの鬼の仮面またモンスターを素手で倒したぞ!?〉
〈一体なんなんだあいつwww〉
〈てかそもそもルミちゃんそこは何処なんや?〉
〈N1ダンジョンなのは間違いないんよな?〉
〈N1でこんなモンス見たことねえぞwww〉
〈そんなとこおったら命がいくつあっても足りんてww〉
次々に表示され流れていくコメント。一体どれだけの人が視聴しているのだろうか、コメントはどんどん消えていく。こちら側からコメントを打ち込んでも気づいてもらえないかもしれない。
睡眠薬のことをどう伝えればいいのか、必死になって考えた結果、ルミナは最も原始的な方法を選択した。
ルミナは腰につけていたポーチからメモとペンを取り出すと、なにやら書き始めた。そして指をパチンと鳴らすとそれまで空中で浮遊し、撮影していたドローンがルミナの目の前までやってきたのだ。
(よし、これで伝わるはず!)
ルミナはドローンのレンズの前にその紙を差し出した。
その紙に記されていたのは――
――要睡眠薬、1週間以内あの場所で待て
配信を見ていた視聴者たちの大半はこの意味不明のメモが何を意味するのか理解不能だっただろう。
だがあの場にいた光理子とふう、そしてもうひとり、ダンジョン協会聖遺物解析局上級研究員虚坂にだけはその言葉の意図は伝わった。
「お~い! ルミナ~! 帰るぞ~! こいつ今から解体するからよ~」
「は、はーい! 直ぐに行く~!」
2体のミノタウロスをそれぞれ片手で引きずり部屋へ戻るコンマを追いかけて、ルミナは走る。
来るべきこの深層666階からの脱出を必ず実現させる。そう心に誓って。
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