第7話 跳梁罰子〈配信回〉
「おい、ルミナ、大きな声出すなよ、気づかれると逃げられちゃうかもしれないからな」
「は、はあ……」
鬱蒼とした木々が生い茂る密林、腰を落とし頭を低く、相手に察知されないよう音を立てずに移動するコンマとルミナ。
ふたりの頭上には四角い金属体が音もなく浮遊していた。
それはつまり――
――ドローン
遡ること20分前――
「コンマくん、ドローンって知ってる?」
「ドロン? あ、ああ、知ってるよ、忍者が消える時にいうヤツだろ? へへっ、バカにすんじゃないよ、俺だってそれくらい知ってらあ」
「いえ、違います。知らないんですね。えっとね……」
ルミナはコンマにドローンについて説明する。
全方位撮影が可能で、搭載された高性能AIにより被写体のアップもルーズも最適な画角を自動で選択してくれる優れものだ。
「つまり動画を撮影してくれる機械なんですが、これでこのダンジョンの動画配信をさせてもらいたいんですけど、いいですか?」
「動画、配信? なにそれ?」
10年ひと昔とはよく言うが、彼は35年も外界との接触を絶っているのだ。当然動画配信など知る由もない。ルミナはどう説明したものか、思案に耽る。
ルミナはコンマが狩りに出かける少し前に、自身のスマートウォッチに微弱ながらも電波が来ていることを確認していた。
スマートウォッチには様々なデータが表示される。今いるダンジョンの階層がいくつなのかを表示する機能があるのだが、ホログラムウィンドウに表示されたその数字にルミナは思わず目を疑った。
(666階層ですって!? し、信じられない……)
スマートウォッチの故障を疑ったのだが、それ以外の表示に特におかしい点はなかった。となるとこの表示は本当なのかもしれない。ルミナは震えた。
人類未踏の超深層に自分は今踏み立っている。
なんとかしてこの現状を地上に伝えなくては。その為には、まずなんとかして外部と接触しないことには、話は先に進まないのだ。
◇
「……というわけなんです。理解してもらえましたか?」
「ふ~ん、なるほどね。大方理解した。つまり外部にここの現状を見せて、あっちからも助け船をだしてもらおうって寸法ね。まあ無理だと思うけど」
そんな経緯で今ふたりの頭上には撮影モードに移行したドローンが浮遊している。
動画配信モードにはなっているが、なんの告知もしていない現状、見てくれる人はいるのだろうか、いや、そもそもちゃんと電波は地上へと届くのだろうか。
ルミナは憂慮していた。
だが――
〈おい! ルミちゃんの配信やぞ!〉
〈おお! 生きてた! ルミちゃん生きてたぞ!〉
〈ダンジョン協会この配信把握しとるんか?〉
〈一応ダンジョン協会のSNSにコメント入れたで!〉
〈ナイス!〉
〈てかなんだここ? ルミちゃんどこにおるんや?〉
ルミナのインカムへAI音声に変換されたコメントが流れてくる。
どうやら彼女の不安は杞憂に終わったようだ。
よし、これで私の生存は地上へ伝えられた。あとはアレを手に入れて、あの人が言っていたことを実践するだけ。
あの人――
――そう、昨夜ルミナの前に突如現れたお面を側頭部に引っかけた少女。
彼女はあの後ここから脱出するヒントをくれていたのだ。
話は昨夜に遡る……
◇
「
「は?」
「だ~か~ら~! ば~つ~こ~! ワシの名じゃ!
「え、えっと、私は南雲ルミナよ。ば、ばつこ……凄い名前ね……」
「ふふっ、素敵じゃろ? てか名前なんかどうでもいいんじゃい! それよりも妙案があるというのは本当なんじゃろな?」
「え、ええ、嘘じゃないわ……」
ルミナが寝ていたコンマを起こそうとするのを頑なに嫌がるお面の少女は、自分はコンマが起きると消えてしまうことを白状した。
彼女はコンマが寝ている時だけこうして姿が顕現するのだと言う。
お面の少女は言った。早くでていけと。
その言葉が示す意味、それは――
つまりここから出られる方法があるということだ。
では何故ふたりはここから出ていこうとしなかったのだろうか。こんな何もないところに35年もの間閉じこもっているより、外の世界に出ていった方が絶対にいいはず。
「ねえ、罰子さん、私がここから出られて、あなたたちが出られない理由はなんなの? 出られる方法があるのなら、なんであなたたちはここから出ていかないの?」
「そ、それは~、主様の体質のせいなんじゃ」
彼女の話を要約すると、なんでも彼が鬼の仮面をつけている時、低レベルのモンスターは姿を現さなくなるらしい。それはB級以下のモンスターをその場から消し去るほどの威力。
そしてこのダンジョンにおいて上層と超深層を繋ぐ扉は、B級のモンスター『テリブルゲート』という。
本来は探索者を扉に誘い入れ、大型のモンスターの目の前に出現させ、亡骸になった対象のおこぼれに与る、いわばハイエナのような存在らしいのだが、この場所でのそのモンスターの役割は上層と超深層を繋ぐ只の扉。
「要はコンマくんが起きているとそのテリブルゲートが現れないってわけね。つまり彼が寝ていれば彼も地上へ帰れるってわけよね?」
「そんなことはわざわざ言われんくっても知っとるわい! じゃがそんなんどうやっても無理じゃから、こうしてここで35年もゴロゴロしとるんじゃないか!」
「でも今は私がいるじゃない。あなたひとりじゃ無理だったかもしれないけど、私がいれば彼が寝たままその扉まで運ぶことができるわ」
ルミナの言葉で罰子の顔はぱあっと明るくなる。だが何か思い出したのか、その表情は直ぐに落胆の色を濃くしていった。
「やっぱダメじゃ。主様は寝ていてもなにかあればすぐに起きてしまう。ここでの生活はそれだけ過酷だったんじゃ。主様が寝たのに気付くと直ぐに獣達がが主様を襲おうと忍び寄ってくる。じゃから主様はあんな風に立って寝るようになったんじゃ。多分今なら5メートル以内に立ち入ったら起きてしまうわい」
なるほど。要は些細なことで起きてしまうコンマくんを、なにがあっても起きないくらいの睡眠状態にすればいいわけか。
ルミナは妙案を思いついた。
「方法はあります」
「は!? なんじゃ? 本当か?」
「ええ、私が来た地上に、知り合いが研究員を勤めてる部署が開発した、対モンスター用ではあるんですが、どんな相手も眠らせる薬があるんです。それを使います」
「そ、そんな薬があるのか!? い、いや、でもどうやって地上にある薬を手に入れるんじゃ? お主が取りに行ったとして次にテリブルゲートが口を開くタイミングなんぞ分かるまい。ここへ戻ってくることなぞ不可能じゃぞ!?」
「私に考えがあります。もちろんまだ試していないんで、うまくいくかは分かりませんが」
「な、なんじゃその考えとは!?」
うまくいくかはわからない。失敗する確率の方が大きいかもしれない。
でも自分のことを助けてくれた鬼の仮面の彼をこのまま見捨てて、自分だけ帰ることは彼女の信条が許さなかった。
そんな彼女が出した答え、それは――
――配信です。動画配信で助けを呼ぶんです!
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