第5話 鬼のお面の少女
「俺はこっちで寝るからさ、あんたはこの部屋で寝てくれよ」
「すいません、色々と……」
「いいっていいって! 困った時はお互い様だしな! それにあんたには明日地上への道案内をお願いしたいしさあ」
「は、はあ……」
ルミナは言えずにいた。
地上への帰り道なんて知らないことを。
彼女がこの謎の場所へ来ることになった扉は、閉めた途端に消失してしまった。当然戻る道など分かるはずもなかったのだ。
だがコンマの仮面越しでも分かる、キラキラした希望に満ちた表情を見ると、どうしてもその事実を言い出すことができなかった。
それより本当に不思議だ。鬼の仮面を付けているのに、何故だろう、彼の表情が分かる。そのことからもあの仮面が只の飾りではないことは一目瞭然だった。
だがそれよりも――
(はあ、なんていって謝ろう、帰り道が分からないなんて……言えないよお……)
ここで寝ろと言って通された部屋は、畳3畳分ほどしかない狭小の部屋だった。床にはなにもなく、壁際に無造作に赤い毛皮のようなものが無造作に置かれていた。
(多分あれを掛けて寝ろってことよね? あれ多分ベヒーモスの毛皮よね? はあ、本当に一体ここはなんなのかしら……それにあの人は一体……)
部屋に室内灯の類は一切なかったが、何故だか壁全体が青白い光を携えていて、か弱いながらも部屋を照らす灯りの役目を担っていた。
コンマが寝る部屋とは隣同士、壁には50センチ四方の穴が開いていて、隣の様子を伺うことができた。
ふと気になり穴から彼の様子を眺めてみると、彼はなんと立ったまま寝ていた。
部屋の角に体を斜めにもたれさせ、器用に寝ている。
(はあ、疲れた、もう今は考えるのは止そう。全ては明日、今は寝て起きてから考えよう)
精神的にも肉体的にも疲れ切っていたルミナは今は寝ることを優先することに決めた。
そもそもこんなところで寝れるのだろうか、一抹の不安を残したまま。
◇
――ぉい……
――おい……
ん? 誰?
――おい起きろ……
女性の声?
――おい! おいって!
う~ん、もう少しだけ寝かせて……
「おいって! いい加減に起きろ! ホントに近頃の若い娘は全くもう! 全くもう!!」
「ひっ!? だ、誰!?」
ようやく眠りについてどれくらい経った頃だろう、突然女性の声が聞こえてきた。夢かと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
目を開くとそこには本当に女性が立っていた。
黒い着物を着た小柄な少女。
薄灯りで正確にはわからなかったが、どうやら白っぽい髪色に、白っぽい瞳をしているようだ。側頭部になにかが付いている。飾りだろうか、なにか縁日で売られているお面のような……
彼女のことをまじまじと見ていると、その女性はふくれっ面をして、いかにも機嫌の悪い様子でこう言った。
「なんじゃあ! じろじろと人のことを見よってからに! 気色悪いわあ! てか勝手にワシと主様の愛の城に入ってきよってからに! さっさと出ていかんか!」
「え、え、え、え~!?」
寝ぼけた頭からゆっくり覚醒していく最中、薄ぼんやりした視界も徐々にクリアになってくる。目の前で怒鳴り散らしている少女の顔も徐々にはっきりと見えてきた。
彼女が頭に掛けていたものは、よく見るとコンマが顔につけていた仮面と同じようなもの。
だがそれよりもルミナを驚かせたもの。それは――
――彼女の額からは2本の角のようなものが生えていたのだ。
「おい! 話を聞いとるのか!? で~て~け~! こっからさっさとで~て~け~!」
「え、いや、私としても出ていきたいのはやまやまなんですが、出ていき方が分からなくて……あの、そもそもあなた誰なんですか? ここにはあなたとコンマさんのふたりで住んでるんですか? そ、それにその額の……」
ルミナの問いが何故かうれしかったのだろう、先程までのふくれっ面は鳴りを潜め、急に機嫌のよさそうな表情をする謎の少女。
「ムフフフ、まあの! ここは主様とワシのすい~とほ~むじゃ! もう誰にも邪魔されずに35年は住んどるからのう!」
「へ、へえ……あっ、じゃあなんでコンマさんが起きてた時出てきてくれなかったですか?」
「へっ!? そ、それはあ~……」
怪しい。
何故か急に口籠る少女。額には角が生えてるし、こんなダンジョンで着物だし、えらく年寄りじみた話し方だし……
怪しくないところがない! その時ルミナの脳内に稲妻が走る。
彼女は妙案を思いついた。コンマを起こして彼に説明してもらえばいいのだ。彼は35年で初めてここで人間に会ったと言った。もし本当なら彼はずっとここにひとりだったはずだ。
彼女とふたりで暮らしていたのなら、35年で初めて人間に会ったというのは嘘になる。
「あの、今からコンマさんを起こしてきます」
「ほわ!? ちょ、ちょと待てい! それはいかんし! それだけはいかんしぃ!」
「なんでですか? あなたの言ってることが本当なら別に彼を起こしても問題ないじゃないですか?」
「い、いや、そうじゃけれども、で、でもいかんのじゃ! 主様が起きると……」
「起きると?」
むにゃむにゃと言葉を出し渋る少女に、若干のイラつきを覚えたルミナは、無理やり起こそうと隣の部屋へ続くドアに手を掛けようとした。その時彼女はルミナの手を掴んだ。
「わ~った! わ~ったから言う!」
「はい、聞きましょうか。なんでそんなに彼を起こすのを拒むんです?」
「そ、それはじゃなあ、主様が起きるとじゃな~」
――ワシが消えるのじゃ
お面の少女は力なく言った。
ルミナは意味も分からず返す言葉に詰まるしかなかった。
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