第2話 赤ライオン〈配信回〉
「やめろ! そいつをそれ以上キズつけるな!」
禍々しい鬼の仮面の男が発した咆哮で、ルミナの顔は絶望色に染まっていた。ただでさえ如何ともし難いこの状況がさらに悪化したのだ。彼女は半ば諦めていた。
〈マジかよ、ルミちゃんの死ぬ動画なんて見たくねえんだけど〉
〈なんなんだよここは。わけのわからんモンスターに、わけの分からん人型〉
〈通報したんだよな!? まだ救援こんのかよ?〉
〈初心者ご用達のN1の第2層でこんなん有り得んやろ!〉
腰まで伸びた黒い髪に真っ赤な鬼の仮面、上半身裸でボロボロのジーパン姿。
その腕には赤い痣のような紋様が手の甲にまで螺旋状に描かれていた。ひときわ目を引いたのが、尖った爪だ。
まるで真っ赤なマニュキュアをしているかのように、その爪は紅かった。
視聴者達もこれから起こるであろう一方的な虐殺行為を想像し、チャンネルを変える者、最後まで配信を見る決意を固めた者、或いは嗜虐行為を見たがる物好きな者達で入り乱れ、今や視聴者数は刻一刻と上昇と下降を繰り返していた。
巨大なモンスターを挟んで、ルミナと鬼の仮面の人物が対峙する。視聴者はこれからどうなるのか固唾を飲んで見守っていた。
だがその先に待っていたのは、鬼の仮面の男の予想外の一言だった。
「おい! そいつをそれ以上キズつけるなよ! 中途半端に血を抜いたら不味くなるだろうが! こちとら7日ぶりの食料なんだよ! うまく血抜きできないんなら俺に譲れや!!」
「え? あ、あなた、なに言ってるの……」
〈あの鬼の仮面のヤツ今なんて言った?〉
〈ドローンが遠くてうまく声拾えてないな〉
〈中途半端に血を抜いたら、不味くなる、かな、多分:uro〉
〈お前よくわかったなww〉
〈僕読唇術得意だから:uro〉
〈こわww〉
〈変な人来たwwインターネットこわww〉
〈てかそれがホントだとしてどういう意味だよww〉
困惑する視聴者達を他所に、鬼の仮面の男は言葉を続ける。
「頼むよ、もう1週間何も食ってないんだよ。頼むからそいつ譲ってくれよ。少しならやるから。なっ? いいだろ?」
「え、え、ええ、もちろんよ……」
人は理解が及ばないことが起こると自分の意思もなにも無くなるのだろうか。
ルミナは鬼の仮面の男の言葉を全肯定した。
きっと彼女が通常の精神状態だったならまた違ったのかもしれない、でもこの極限状態では理性的な思考などできるはずもなかった。
モンスターを狩ろうとしていた先客からの許しを得た男は、にんまりと嗤う。
仮面をつけているはずなのに、口元だけがニヤリと動いたのだ。
「つーかよく見てろよ。この赤ライオンはな、うまいこと血抜きしないとクソ不味くなんだからよ。コツ教えてやる。コイツは首のとこの太い血管をだな――」
男はそういうと巨大なモンスターの首元に飛びつく。
見たところ男は手に何も持っていない。ただ単に太い丸太にしがみつくように、その魔獣の首元にくっついていた。
「いいか? ここ! ここにこう!」
男はそう言うと突然左手を突き上げ、モンスターに突き刺した――
――突き刺したのだ。
ミスリル製のレイピアですら薄っすらと血が滴る程度にしか傷をつけることができなかったモンスターの皮膚を、いとも容易く貫通したその左手は、なにかを掴みモンスターの体内から引っ張りだした。
それは――
――モンスターの血管。
それも動脈。引きずり出されたその太い
「はあ、よかったよかった。肉も臭くなってないし、なんとか食えそうだな。ねえちゃん、悪かったな、獲物横取りしちまってよ、少しなら食わせてやるからうち来るか?」
「え? え? え、ええ、ええ……」
困惑なのか、了承の返事なのか、ルミナは自分で自分の発した言葉の意味が分からなくなっていた。人型のモンスターだと思っていた相手は、どうやらこちらへの敵意はないらしい。ただただ彼が何を言っているのか理解ができなかった。
〈お、おい、あの鬼のヤツ、あんなデカいの素手で倒したぞ?〉
〈マジかよ……〉
〈登録されてるモンスター調べてみたけどあれベヒーモスだわ〉
〈は?〉
〈マジ?〉
〈ベヒーモスって確か関東N2ダンジョンで1回目撃されたヤツやろ?〉
〈あ~、そうや、確かA級探索者のチームが全滅したっていう〉
〈そのモンスターて何級なん?〉
〈S級だね:uro〉
〈S級てマ!? そんなんA級探索者じゃムリゲやんけ!〉
〈マジか、てかルミちゃんA級探索者やろ? そのルミちゃんが手も足も出ない相手を素手って……〉
〈ちょっとこれマジで今俺ら物凄いもん見てんじゃない?〉
〈だなwwなんか震えてきたww〉
今この場で起こった出来事をまだ受け入れ切れずにいる視聴者達。だがそれはこの場にいるルミナも同じだった。
(一体何が起こったの!? ダメだ、理解が追い付かない。あの人、一体なんなの!? あの鬼の仮面の人物が言っていることも意味が分からないわ。確か食べるって言ったわよね?)
「おら、行くぞ~。こいつアシが早いから、とっとと解体しないと食えなくなっちまうんだよ」
「え、ええ、分かったわ……」
燃えさかる様な真っ赤な
体長5メートルはあろうかという巨大なモンスターは、身長170センチに満たない男の片手に引きずられている。
「おい! こっちだこっち! こっち俺ん家だから! 腹減ってんだろ? すぐ料理するからよ~。ちょっと待ってろよ」
そういう男の前には扉があった。
つい先程までは確かになかったはずの大きな扉。男が仕留めたモンスターも悠々通れるほどの大きな扉は彼を目の前にすると、自動的に開いた。
男は口を開く。
「ほらっ! 入ってくれよ! あんたが我が家への初めての来客だからよ!」
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