ダンジョンが俺を掴んで離さない~35年ダンジョンで生き抜いた男は地上でも無双する~

ハルパ

第1章 仄暗い穴の底からの脱出編

第1話 鬼の仮面の男

 何故私はこんな状況に陥っているのだろう。


 南雲ルミナは死を覚悟していた。

 彼女の前には体長5メートルはあろう巨大なモンスターの姿。

 そしてそのモンスターを挟むように、なにやら得体の知れないナニカがいた。


 ぱっと見は人。だがその人かもしれないナニカには、普通の人間とは明らかに異なる特徴があった。

 それは――


 ――鬼の仮面


 それは夏祭りの夜店で売られているような可愛らしいお面ではない。

 見るからに禍々しく、見る者に畏怖を与えるであろうその形貌は、ルミナの心を激しく揺さぶる。

 ただでさえ目の前の、モンスターデータベースでしか見たことのない恐ろしい魔獣に絶望していたのに、新たな敵の出現の可能性は彼女から闘争心を根こそぎ奪い去るには十分だった。もうダメだ、諦めよう。彼女はこの修羅場で目を閉じようとした。

 

 だがその時――


 禍々しい鬼の仮面をした人物は突然言葉を発したのだ。



 ――おぉぉぉ!! 人間!! 35年ぶりの人間!!



 物語は動き出す。



    ◇



 ダンジョン――


 約35年前に突如として世界中に出現した謎の空間。

日本も例外ではなく、各地に様々な形態のダンジョンが出現した。


 その日彼女はダンジョンの新人探索者研修の引率者として仲間と共にこのダンジョンを訪れていた。その場所の名は――


 東海N1ダンジョン


 愛知県某所にあるそのダンジョンは比較的難易度が低い、いわゆる初心者向けのダンジョンだった。


 彼女『南雲なぐもルミナ』はダンジョン探索者兼配信者だ。

 歳は17歳、水色の髪に所々ピンクのメッシュの入ったセミロング、恰好は黒のロングコートを羽織った軽装備。

 彼女はダンジョンでの探索配信者をする傍ら、国が管轄する『ダンジョン協会探索者育成局』の非常勤講師を兼任していた。


 その日は3名の新人探索者を引き連れ、他の配信者仲間2人と共に東海N1ダンジョン第2層まで潜っていたのだが――


「あれ? こんなところに扉なんてあったかしら?」

「あれ、ホントですわ。前来た時はありませんでしたわよね? 気になりますわね。ルミ、どうします?」

「なんかヤバい気がする~。でも気になる気もする~。でも~」

「ふうは黙っていてくださいまし! 場の空気がへにゃへにゃになります! ルミどうします?」



〈ふうちゃんかあいいよお!〉

〈マジたまんねえww〉

〈キリっとしたひかりこ様も最高ですわww〉

〈ルミちゃん扉開こうぜえww〉

〈うんうん! めっちゃ気になる!〉


 

 配信しながらの探索とあって、視聴者からの催促がコメント上で飛び交う。

 

 同じ配信者仲間で、時折パーティも組む金髪碧眼の少女瑠璃垣光理子るりがきひかりこから迫られる決断にどうしたものか……ルミナは、思案に耽る。


 この日ルミナ達は新人教育がどのように行われているのか、ダンジョン協会のPRを兼ねて、リアルタイム配信をしながらダンジョンを進んでいたのだが、予定外の事態に遭遇していた。

 確かにダンジョン探索者を生業にしている身としては、未知との遭遇、是が非でも行きたいところではあるのだけれど、今は新人達を引率中だ。当然彼らを連れていくわけにはいかない。


 光理子を残して自分ともうひとりの探索者、緑髪のボブショートにアホ毛をユラユラさせた少女櫻小路さくらこうじふうを連れていこうかとも一瞬考えたが、ルミナは結局ひとりで扉の先を確認することを選択した。


「とりあえず私ひとりで見てくる。みんなはここで待機。安全が確認でき次第状況を報告するわ」



〈おお!めっちゃ楽しみ!!〉

〈お宝こいwww〉

〈ルミちゃんふぁいと~!!〉

〈がんばえ~〉



「承知しました。ではわたくし達はここで待っていますわ。一応ドローンはルミが連れていってくださいます? わたくし達はここで配信を見ていますので」

「了解! じゃちょっくら行ってくるわね」


 そんな気軽なやり取りでその扉の向こうへ足を運んだのだが……



    ◇



「くそっ! わけの分からない扉なんて開くんじゃなかった! なんでこんなのがこんなとこにいるのよ!?」



〈おい、あんなモンスター見たことねえぞ〉

〈なんつーの? ライオンをめちゃくちゃデカくしたような〉

〈てかルミちゃん逃げて~!!〉

〈ルミちゃんのグロ動画なんて見たくねえww〉

〈草はやすんじゃねえ〉

〈おい、ルミちゃんが入ってきた扉消えてね?〉

〈は? あ、マジやんけ、どうすんだこれ〉



 ルミナが開けた扉は、いつの間にか跡形も無く消失していた。

 退路を断たれた彼女に残された道はふたつにひとつ、目の前のモンスターを倒すか、逃げるか。

 だがそのモンスターは明らかにこのN1ダンジョンでは異質な存在だった。

 今までに直接見たことのないそのモンスター。だがルミナはこのモンスターをデータベースサイトで見たことがあった。

 確かS級モンスターのベヒーモスだ。

 こんなところにいていいモンスターではない。

 今までに感じたことのないプレッシャーは、今にも彼女の体を押しつぶそうとしている。

 一度目の攻撃はなんとか避けた。それはほぼ奇跡といっても過言ではなかった。全く予備動作のない状況で突然こちらへ飛び掛かってきたその化け物に怯み、しゃがみ込んだ結果偶然相手の攻撃を躱すことができただけ。


(どうすればいい? こんなのに勝てる気がしない。でも逃げ切れる気もしない。てかデカすぎるでしょ、一体何メートルあるのよ……)


 燃え滾るような真っ赤なたてがみを携えたその巨大なモンスターは、体長は5メートル以上は優にあり、銀色に輝く瞳は何も映さず、その魔獣の冷酷さを体現しているかのようだった。


(ああ! このままじゃジリ貧だ! とりあえず攻撃は最大の防御、レイピアで突き続けるしかない!)


 覚悟を決めたルミナは白銀色のレイピアを構える。


 ――喰らえ! 壱点集中!


 高速の10連撃刺突技がモンスターの右前脚にヒットし、刺突箇所からはほんの少しの血液が流れ出していた。人間と同じ真っ赤の血液が。



〈おい、全然効いてないやんけ〉

〈おいマジでやべえんじゃねえの?〉

〈一応運営も配信見てるとは思うけど、ダンジョン協会に連絡入れといた〉

〈ナイス!〉

〈ルミちゃん耐えて~! てか逃げれるなら逃げて~!〉



 AI音声化された配信コメントをインカムで聞きながら、ルミナは退路を模索する。だがどう考えてもこのモンスターの猛攻を避け続けられる気がしない。

 このままではじり貧。


 飛び掛かってくるモンスターを前回りでなんとか避け、位置が逆転する。偶然飛び掛かってきたモンスターの下を潜ることができたのだ。奇跡は二度起こったが、次はないだろう。

 仕方ない、次は20連撃だ。多分腕がイカれるだろう、だがそんなことを気にしている場合ではない。ルミナは覚悟を決め、攻撃態勢をとった――


 ――その時


 ベヒーモスの向こう側に何かがいることにルミナは気づく。

 そう、そこには鬼がいた。



    ◇



「人間! 人間だあ! あ、いや、そうじゃねえ! おいあんた! そいつをそれ以上キズつけんじゃねえ!」

「え、は?」


 人語を話す怪物なのか、ルミナは彼の言っていることを理解できなかった。いや、なにかを喋っているのは分かるのだが、彼が言っている言葉の意味が分からない。

 やはりあの人型の化け物は、今目の前にいるベヒーモスの仲間なのか……ルミナの絶望の色はより一層濃くなっていく。

 だがその直後にその鬼の仮面の男が発した言葉はさらに彼女を困惑させたのだった。


 ――それ以上傷つけると不味くなるだろうがあああ!



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