〈スミレ〉

「テツグロさんの部屋は、始めて入りますね。」

「そうだね。」

ゾウゲさんは、興味がなさそうに呟く。前から思っていたけど、ゾウゲさんって少し話しにくいような気がする。

「スミレ、どうしてここを選んだの?」

「どうして、ですか……?怪しい人もいませんし、調べるところがテツグロさんの部屋しか思いつかなかっただけですよ。」

「そう。」

「不満ですか?」

「いや。遺体にあった刺し傷、凶器は刃物。ここには無いだろうなって思っただけ。」

「………………。」

「なに?」

「いえ、随分と積極的だなと思いまして。」

普段はもっと無気力な感じがするのに、今日はやけにやる気があるみたい。ほら、今も周りを見ながら部屋を歩き回ってる。

…………あれ、もしかして。いつもぼんやりしているように見えて、色々考えているのかも。

「積極的?人が死んだのに、他人事だって済ませるの?少なくとも僕にはできない。テツグロは、僕たちの家族だから。違う?」

仮面越しに、冷たい視線が送られる。品定めしているような目。

「何も違いませんよ。ただ、ゾウゲさんへの考え方を変えようと思っただけです。」

「それ、褒めてる?」

「もちろんです。さあ、調べましょう。私たちののために。」

部屋の中を見ると、それはそれは綺麗に片付いている。それがむしろ何かを隠しているようにすら感じさせる。

「…………ねぇ、これは?」

「レコードプレーヤーですね。肝心なレコードは見つからないですが。誰かが持っていったんでしょうか。」

「レコードだけ?」

「レコードだけみたいですね。」

「………………。」

「ゾウゲさん、どうかしましたか?」

返事がない。それに、さっきまでとは違って、視線に力がない。いつもの、ぼんやりとしたゾウゲさんだ。

「…………スミレ?」

「はい、スミレです。もしかして、ゾウゲさん。」

「大丈夫…………、覚えてる、たぶん。」

「信用できませんよ。」

もしかしたら、ゾウゲさんはただ記憶が不安定なだけじゃないのかもしれない。いつも半分寝ているような状態のように見えて、本当は起きている時間があるのかもしれない。

「テツグロが、殺された。犯人は…………。」

ゾウゲさんは何かをブツブツと呟いている。上手く聞き取れないけど、きっと何か大切なことなのだろう。忘れたくないから呟く。ゾウゲさんなりの頑張りのひとつだから。


「ゾウゲさん、鬼の力の代償って知ってますか?」

「…………代償?」

「鬼は、ただ特別な力を使えるだけじゃないんですよ。力の代わりに、何かを消費しないといけない。ゾウゲさんも、」

話してる途中で、ゾウゲさんの細い人差し指が私の口の前に伸ばされる。

「聞きたいの?」

ダメだと止めたくせに、そんなことを聞いてくる。

「もう、隠し事をしている場合ではありませんから。」

「なら、どっちが、犯人?」

「え?」

「犯人は、鬼?それとも、人?」

途切れ途切れの言葉は、想定外の問いを提示する。鬼と人、どちらが悪か。私はどちらの味方か、そう問われている。私はこの問いに答えなければならない。全員が犯人候補の今、少しでも味方が欲しいのは事実。だから、私はこう答える。

「…………私は、鬼ですよ。母は捕まりましたが、私だけが逃げ延びてテツグロさんに保護されました。」

味方を選ぶ癖は母譲りかもしれない。母は賢い人だった。私が生きるために必要なものを全て残して、母は自分を囮にしたのだ。それを可能にしたのは、直前まで母が仕えていた領主がいたから。

今、私は目の前の白髪の少年を味方に選んだ。正しい選択とは思えない、けど。

「………………。」

聞いていないのか、ゾウゲさんはふらふらと部屋の中を歩き回っている。

「自信なくなってきたなぁ。」

「どうしたの、スミレ。」

「どうもしてないですよ!」

思わず言葉が強くなる。少し間を空けて、ゾウゲさんは「怒ってる?」と聞いてきた。そのやり取りがなんだか懐かしくて、心の奥が温度をもった。


『…………ちゃん。今日は何のお話をしてくれるの?』

『そうですね。それでは、花について。』

『お花!いいね、聞きたい!』

『はい、…………お嬢様。』

『ダメ!私はお嬢様って呼ばれたくないの。私のことは………………』


「アリア、お嬢様。」

どうして急に彼女のことを思い出したのだろう。昔、ここに来る前にいたお屋敷のお嬢様。領主は母を使用人として、私をお嬢様の話し相手として雇ったのだ。アリアお嬢様とはすぐに仲良くなった。とても打ち解けやすい女の子で、歳も近くて、アリアと呼ぶようになった。

だけど、幸せな時間は長く続かないものね。私と母は屋敷を追い出された。母が、鬼だったから。

不思議なことに血が繋がってるだけでは鬼にはならないらしい。ある時急に、鬼としての力が目覚めるのだとか。不幸なことに、私が鬼になったのは母と別れた後だった。割れるような頭痛に、私は自分が鬼になったことを理解した。


『お嬢さん、手を。』

そう私に手を差し伸べたのはテツグロさんだった。行くあてもなかった私は、彼の元に行くしかなかった。それでも母譲りの勘が、彼を信頼していいと告げていたから、抵抗は少なかった。

屋敷には既にアサギさんとモエギさんもいた。それからゾウゲさんが来て、クチナシさんが来て、次にシノノメさん。最後にコハクさんが来て、屋敷は来た時よりも賑やかになった。

「ゾウゲさんの言う通り、私たちは家族なのかもしれません。互いのことは何も知らなくても、同じ未来を共有してる。同じ最期に、きっと辿り着く。だけど、ゾウゲさん。」

ゾウゲさんは足を止め、私の方をじっと見つめていた。私は、次に続ける言葉をどうしても口にできなかった。

だって、知っていたから。

ゾウゲさんに、家族がいないことを。

だから、言えないじゃないですか。


私には、帰りたい場所があるって。

それが、ここじゃないんだって。

言えるわけないじゃないですか。


「…………スミレ?」

「もう、なんでもないですよ。」

言えるわけないから、もう少しだけ私は笑っていよう。いつか、その日が来るまで。

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