〈ゾウゲ〉

「………………早かったね。」

目の前には血溜まりに横たわったテツグロがいる。振り返ると、着替え終わったシノノメと妙に冷静なクチナシがいた。飛び出して行ったきり、アサギとスミレは帰ってこない。モエギの姿も見えない。

「ゾウゲ、何か変わったことは無かった?」

「無いよ。2人が出ていったこと以外は。」

「心配しなくても何もしてないわよ。」

「なにかしててもそう言うよ。」

クチナシに睨まれる。どういう訳か、さっきからシノノメはクチナシの後ろに隠れて出てこない。だけど、随分落ち着いたみたいだ。

「怖がらないでよ。犯人だって決めつけたりしないから。」

正直、シノノメが犯人じゃないとは言いきれない。あの日から、僕の記憶は不安定なまま。それどころか、昔の大事な記憶は少しずつなくなっている。だから、僕の記憶は頼りにならない。意味が無い。

「見て、2人とも。」

「見てって、あんたよく平気で見てられるわね。」

「慣れてるだけ。死体を見るのは初めてじゃない。多分。それより、ここ。刺した傷がある。」

僕は、死体の腹の当たりを指さす。シノノメが屈んで覗き込むと、首を傾げる。

「えーっと、あんまり良く見えないかも。」

「…………。いいよ、見えなくて。凶器は短い刃物。それも両刃。いわゆる短剣。」

「あんた、詳しいね。」

「…………別に。そういうのを見たことがあるだけだよ。」

言葉を選びながら話す。いらない疑いは貰いたくないから。目を閉じると、ぼやけた記憶の中にはっきりと思い出せる何かがある。


――――白い仮面と、鮮血。


「これは、色々調べたほうがいいみたいね。」

「調べる?僕たちで?」

「だって、警察を呼ぶわけに行かないでしょ。私たちみんな、街では生きていけないんだから。」

何も言えなくなる。それは自分が鬼だから、それとも。とにかく、僕たちで調べるしかないんだ。

「とりあえず、こっちはこっちで現場を調べて見ましょう。見たくないものもあるだろうけど、それでも調べないよりはマシ。」

「………………。」

2人が来る前に、実は既に見て回ってた。気になるものはいくつかある。ただ、少し問題があった。

「クチナシ、あれ取れる?」

「あれって、あの大きい箱みたいなやつ?って、重!なにこれ、重すぎない?」

「そう、重すぎて持てなかった。」

「あんた、自分にも持てなかったのに私に持てると思ったの?」

「…………あの、僕が下に降ろそうか?」

おずおずとシノノメが声を上げる。不安そうな顔でクチナシが避けると、シノノメは軽々と大きな箱を持ち上げた。

「…………なんで持てるのよ。」

「えっと、これでいい?」

床に置かれた箱を3人で覗き込む。ツマミがいくつか、ボタンみたいなのと、コンセントの差し込み口。ハンドルみたいなのもある。

「発電機だ。」

シノノメが呟く。

「分かるの?」

「うん、うちで扱ってたのと同じだから。えっと、ここをこうして。ほら、動いた。」

箱から大きな音が鳴る。君が悪い。

「あれ、もしかして機械を見るの初めて?」

「キカイ……?この箱が?」

テツグロから聞いた話、僕は孤児というやつらしい。両親もいない、家もない。その日の食費を稼ぐのに必死で。そんな生活をしていたと、ここに来たばかりの僕が話していたらしい。

僕は知らない。だけどシノノメは知ってる。それなら、この箱は普通の家にはどこにでもあるものなのだろうか。

「言っておくけど、これ普通の家にもないわよ。シノノメの家が特殊なだけ。」

「………………?」

「あー、もう、いいわ。それより、発電機があるなら電気がつきそうね。」

「え、電気通ってなかったの?」

「嘘、みんな気づいてなかったの?」

「…………電気がなくても見える。」

「うん、暗くてもある程度は見えるよ。」

「はぁ、いいわよ。それ以上言わないで。って、ゾウゲ。何興味無さそうに棚見てるのよ。」

クチナシの大きい声で振り向く。ついでに、手招きして2人を呼ぶ。

「これ、工具箱。」

「見たらわかるわよ、そのくらい。」

「あれ、でもこの工具箱、空?」

「そう、中身が無い。誰が持っていったんだろうね。凶器に使ったわけでもないのに。」

沈黙。

当たり前だ。答えはまだ分からない。

だから、今は少しでも情報が必要。

「朝、みんなでご飯を食べた。それからテツグロに会った?」

「いいえ、会ってないわ。」

「僕も、会ってない。」

誰もテツグロに会ってない。もちろん嘘の可能性もある。だけど、本当に誰も会ってないのだとしたら。

「………………研究室。」

「研究室がどうかしたの?」

「テツグロは研究室にいた?」

「確かに、地下研究室なら僕たちは入らないし、会わなくてもおかしくないのかも。」

「研究室、入ったことは無いわね。一体、何の研究をしているのかしら。こんな場所で。」

「知らない。だから、調べに行くんだよ。」

どうして、僕はこんなにテツグロの死を調べようとしてるんだろう。わからない。だけど、分かりたい。思い出したい。忘れてること、全部。

「ゾウゲ、焦るのはわかるよ。だけど、急ぎすぎはダメ。見えるはずのものも見えなくなるよ。」

「………………うん。」

「ねぇ、クチナシ。今のって」

「え?ああ、私も人から言われたことなんだけど。見えるはずのものも見えなくなるって、口癖みたいだった。それが、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ。それより、行ってみようよ。地下研究室。」


それで、僕たちは倉庫を出たんだ。それから治療室に行った。研究室に行くためにはそこから階段を降りないといけないから。だけど、驚いたことに治療室にはアサギとスミレ、それからモエギもいた。

「ちょうど良かった、一度みんなで話したいと思っていたところだったんだ。」

アサギが口を開く。

「状況を整理しようか。」

「うん。僕が目を冷めたら、目の前にテツグロが倒れてたんだ。それでびっくりして、叫んだ。」

「その声で私と、ゾウゲさん、それからアサギさんが来たんですよね。」

「その後、アサギが飛び出していって、スミレも追いかけていなくなった。それから、クチナシが来た。」

「そうよ。悲鳴が2回聞こえて庭から走ってきたんだから。とりあえず私はシノノメを着替えさせて、それから戻ってきて倉庫を調べてたわ。」

「凶器は無かった。だけど、多分短剣で間違いないよ。傷は1箇所だった。それとは関係ないかもしれないけど、空の工具箱があった。」

「私たちは治療室を調べてました。来てみたらモエギさんが倒れていて驚きましたが、とにかく、こちらが見つけたのはマイクロチップだけです。」

そうスミレが言うと、アサギが黒い金属の箱を開いた。中から小さな板が出てくる。

「小さく王立研究所の印が刻まれていた。何か関係があるのかもしれない。いずれにしても、もう少し調べる必要があるだろうな。それで提案なんだが、2人1組で調べないか?」

「いいんじゃない?2人でなら怪しいことしたらすぐ分かるだろうし。そうしましょう。」


クチナシが頷いて、僕たちは屋敷の中を調べることになった。不安もあるけど、今はただ進むしかないから。

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