手がかりを探して
第2話 〈モエギ〉
「………………ぎ、モエギ!」
体を揺さぶられて目を開けると、不安そうな顔でアサギが私を見ていた。
この顔、前にも見た。
そう、あのとき。
私が、この足の怪我をしたとき。
あのときも、こんな顔してたなぁ。
「モエギ、気がついたか。」
「あ、…………うん。」
ゆっくり体を起こして辺りを見ると、入口の方にスミレが立っていた。
私が倒れていたのは治療室の真ん中。私から少し離れたところに倒れたワゴンがある。
「モエギさん、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫、だと思う。」
そう言って笑ってみせると、スミレもアサギも安心したような顔に戻った。でも本当は、あまり調子がいいわけじゃない。少しだけ、頭がぼんやりするような、体が重いような気がする。
「私たちが来たときにはもう倒れていたんです。もしもアサギさんが気づかなかったら、そう思うと怖かった。モエギさんも、テツグロさんみたいにって………………。」
「私が、テツグロみたいに?」
私がそう聞くと、アサギはスミレと顔を見合せて少し考えてから、真剣な顔でこう言った。
「テツグロは、死んだ。」
「………………、え?うそ、嘘だよね。」
「嘘じゃない、テツグロは殺されたんだ。」
「そ、そんな。」
「モエギさん、落ち着いてください。アサギさんも。少し休みましょう。頭を整理するのも大切なことです。」
スミレの言葉で、私は少しだけ冷静になる。
「状況を整理しましょうか。と言っても私たちはシノノメ君の悲鳴を聞いて倉庫に集まっただけなんですが。」
「そうだな。そうして倉庫に行ったらテツグロの遺体と血塗れのシノノメがいたんだ。」
「そういえば、アサギさんはどうしてモエギさんがここにいるってわかったんですか?」
「それは………………」
アサギは言い淀んだ。それからしばらく経って、首を傾げながら言った。
「なんでだろうな?」
これは本当にわかってないヤツだ、とスミレも思ったみたい。その証拠に、スミレはそれ以上何かを聞き出そうとはしなかった。
「とにかく、犯人を見つけるためにも情報が必要です。犯人探し以外にも、気になることはありますが。」
「気になること?」
「そちらは必要があればお話します。とりあえず今は、ここを調べてみましょうか。」
「ここを調べるのか?調べるなら倉庫の方だと思うが、何か考えがあるみたいだな。」
「考え、という程でもありません。ただ、犯人が逃げるならキッチンか治療室だと思っただけです。」
たしかに。倉庫は廊下から入るか、キッチンから直接入るかの2通りの行き方ができる。そして、治療室は倉庫のちょうど向かい側にある。
「治療室に入ったなら、地下室に行く理由があったのかもしれませんが。」
そう呟いて、スミレは部屋の奥の階段を見る。この屋敷の地下にはテツグロの研究室がある。基本的にテツグロ以外は入らないから何があるのか、何の研究をしているかは誰も知らない。
「なにか見つかるといいのですが………………。」
ぽつぽつと言葉を交わしながら、私たちは部屋の中を調べる。改めて見てみると、辺境にある屋敷にしては随分ものが揃ってるなって思う。私は薬とか、そういう難しいのは分からないけど、それでも凄いってことくらいわかるよ。
好奇心をかきたてられるままに棚を探っていく。すると、小瓶が並んでいたその奥、小さな黒い金属の箱を見つけた。
「モエギ、なにか見つけたのか?」
「うん、この箱。」
「怪しい、ですね。どうしますか?中も気になりますが、開けるのは危険かと思われます。」
少しの沈黙のあと、アサギは静かに言った。
「開けよう。大丈夫、心配無いさ。」
それから私の手にあった箱を持ち上げて、アサギは迷うことなく箱を開けた。そして、その中に入っていたのは…………。
「部品、ですか?」
「部品にも見えるけど、なんだろう。」
箱の中に入っていたのは、1センチほどの小さな正方形の金属の板だった。よく見ると黒い汚れが残っている。一度拭いたみたいだけど、完全には落とせなかったんだね。
「これは、マイクロチップだ。」
「なんでそんなものがここに…………。」
スミレが首を傾げる。私は、その、何の話なのかよく分からない。マイクロチップ?ってのが何かもわからないのに、なんで私を置いて難しい話ばっかりするのかな。
「んん?アサギさん、ここに何か印みたいなのが刻まれてるんですけど、分かりますか?」
「印?俺には何も。モエギは見えるか?」
「んー、何も見えないよ。薄暗いのもあるけど、きっとすっごい小さい絵なんだね。」
「なるほど、確かにその可能性はある。スミレ、そこの紙に見えた印を書いてくれるか?」
「え、その、上手く描けるか分かりませんけど、とりあえずやってみますね。」
すると、スミレは戸惑いながらも紙に絵を描き始めた。何かの動物?にも見えるけど、ただの記号のようにも見える。うーん、やっぱり私には分からないよ。
「悪趣味なマークだな。」
「人の顔、鳥の翼、鳥や馬を思わせる部分もありますね。あらゆる動物の、強い部分を無理やり繋ぎ合わせたように見えます。」
「ああ、これは王立研究所のシンボルで間違いないだろう。」
「王立研究所、どうしてそんなものがここに」
「これだけだと分からないことも多い。考えるのは情報を集めてからだ。よくやったスミレ、それからモエギも。」
うーん、何だかよくわかんないけど良かったみたい。アサギはこうやっていつもなんでもないことで私のことを褒めてくれる。だけど、そういうときいつも私は寂しくなる。
アサギは私を見ていない。
いつも、私じゃない誰かを見ている。
その誰かを、私は知っている。
「……………ぎ、モエギ。」
ぼーっとしていた。アサギに声をかけられていることに気づかないほどに。
「モエギ、大丈夫か?まだ気持ちの整理もついてないだろうから、少し休もうか。そうしたら、ゾウゲたちとも合流しよう。」
「……………そう、だね。」
私には、時間が無いから。
最後まで隠しきってみせるの。
私の秘密も
あなたの秘密も
全部。
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