新しい世界へ

さかなとごりら

新しい世界へ

 壁に掛かっている時計は夜中の11時をさしている。

 毎日同じように夜中まで仕事をさせられる。

 家に帰っても「おかえり」を言ってくれる人もいない。こんな生活を続けて26歳。

 こんな生活してたら精神がおかしくなりそうだ。

 そんなことを考えながら仕事をようやく終わらせる。


「もうこの仕事も限界かな」


 ため息を吐きながら家に帰る。

 自分は友人関係も全くなくて、趣味もこれと言ってない。

 強いて言えば本を読むことが好きなくらいだ。かといって本をたくさん読んでいる訳でもないから読書好きってわけでもない。

 全てが中途半端なんだ。

 そんな訳で働く意味を見出せずに働いている。もう逃げ出したいよ、こんな現実から。

 くだらないことを考えながらコンビニでおにぎりを2個と10秒でチャージできるゼリーを買う。うちの会社、残業は多いくせに給料は少ない。

 だから節約しないと生きていけない。

 本当にこの世の中理不尽だよな。

 帰り道の途中の歩道橋でふと立ち止まる。

 そこから見える景色は汚かった。

 いつからか自分の心が汚れて綺麗なものも綺麗だと思えなくなってきた。


「俺人生どうなっていくんだろな。このまま、くだらない生活を続けていくよりも死んだ方が楽なのかな」


 誰か自分を新しい世界に連れ出してくれる人は現れないのか?

 そんな本の中のお話みたいなことがあるわけないよな。

 あるとすればそれはただの妄想か、幻想なんだろな。


「ねぇ、お兄さん」


変な考え事をしていたら後ろから急に女の人から声をかけられてびっくりしてしまった。

 ただその女の子はとても綺麗だった。自分よりも5、6歳若そうで幻想的でこの世のものとは見えないほどただ綺麗だった。見惚れていると


「お兄さんはそこでなにをしてるの?」


見惚れていた自分にさらに問いかけてきた。


「た、ただここからの景色をみ、見ているだけだよ」


 女の人と喋るのがいつぶりなのわからないほど久しぶりでしかも相手は綺麗で、自分のタイプど真ん中の人だった。

 緊張した自分は少しどもってしまった。


「そんなんだ。でも、ここの景色って汚くない?」


 驚いた。

 自分以外にもそう思っている人がいるんだ。

共感してもらえて自分の心が少し救われた気がした。


「お兄さんはこんな景色を見て黄昏てるってことは何か悩み事があるの?」


 自分は悩んだ。見ず知らずで自分よりも若い彼女に、こんな話をするべきか。

 でも、彼女なら自分を救ってくれるのではないか。

 そんなことを思ってしまった。

 だから自分は言った。

 思っていたことすべて。

 仕事が大変なことや、生きる意味が見出せないこと。

 ただ普通に生活することが苦しいこと。

 他の人が幸せだと感じることを自分は幸せだと感じられないこと。

 生きることがだんだん苦しくなってきたこと。

 だんだん死にたいと思い始めたこと。

 自分の今まで貯めてきた感情を吐き出した。

 出会ったばかりの赤の他人にこんなことを言うのはどうかと思ったけれど、感情が溢れ出してしまった。

 そんな話を聞いてくれた彼女はこういった。


「じゃあさ、こんなつまらない世界から私がお兄さんを連れ出してあげる。私がお兄さんを救ってあげる」


 そう言って彼女は歩道橋の手すりに登った。


「危ない!」


 自分は言ったけれど彼女は降りようとしない。彼女は言った。


「大丈夫。私がお兄さんを今とは違う新しい世界に連れて行ってあげるから」


 そう言って彼女は前に一歩踏み出した。

 そこには目に見えない透明の床があるようだった。

 何が起きているのかわからないが彼女は宙を浮いていた。


「さ、一緒に新しい世界に行こうよ」


 そう言って彼女は手を差し伸べる。自分は悩まなかった。

 こんな死にたいと思ってしまうような生活を抜け出したい。

 ずっとそう思っていたんだ。

 だから僕は迷わず歩道橋の手すりに乗っかって彼女の手を取った。

 そして僕は新しい世界に飛び込んだ。

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