新しい世界へ
さかなとごりら
新しい世界へ
壁に掛かっている時計は夜中の11時をさしている。
毎日同じように夜中まで仕事をさせられる。
家に帰っても「おかえり」を言ってくれる人なんていない。
こんな生活を続けてもう数年が経つ。
こんな生活してたら精神がおかしくなりそう。
というか、もうすでに頭のネジは数本どっか行ってしまってるのかもしれない。
そんなことを考えながら仕事をようやく終わらせる。
「今日も11時超えたか」
いつも通りのことだから驚きはしない。
でも、毎日この時間まだ働いてると疲労は蓄積していく。
「もうこの仕事も限界かな」
毎日こんなことを言ってる気がする。
もう嫌気がしてきた。こんなブラックってわかってるのに会社を辞められない自分に文句が言いたい。
自分より若い子はみんな辞めてしまった。
自分と違ってしっかりしている。
まあ、若い子達が抜けたせいでどんどん僕に仕事が回されて来るんだけどなぁ。
大きくため息を吐きながら家に帰る準備をする。
準備を済ませて帰路につく。
そこで自分の人生について考えてみた。
俺は小さい頃から人間関係がなく、趣味もこれと言ってない。
強いて言えば本を読むことが好きなくらいだ。本はここではない、本の中の世界に行って少しだけ現実を忘れさせてくれるから。
でも、それだけじゃ満たされない。
いつできたのかも自分ですらわからない心に空いた大きな穴は。
そんなことを考えながらコンビニでおにぎりと飲料ゼリーを買う。
これが今日の晩飯だ。
毎日こんなのを食べてる。
いつからか自炊するのもやめた。
そんな時間があれば早くベッドに入って寝てたいからだ。
帰り道の途中の歩道橋でふと立ち止まる。
そこから見える景色は汚かった。
いや、本当に汚い訳ではないと思う。
車や街灯、ビルの窓から照らされる街。
綺麗かどうかで言えば綺麗ではある。
でも、この景色の真実を知ってしまっている。
社会の闇の部分が夜の間はずっと照らされているんだ。
そんな真実を知ってると綺麗だとは到底言いづらい。
「俺の人生これからどうなっていくんだろな。このまま、くだらない生活を続けていくよりも死んだ方が楽なのかな」
死ぬことを考えるのは今日が初めてではない。
もう何度も考えている。
だけど勇気が出ない。
だから他人に期待してしまう。
自分を新しい世界に連れ出してくれる人を。
まあ、当然そんなラノベみたいな物語があるわけない。
ここは現実だぞ。フィクションを現実に持ってくるなよ。
ただ、あるとすればそれはただの妄想か、幻覚なんだろな。
「ねぇ、お兄さん」
変な考え事をしていたら後ろから急に女の人から声をかけられてびっくりしてしまった。
その人はとても綺麗だった。
僕と同じか1歳か2歳くらい上にみえる。
ただ単に幻想的でこの世のものとは見えないほどただ綺麗だった。
見惚れていると
「お兄さんはそこでなにをしてるの?」
見惚れていた自分にさらに問いかけてきた。
「た、ただここからの景色をみ、見ているだけだよ」
女の人と喋るのがいつぶりなのわからないほど久しぶりで、それにプラスして相手はとても綺麗で自分のタイプドスレートの女性だった。
緊張した自分は少しどもってしまった。
「そんなんだ。でもここの景色ってなんだか嫌な感じだと思うんだけど」
「な、何でだ?」
「社会の闇がたくさん詰まってる気がするんだ」
驚いた。
俺以外にもそう思っている人がいるんだ。
それだけで自分の心が少し救われた気がした。
誰かと同じ考えだったことに救われることもあるんだと感じた。
「お兄さんはこんな景色を見て黄昏てるってことは何か悩み事があるの?」
自分は悩んだ。
見ず知らずの人間に話すような内容じゃないし、話したところで何かが変わるわけでもないだろうし。
でも、彼女なら自分を救ってくれるのではないか。
そんなことを思ってしまった。
だから俺は言った。
仕事が大変なことや、生きる意味が見出せないこと。
ただ普通に生活することが苦しいこと。
他の人が普通だと思うことが辛く感じること。
他の人が幸せだと感じることを自分は幸せだと感じられないこと。
生きることがだんだん苦しくなってきたこと。
だんだん死にたいと思い始めたこと。
自分の心に今まで貯めてきた感情を吐き出した。
出会ったばかりの赤の他人にこんなことを言うのはどうかと思ったけれど、感情が溢れ出してしまった。
そんな話を聞いてくれた彼女は笑顔でこういった。
「じゃあさ、こんなつまらない世界から私がお兄さんを連れ出してあげる。私がお兄さんを救ってあげる」
そう言って彼女は歩道橋の手すりに登った。
「危ない!」
だけれど、彼女は降りようとしない。
平気そうな顔で彼女は言った。
「大丈夫。私がお兄さんを今とは違う新しい世界に連れて行ってあげるから。ちゃんと救ってあげるから。だから安心して」
そう言って彼女は外に一歩踏み出した。
「待て!」
彼女に死んで欲しくないと思った。
まだ出会ったばかりだが自分を救ってくれるんじゃないかと思った人。
自分はそんな人を目の前で手放したくなかった。
しかし、彼女は落ちなかった。
そこには目に見えない透明の床があるようだった。
何が起きているのかわからないが彼女は宙を浮いていた。
「さ、一緒に新しい世界に行こうよ」
そう言って彼女は綺麗な顔をして手を差し伸べてきた。
この手を取ったら自分の人生がどうなるのか全くわからなかった。
でも、自分は悩まなかった。
こんな死にたいと思ってしまうようなクソみたいな生活を抜け出したい。
ずっとそう思っていたんだ。
だから僕は迷わず歩道橋の手すりに乗っかって彼女の手を取った。
「一歩踏み出してごらん。それで君はこれから自由だよ。」
僕は一歩踏み出した。
そして僕は新しい世界に飛び込んだ。
新しい世界へ さかなとごりら @ARKit
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