オーディション開始

 番号が呼ばれて一人目の人がステージに立ち、パフォーマンスを始める。

 歌手志望のようで、アコースティックギターを弾きながら最近話題の曲を歌う。

 おそらく、自分でアコースティックバージョンに編曲しているのだろう。

 歌のレベルもプロなんじゃないかといえるほど高いし、リリースからさほど時間が経っていない曲をアレンジする音楽の知識と技術。

 これがこのオーディションに出る人たちのレベルなんだ……と衝撃を覚える。

 桜ちゃんのお蔭で自分に対しての自信は失わずに済んでいるが、少しだけ落ち着いたはずの心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。


 でも、きちんと人のパフォーマンスを見なくちゃ!


 私はジッとステージに立つ人のパフォーマンスを観察する。

 これは唯くんから教えられたことだ。


『オーディションでも人のパフォーマンスはきちんと観察すること。それが芝居以外でも』

『芝居以外でも? でも私、音楽とかダンスとか全然詳しくないよ? 多分見てもわからないと思うけど』

『門外漢だとしても得られるところはあるはずだよ。立ち振る舞いだったり、魅せ方だったり、身体の動かし方だったり。もちろん、すぐに実践できることではないとは思うけれど、観察して記憶に留めておくことで、後々自分の魅せ方に活きてくるから』


 先日、彼との座学の時に伝えられた言葉を思い出す。

 確かに歌手志望の人のパフォーマンスでも、アピールの仕方だったり立ち方だったりステージの使い方だったりと勉強になることが多い。

 今は自分の芝居にいっぱいいっぱいでプラン以上のことはできそうにないけれど、いつかは自分のパフォーマンスに応用させてもらおう。

 そんなことを考えていると、一人目のパフォーマンスが終わり、質疑応答へと入る。

 テンプレートな質問が飛び、想定内なのかスラスラと答える一人目さん。

 もしかしたらもっと難しい質問や奇をてらったことを尋ねられるのかと思っていたけれど、なにも変わったことはなく一人目の審査は終わった。

 ただ気になったのが、唯くんからの質問は何一つなかったこと。

 他の審査員からは色んな質問が飛んでいたのに、唯くんはただ一人、じっと答える一人目さんを見ていただけだった。

 そして、二人目、三人目も滞りなく審査が終わり、その後の人たちも同じようにスムーズに審査が終わっていく。

 ステージから降りる人の様子を見ていると、自分の最高のパフォーマンスを出せた人は満足そうに、ミスをしてしまった人や自分の全力を出せなかったであろう人は悔しそうに、一人一人の表情や歩き方で感情が伝わってきた。

 そしてオーディションも中盤に差し掛かり、ようやく桜ちゃんの番になった。

 劇団だったりずっと芝居をしていたと言っていた彼女がやるパフォーマンスは、演技で魅せるのだろう。


 桜ちゃん、いったいどんな芝居をするんだろ……。


 私はワクワクしながら、彼女の芝居の始まりを待つ。

 ステージに立った彼女は、こちらに向かって一礼して、目を閉じて一度だけ深呼吸をする。

 目を閉じたまま彼女は手を上げて開始の合図をした。


「っ!?」


 目を開けた彼女の雰囲気は、さっき私と話していた優しい彼女とは別人かと思わせられるほど異なっていた。

 目を見開いて涙を流し、悲壮感に溢れ、身体全体から悲しみと絶望感を滲ませる。

 まだほとんどセリフを言っていないのに、表情と身体の使い方だけでここまで表現できるなんて……。

 彼女の芝居は誰かから電話を貰ったところから始まった。

 おそらく、大切な人の訃報を知ったのだろう。

 手にスマホを持ってるわけじゃないのに、本当にスマホがその手にあり、それを落としたように幻視してしまう。

 手が震えたかと思えば身体も震えていき、嗚咽が零れる。


「うそ……。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」


 無意識に零れた言葉が、徐々に大きくなっていき、自分自身に言い聞かせる言葉に変わっていく。

 声は震えているのにセリフは鮮明に一番ステージから離れてる自分にも突き刺さる。


「どうして、なんで、あの人が……。あ、あああああああああああ!!」


 静かな芝居からの慟哭。

 セリフや設定自体に目新しさはないが、だからこそ桜ちゃんの演技力の高さが浮き彫りになる。

 今までの人たちは、審査員全員を見ながらその人たちに伝えているようなパフォーマンスをしていたが、桜ちゃんは審査員を見ることはなく、しかし、会場全体に自分の芝居を伝えているように感じた。

 彼女から目を逸らすことができず、彼女の演技力に顔を掴まれて見せつけられているようにすら思ってしまう。

 慟哭が止み、悲しみという暗闇に突き落とされた女性の姿が現れたかと思うと、一転して心底から震えてしまいそうになるほどの憎悪に満ちた重苦しい空気が場を支配する。

 それは息を吸うのを忘れてしまいそうになるほどで、自分自身に憎しみの矛先を向けられているようにすら感じてしまう。


「……許さない」


 静かに発せられた言葉。

 その一言に、いったいどれだけの感情が込められているのだろう。

 悲しみ、憎しみ、寂しさ、絶望。

 全てが凝縮されたような一言に、私の心胆を寒からしめた。


「以上です。ありがとうございました!」


 さっきの一言で終わりだったようで、桜ちゃんは素に戻り頭を下げる。

 涙を拭い微笑む彼女を見て、ようやく私は息を吐きだすことができた。

 私とは比べるのも失礼なくらいの芝居の技術と表現力。

 軽く彼女の経歴を聞いて、上手なんだろうなとは思ったけれど、まさかここまでとは思ってもなかった。


 本当に私は桜ちゃんに勝つことができるんだろうか……。

 いや、弱気になっちゃダメだ!

 桜ちゃんは桜ちゃん。私には私のよさがあるはずなんだから!


 弱気になる心に喝を入れて気を持ち直す。

 そして彼女の質疑応答を聞くために、ステージに立つ彼女に顔を向けた。

 質疑応答は今までとあまり変わらない質問がされる。

 経歴についてだったり、志望動機だったり、所属したらどんなタレントになりたいかだったり。

 桜ちゃんも淀みなく答えていく。

 審査員が一通り質問をし終えて次の人に移るのかと思っていると、今日初めて唯くんから手が上がった。


「先ほどの芝居、素晴らしかったです。しかし、なぜあのシーンを選んだのでしょうか? あなたが選んだ作品なら、もっとわかりやすく演じやすい役もあったと思うのですが、その役ではなく、オーディションでわざわざ難しい役とシーンを選んだ理由をお聞かせ願えますか?」


 今までのテンプレートではない質問が唯くんから飛ぶ。

 桜ちゃんが演じた作品を唯くんは知っているのだろう。

 一流の役者であり、映像作品や演劇にも精通している唯くんだからこその質問。

 いったいこの問いに桜ちゃんはどう答えるのだろうか。


「それは私の今できる全力を出せる役だったからです」

「ということは、今の芝居が得意な芝居だったということですか?」

「いえ、やっぱり私と似ている役のほうが演じやすいし、むしろ苦手な部類の芝居でした。でも、苦手で自分と正反対の役だからこそ、役への理解や没入感を深められると思ったからこの役を演じました」

「普通は自分と性質が近いほうが、役への理解と没入感が深められると思いますが」


 いつの間にか、唯くんと桜ちゃんとのディスカッションとなる。

 今までそんなことはなかったので、他の参加者もざわめきだっていた。


「演じやすい役だと、自分勝手な解釈が入ってしまうんです。役が似ているからこそ自分と重ねてしまって、自分の考えや気持ちを役の考えや気持ちと混同してしまう。もちろん完全に間違った解釈はしないように気を付けているつもりではいます。でも、自分と性質が違う役なら、自分の気持ちや考えが入る余地がなく、完全に役だけの存在として立つことができるんです。前までの自分なら得意な役しかできなかったと思いますけど、経験を積んで技術を磨いてきた今の自分なら誰に見せても恥ずかしくないクオリティで演じられると思ってこの役とこのシーンをオーディションのパフォーマンスに選びました」


 桜ちゃんは一切詰まることなく唯くんの質問に答えきる。

 唯くんに後れを取ることなく、対等にやり取りをする桜ちゃんの姿に、私を含め他の参加者は言葉を失ってしまった。


「なるほど。わかりました。答えてくださってありがとうございます。僕からは以上です」


 唯くんからの質問は終わって、質疑応答の時間は終わる。

 桜ちゃんは一礼して、自分の席へと戻っていった。

 そして、次の参加者のパフォーマンスに移る。

 しかし、桜ちゃんの芝居に圧倒されてしまったのか、調子を崩してミスをしてしまう人が続いてしまった。

 私の目から見たら、桜ちゃん以外の人たちも相当レベルが高いと思う。

 思うのだけれど、やっぱりどうしても桜ちゃんには見劣りしてしまう。

 パフォーマンスをしている本人たちも気づいているのだろう。


 あれが、桜ちゃんこそが本物だと。


 質疑応答でも桜ちゃん以降唯くんから質問が飛ぶことなく、淡々と審査が進む。

 そしてとうとう、私の番が訪れた。

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