オーディション開始まで
ホールのエントランスでオーディションの受付を済ませてゼッケンを受け取り、指定された場所へと向かう。
如何にも防音がしっかりされてそうな扉を開けて入室すると、そこにはすでに何人か椅子に座ってオーディションの開始を待っていた。
会場内は結構広めで並んでいる椅子の前にはパフォーマンスをやるのに十分な空間が広がっていた。
おそらくそこがステージになるのだろう。
最前列にはテーブルが置かれていて、おそらく審査員が座るのだろうと一目で分かった。
桜ちゃんとは少しだけ番号が離れたので、ここでお別れして自分の番号が書いてある紙が貼ってある席へと座る。
一番後ろの端の席。
そして番号も一番後ろ。
これってもしかして私がオーディションのトリってこと?
確かに唯くんに書類を渡されたのもギリギリだったし、滑り込みだったってことなのかな。
「ふぅ……」
緊張でドキドキしてきた心臓を深呼吸で落ち着かせる。
もし本当にトリだったらプレッシャーは凄いけれど、逆に審査員の記憶に残りやすくなるメリットもある。
これは逆にチャンスだ。
そう思ったら徐々に緊張も薄れていって、集中力が増していく。
適度な緊張と集中。
無駄な思考が徐々に無くなって、やるべきことだけが鮮明になっていくこの感覚。
これは私がバスケの試合の前によく入っていた状態だ。
質疑応答で何を答えるか、そしてフリーパフォーマンスできちんと自分の芝居をやれるか。
これだけ考えればいい。
私は頬をムニムニとほぐしつつ、目を瞑りステージに立ち芝居をする自分を思い浮かべる。
何度も何度もイメージを繰り返していると、とうとうオーディション開始の時間が訪れた。
「オーディション参加者の皆さん。おはようございます」
綺麗な女性の声が聞こえて目を開けると、ステージに複数人のスーツを着た大人が並んでいた。
如何にも仕事ができますっていう感じのする女性の挨拶に合わせて、私たちは立ち上がり挨拶を返す。
「今回のオーディションは、制限時間内のフリーパフォーマンスを行ってもらい、その後に質疑応答となります。参加者の皆さんは一人ずつ番号順にステージに立っていただき、準備ができたら手を上げてください。そこから審査開始となります。もし、フリーパフォーマンスで制限時間を超えてしまった場合はこちらから終了の合図をさせていただきます。審査が終わったら自分の席へと戻っていただき、最後の方の審査が終わるまで待機をお願いします。審査が終わり次第別室で一時間の休憩を挟み、合格者の発表となります。合格した方はホール内に残っていただき、それ以外の方は帰宅をお願いします。オーディションの説明は以上です。何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
女性は説明を終えて、参加者を見渡す。
「いらっしゃらないようですね。それでは最後に、本日私たちの他に一人、シークレットで我が社所属のタレントが審査員に加わります。どうぞ、入ってきてください」
質問する人がいないことを確認すると、その女性は不敵な笑みを浮かべて出入口に向かって声を掛けた。
その合図の後に扉が開き、一人の男性が入室してくる。
「……うそ」
男性の登場に会場内が少しだけざわつく。
それは思わず声が出てしまったというくらいに些細なざわめきで、私も予想外の人物の登場についつい声が漏れてしまった。
「みなさん、初めまして。雪月花の雪宮唯です。よろしくお願いします」
私たちの目の前に現れたのは、いつもの野暮ったい髪形と眼鏡姿の見慣れた同級生の白鳥唯ではなく、眼鏡を外し、髪も整えた芸能人の雪宮唯だった。
なんで唯くんが?
私何も聞いてないんだけど!?
衝撃の出来事に混乱しそうになるが、これじゃダメだと一度深呼吸をして落ち着こうとする。
一度では落ち着けず、二度三度深呼吸をしてようやく落ち着くことができた。
それでも何故彼がいるのかの理解はできない。
「審査員という立場を務めるのは初めてで至らないこともあるとは思いますが、しっかりとみなさんのパフォーマンスを観させていただきたいと思っています。緊張しすぎることなく、みなさんの全力のパフォーマンスを期待しています。頑張ってください」
そう言って唯くんは頭を下げて言葉を締める。
顔を上げた彼はちらりと私のほうを見て、申し訳なさそうに一度だけゆっくりと目を閉じた。
瞬きくらいの瞑目は私にごめんねと言ってるように思えた。
仕方ないなぁ……。
そんな姿を見せられると許さざるを得ない。
おそらくなにかしら理由があったんだろうし。
私はそんな彼に苦笑いをして答える。
彼と私にしか伝わらないやり取りを終えて、唯くんはステージから審査員の席へと向かう。
そして、審査員全員が席に着席し、オーディションの幕は上がった。
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