絢と交流

 咲さんとの電話の後、時間まで映画を観たり動画サイトで流行りの動画を漁ったりと時間を潰して家を出た。

 あの喫茶店まで徒歩で十五分ほど。

 空が晴れているのはいいけれど、そのせいで日差しが痛いほどに肌を焼いてくる。

 そんなに距離が離れてないとはいえ、日焼け止めをちゃんと塗っててよかった。

 額から流れてくる汗を拭いながら歩き、ようやく目的地に到着。

 店の扉を開けると、クーラーの心地良い冷気が熱された身体を冷ましてくれる。

 サッと店内を見渡すと、昨日と同じ席にすでに風祭さんがいた。

 彼女はこちらに向かって手を振っている。

 俺は彼女に向かって軽く手を振り返し、店員さんに待ち合わせの旨を伝えて彼女の座っている席へと向かった。


「ごめん、待たせた?」

「ううん、今来たとこー」


 ニコニコと笑いながら手を振る風祭さん。

 俺も彼女に笑い返してリュックを手前の椅子に置き、彼女の対面へと座った。


「なんか、会うたびにこのやり取りしてるよね」

「あー、確かに。なんかついつい言っちゃうんだよな」

「わかるー! 私も相手が先に到着してたら言っちゃう。別に遅刻してるわけじゃないのにね」

「そうそう。もっと挨拶のバリエーション増やしたほうがいいのかな……」

「あはは、変なところで真面目だなー。別にいいんじゃない? 変なこと言ってるわけじゃないんだし」

「それはそうかもしれないけど、なんとなくワンパターンだと思うところもあるしね。ところで、もう何か注文した?」

「いや、まだだよ。何頼もうかなーってメニュー見てただけー」

「そっか。俺もメニュー見よっかな。そんなにお腹空いてないし、軽めのものを頼もう」


 もう一つのメニューを手に取って眺める。

 朝ごはんもちゃんと食べたし、映画観ながら紅茶飲んでたし、流石にがっつりとしたものを食べるほどお腹に空きはないからなぁ。

 それにここは軽食も美味しいし悩みどころだ……。


「ん、私は決めたよ! 白鳥くんは?」

「ちょっと待って……。うーん……よし、決めた」

「ご来店ありがとうございます。こちらお冷とおしぼりです」


 お互いにメニューを閉じて机に置くと、ちょうどいいタイミングで俺のお冷とおしぼりを店員さんが持ってきてくれた。


「ありがとうございます。あの、注文いいですか?」

「はい、承ります」

「えっと、ミックスサンドとアイスコーヒーで」

「私はカルボナーラとアイスティーのレモンでお願いします!」

「かしこまりました。ご注文を繰り返します。ミックスサンドを一つとアイスコーヒーを一つ、カルボナーラ一つとアイスティーのレモンを一つですね?」

「はい、お願いします」


 店員さんは注文を聞いて一礼して去っていった。


「白鳥くんあんまり食べないんだね?」

「俺はそんなに大食漢ってわけじゃないからね。一応朝ごはんはちゃんと食べてきたし、それに元々お昼はがっつり食べないんだよね。頭重くなるし」

「ねえ、それだとがっつり頼んだ私が大食いみたいで嫌なんだけど」

「別にいいんじゃない? いっぱい食べる人って魅力的だし」

「んっ……白鳥くんってさらっとそういうこと言うよね」


 風祭さんは軽く頬を染めてジトッとした視線を向けてくる。


「え? なにが?」

「自覚なしなのがまた……」

「別に変なことは言ってない……よね? 気に触ったのなら謝るけど」

「いや、気に障ったわけじゃないし、別に嫌なこと言われたとかじゃないから気にしないで!」

「うん? それならいいんだけど、もしかして照れてる?」

「照れてない! 気にしないでって言ったでしょ! はい、この話はおしまい!」


 彼女はそう言うとパンと手を叩き、お冷を飲み干した。

 まずいな。初っ端からやらかしてしまったみたいだ。

 でも彼女はこの話を蒸し返してほしくないみたいだし、ここでさらに謝るのも違うよな。

 気まずい空気になって、気を取り直すために俺もお冷を口にする。

 氷でキンキンに冷えたお冷がスーッと喉を潤して頭も冷やしてくれた。


 うーん、咲さんは普段の俺でいいって言ったけど、その普段の俺でいったらこんな空気になっちゃったんだけど、本当にこれでいいのかな?

 もっと気を利かせたほうがいい気がするんだけど……。


「おまたせしました。お先にアイスコーヒーとアイスティーのレモンです」


 またしても丁度いいタイミングで店員さんが飲み物を運んできてくれた。

 ありがたい、これで空気が変わってくれたらいいんだけど。

 店員さんにお礼を言って、ガムシロップとミルクを入れる。

 風祭さんもシロップを入れてストローでかき混ぜていた。


「んー、美味しい!」

「ここのはミルクティーも美味しいよ」

「そうなんだ! 今度頼んでみよー。ていうか、白鳥くんは今日はブラックじゃないんだね」

「あー、ちょっと糖分欲しかったからね。甘いものも好きだし」


 別にコーヒーに拘りはないからな。

 本当に気分次第だ。

 俺はまだコーヒーの味の違いを楽しめるほど、舌が肥えてるわけじゃないし。


「白鳥くんは豆の味がーみたいな拘りがある人だと思ってた」

「いや、だから俺のイメージってどんなんなのよ……」

「あはは、ごめんごめん。でも、ちゃんと話してみるまでここまで話しやすい人だとは思ってなかったからさ」

「まあ学校だと佐藤とか近くの席の人くらいしか関わりないからね……。それ以外だと野暮ったい男子ってイメージなんだろうな」


 よく話す佐藤と後ろの席の男子以外は、そんなにいいイメージは持たれてない気がする。

 ていうか、何故か人気者の佐藤と仲良くしている地味目の男子って印象だろう。


「うーん、野暮ったい人とか暗い人とかは思ってなかったけど、落ち着いた人なのかなとは思ってたよ」

「気を使ってくれてありがとう。まあ、野暮ったいのは自覚してるし、狙い通りだからいいんだけどさ」

「正体バレたら大変だもんね。でもさ、その格好、今の時期なんて大変じゃない? 前髪とか汗でひっつきそうだし」

「それはもう慣れだね。大変だし前髪上げてぇ……って何回も思ったけど、それで人にバレたら元の木阿弥だし」

「確かに。ていうかさ、本当に普段と今の姿ってかけ離れてるよね。眼鏡掛けて髪型変えてるだけなのに」

「眼鏡と髪型って結構人の印象変えるからね。極端な話、髪型や髪色が印象的な人がいきなりスキンヘッドにしたきたら全く別人に見えるからね。それに俺の眼鏡そこそこ度が強いから目元とかちょっと変わってるし」

「あ、それってもしかしてよく漫画である、眼鏡外したら実は美少女でしたーとか、髪を切ったらイケメンだったーみたいな?」

「そうそう」


 まあ、漫画とかアニメだったら眼鏡してても美少女、髪伸ばしててもイケメンやないかーいって読者からツッコミは入るんだけど。

 ただ、現実だと眼鏡の度が強い場合目が小さく見えるから、コンタクトにしただけで一気に印象が変わるんだよね。


「なんか変装のイメージだとウイッグ被ったりするのかなって思ってたよ」

「ウイッグは近くで見たら結構わかりやすいんだよな。あと今の時期とか体育で蒸れるし」


 何度か撮影でウイッグ被ったことあるけど、正直あれを毎日被って登校なんて考えられない。

 確実に髪も頭皮も荒れてヤバいことになる。

 そういう変装で日々を過ごして周りを欺くのはフィクションの世界だから成立することだ。


「あー、確かにそれはきついね。痒くなっても掻けないだろうし」

「そうそう。一回被ってみたら、これずっとつけとくの無理だってわかるよ」

「んー、いつかは被ってみたいなー。ハロウィンとか文化祭でコスプレする機会があったら被ってみよ」

「おまたせしました。カルボナーラとミックスサンドです」


 風祭さんと他愛無い話がひと段落したタイミングで注文していた昼食が届いた。


「わー、美味しそう!」


 目の前に置かれた料理に風祭さんは目を輝かせる。

 俺たちがお礼を言うと、店員さんは注文の確認をし、一礼をして下がっていった。


「よし、食べよっか。いただきます」

「いただきまーす!」


 俺と風祭さんは手を合わせて、昼食に舌鼓を打つのだった。


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