相談の電話

 公園で風祭さんと別れて、家に帰りシャワーで汗を流す。

 朝食も済ませてテレビでサブスクの映画を観ながらようやく一息ついた。

 ちなみに、クールダウン後に話すつもりだった夏の目標であるオーディションについては、この後の喫茶店でコーヒーでも飲みながら話すことにした。


 しかし、女の子と二人で遊びに行く……のかぁ。


 高校に入って佐藤と遊びに行ったことはあるけれど、その時よりもソワソワしてしまう。

 あの時はボウリングに行ったんだっけ。

 やったことないって言ったら驚いてたけど、楽しかったなぁ。

 でも今回は女子と二人で遊びに行く。

 仕事関係の人以外と遊びに行くのなんて男子相手ですらなかったのに、女子となんて経験があるわけがなかった。

 知識としてどういうところに行けばいいのか、どういう遊びをしたらいいのかは知ってはいる。

 しかし、知識があるのとできるのとでは全然違う。

 別にこれがデートだーとか俺が彼女に恋愛感情があるーと思ってるわけじゃない。

 ただ、一緒に遊んでくれる相手には少しでも喜んでほしい、楽しんでほしいとは思っている。

 俺は特にトークが上手いわけでもないし、普通の遊びに詳しいわけでも慣れてるわけでもない。

 そんな俺が風祭さんに楽しんでもらうにはどうしたらいいか。

 誰かに相談するしかないよな。

 やっぱり女性に尋ねたほうがいいはずだ。


 そうなると……咲さん……か?


 咲さんなら女性で経験も豊富そうだし、いいアドバイスをくれると思う。

 こんなことでお手を煩わせるのも申し訳ないけども、背に腹は代えられない。

 一応他にも女性の知り合いはいるけれど、一番頼りになるし信頼している人だからな咲さんは。

 俺はスマホの着信履歴に表示されている咲さんの名前をタップして通話ボタンを押した。


『はい、もしもし。どうしたの、唯』

「おはようございます。朝から電話してすみません」

『大丈夫よ。でも珍しいわね。唯がオフの日に連絡してくるなんて』

「ちょっとご相談したいことがありまして」

『相談? 何か問題でもあったの?』

「いや、そういうわけじゃないんですけど、その、女子と二人で遊ぶ時ってどういうことを話したらいいのかなとご教授願いたいなーと思いまして……」

『え!? 唯、あなたもしかしてデートするの!?』

「ち、違います! デートじゃないです! 件の女子と親睦を深めるために出掛けることになっただけです!」

『……それデートと何が違うの?』

「これからもしかしたら長く関わっていくかもしれない相手なんです。その為には彼女がどんな人間なのかとか趣味趣向を知らなければいい関係を築くことはできません。今回はその為に出掛けるんで、断じてデートではないです」


 そう、これは断じてデートなどではない。

 デートってお互いに好き合ってる相手がデートだって認識を持って二人で過ごすことだろ?

 俺も彼女も恋愛的な好意はないし、デートだって意識はない。

 だからこれはデートではないんだ。


『……まあ、いいわ。そういうことにしておきましょう。それで、どういうことを話せばいいのかでしたっけ? 別に難しいことを考えなくてもいいんじゃない? 普段通りにしたらいいと思うのだけれど』

「普段通りって、俺、学校の同級生と遊ぶなんて高校に入るまでやったことないんですよ? それに高校で遊んだことあるのも男子でしたし」

『そう言えばそうだったわね。龍や優斗と遊んだ話はよく聞いていたから勘違いしていたわ。とは言っても、同年代の女性と話したことがないわけじゃないでしょ? 同級生という括りを除くなら、むしろ多いほうじゃない?』

「でもそれって仕事の現場だったり打ち入りや打ち上げでのことじゃないですか。あとはうちの事務所の人とかですし。プライベートではほとんどないですよ」

『あなたって本当に真面目よね。共演して可愛い子や美人な子がいても声掛けたりしてないものね』

「そりゃそうですよ。それでスクープ撮られたり情報が漏れたりしたら、問題になってうちの事務所にも相手方の事務所にもとてつもない迷惑を掛けるじゃないですか。ていうか、俺自身もめんどくさいことになりますし」


 この業界にいなくても、芸能人のスクープなんて腐る程出てくるのはわかるはずだ。

 それに共演者にポンポン声を掛けてアプローチをするなんて、他の事務所からも警戒されるし、仕事も干される可能性も出てくる。

 そんなのデメリットのほうが多すぎる。

 そもそも、変装してなかったら、風祭さんと遊ぶどころか朝のレッスンも引き受けることはなかったし。


『その若さでそこまで頭が回る人間はそんなに多いわけじゃないのよね、本当は。でもそんなあなただから、私達もあなたの我儘を聞き入れることができたのだけれど』

「それは本当に徹底していてよかったと思ってます。その代償に人と遊ぶことの経験値が不足して、今こうして困っているわけなんですが」

『唯、役者ならもっと交友関係を広げて色んな経験をしたほうがいいんじゃない? 自制ができない人ならともかく、あなたならきちんと考えて交友できるでしょ?』


 電話越しに諭すような声色を出す咲さん。

 咲さんの言う通り、俺ももう少し融通を利かせられたらとは思っている。

 アイドルだけじゃなく、役者としても生きるのなら人生経験は大事だ。

 仕事で普通の人間が経験しないようなことをやらせてもらったりもするけれど、逆に普通の男子学生がやることを俺はやったことがないことが多い。

 佐藤と遊んだ時のボウリングだって初めてだったし、友達と放課後に寄り道も高校に入ってやっと数回できたくらいだ。

 それにゆくゆくは男女交際もきちんと経験しておきたいとも思っている。

 もちろんある程度の年齢まで世間にバレないように……という縛りはあるけれど。

 アイドルが恋愛なんてご法度だとわかってはいるが、一度も恋愛経験がないまま歳を重ねたいとは思わない。

 それに一度も恋愛をしたことがない人間が演じる恋愛シーンやラブソングに人の心が動くほどの説得力が生まれるとは思えないしな。


「ええ。なのでこれがその第一歩なんです。 その為に何卒ご教授お願いします」


 そう言いながら、俺は頭を下げる。

 誤解されたくはないのだけれど、俺は別に風祭さんと恋仲になりたいわけではない。

 でも、彼女とは友人として付き合っていければいいなとは思っている。

 だからこそ、彼女と過ごす時間で嫌な想いはさせたくない。

 その為には咲さんの助言が必要なんだ。


『……わかったわ。じゃああなたに一つだけアドバイス。普段通りでいなさい。それだけよ』


 咲さんが一拍おいて優しい声で告げてきたアドバイスは、俺の予想外の言葉だった。


「え? それだけですか? もっとこういう話をしなさいとか、こういうことをしなさいとかじゃなくて?」

『仮にその子と付き合いたいって言うのならまた違うことも言えるでしょう。でも、ただの友人として遊びたいのよね? なら、いつものあなたで十分よ』

「普段の俺って別に面白みもないじゃないですか。それで一緒にいて楽しませられるとは思えないんですけど」

『面白みなんて必要ないわ。あなたはきちんと人に気を使うこともできるし、人が不快に思うような話だってしない。浮かれて周りが見えなくなることもない。ならあとはあなたが楽しんでその場を過ごせることが一番よ』


 優しい声色で俺を諭すように話す咲さん。

 うーん、そうは言ってもなぁ。

 人に気を使うのも人が不快な思いをさせないような話をするのも当たり前のことだし……。


「そんなもんですかね。同年代の女の子を楽しませられるような話題も大して持ってないですし」


 龍や佐藤みたいに自分から相手に話を振ったり、会話を回したりできればよかったんだけど。


『無理に楽しませようとしなくていいのよ。それに相手の子は無口で唯から話さないと会話ができないような子じゃないんでしょ?』

「それはそうですね。どっちかというと相手のほうがよく喋る感じですね」

『なら、相手の話をよく聞いて、それに対してきちんと反応してあげる。それだけでいいのよ。得意でしょう、あなたは』


 確かに相手の話を聞いて反応するのは得意ではある。

 そもそも相手の話をよく聞いて反応するっていうのは役者にとっては大事なスキルだし。

 というか、それができなければ、ちゃんとした掛け合いなんてできないからな。

 正直、本当にそれだけでいいのか未だに少し不安だけれど、俺なんかよりも多くの人と交流している咲さんの言う事だ。信じてみよう。

 わざわざこんなことで連絡して相談に乗ってもらったんだ。

 そんな咲さんのアドバイスを疑うのは不義理というものだろう。


「……わかりました。咲さんのアドバイス通りにやってみます。お忙しいなか相談に乗ってもらってありがとうございました」

『別にいいわ。あなたとこういう話をするのも初めてだったし、とても楽しかったわ』


 電話越しの咲さんはそう言ってふふっと微笑みを漏らす。

 そう言ってくれるとこっちも気が楽だ。

 本当にこの人がマネージャーでよかったな。


『それはそうと、もしお付き合いするならちゃんと私に報告しなさいよねー』

 最後に意地悪な声色で爆弾を落として咲さんは電話を切った。


 ……だからそういうのじゃないんだって!


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