絢と交流②

「あー、美味しかったー!」


 満足そうにお腹をさする風祭さん。

 俺もサンドイッチを完食して、コーヒーで口直しをする。


「うん、美味しかったね。飲み物のお代わりはどうする?」

「うーん、欲しいけどお金がなぁ」

「一応お代わりは半額みたいだよ?」

「なら、今日だけはちょっと贅沢しよっかな」

「オッケー。じゃあ店員さん呼ぶね」


 俺はテーブルの上のベルを押して店員さんを呼び、お代わりを注文した。


「しかし、本当に美味しそうに食べるよね風祭さんは」

「え、なんか凄く恥ずかしいんだけど……」


 俺がふと思ったことをポロっと零すと、風祭さんは引き気味にジロリとした視線を俺に向けてきた。


「いや、別にジロジロ見てたわけじゃないから。ちょっと視界に入った時にそう思っただけで……」

「えー、なんかえっちー」

「ちょ、それ風評被害。名誉毀損だぞ」

「でも女の子がご飯を食べてる姿をチラ見するのってどうなのさー?」


 風祭さんの言葉にうっと言葉が詰まる。

 確かに、女性が食事をしている姿を見てその様子を伝えるのはデリカシーに欠けていたな。

 下手したらセクハラだこれ。


「それは……不快な思いさせたのなら謝る。ごめん」

「あー、冗談冗談! 恥ずかしかったのは本当だけど全然気にしてないよ!」

「そ、そっか。でも、今後気をつけるよ」


 風祭さんは思ったよりもシュンとしてしまった俺の様子を見て、慌ててフォローしてくれた。

 多分揶揄われてたんだろうけど、デリカシーがなかったのは事実だし、今後は気を付けないと。


「美味しいご飯を食べると自然と楽しくなるんだよね。無表情で食べるなんて、料理してくれた人にも食材にも、それに一緒に食べてる人にも失礼でしょ?」

「それはそうだね。その通りだと思う」

「楽しく食事してたら雰囲気もよくなるし、その後の会話も盛り上がるしさ。ただ、楽しくなってついつい食べすぎちゃったりするのは気をつけなきゃいけないんだけど」

「別にいいんじゃない? さっきも言ったけど、美味しそうにたくさん食べる人って凄く魅力的だしさ。ほら、歌でもあるだろ? いっぱい食べる君が好きーって」

「……なにー、口説いてるのー?」

「口説いてない口説いてない。一般的な意見を言っただけだよ」

「えー、一般的じゃないと思うけどなー」


 ジト目でストローに口をつけて、残ったアイスティーを飲みながらそう言ってくる風祭さん。

 結構一般的だと思うけどなぁ。

 歌詞になってるくらいだし。


「少なくとも一定数の人がそう思っているのは間違いないと思うよ。それに女の子だっていっぱい食べる男子は魅力的だって思うんじゃないの?」

「まあそれは確かにそうだけど……。でも、ストレートに言われると恥ずかしいの!」

「でも本心だし、魅力的だってことは伝えたほうが相手も嬉しいもんじゃない?」

「嬉しいけど、恥ずかしいものは恥ずかしいの! 白鳥くんはもっと乙女心の勉強をしたほうがいいね!」


 乙女心か……。

 確かに同年代の女子とここまで絡むことはなかったから、そういうところの配慮が俺に欠如してるところなのかもしれない。

 もしかしたら、仕事で共演した他事務所のアイドルや女優の方にも粗相を働いてた可能性もある……のか?

 これは後日、咲さんに相談してみよう。


「確かに、それは俺に足りてないところかもしれないな……。でも、それを勉強するにはどうしたら……」

「そこは私で経験値積んでいけばいいよ! お芝居を教えてもらってるんだから、代わりに乙女心の先生になってあげる!」


 彼女はアイスティーを飲み干して、ドヤ顔で胸を張りながらそう告げてきた。


「それは助かるけど、いったい何を教わればいいのか……」

「今日みたいに色んな話しをして、色んな経験していこうよ。お芝居だってそうなんでしょ? 知識を経験に変えていくって」

「……そうだね。その通りだ」


 確かに彼女の言う通りだ。

 わからないことは経験していけばいい。

 今日みたいに女の子と二人で遊ぶことだって初めての経験だ。

 まあ、喫茶店で駄弁っているのが遊びに入るのかはわからないが。


「ということで、まずは私のことを名前で呼ぶことから始めようか」

「……は?」 


 唐突な提案に呆けた声を出してしまう。

 女子の名前を呼ぶってそんなに簡単にできることじゃないだろ!

 せっかく感心していたのに素敵な笑顔でとんでもない爆弾を投下してきたな、この小悪魔は……!


「だから、私の名前を呼んでみてよ」

「……嫌だ」

「えー、どうしてー?」

「同年代の女の子を名前呼びしたことないし……」

「じゃあ、私が初めての相手ってことだね!」

「だから言い方! それに声大きい!」

「あ、ごめんごめん」


 ちらりと店内を見渡すと、こっちを見ながらクスクスと笑っているお客さんが数名。

 ついつい俺も大きい声を出してしまったせいで、注目を集めてしまった。

 ただでさえ俺は注目されちゃいけないのに……。

 幸い、俺が誰なのかはバレていないようだけど。


「本当に気をつけてよ。下手なことして騒ぎになったり、ここ出禁になったらもう朝のレッスンはやれないからね」

「だからごめんって。でも、そんなに変なこと言ったかな?」

「……それは、なんというか、まあ」


 それを言及してしまうのはちょっと恥ずかしいというか……。

 ていうか、からかってたわけじゃないのかこの子……。


「んー、なんか釈然としないけど、とりあえず言及しないでおくよ」

「そうしてくれると助かる」

「でも! 私の名前を呼ぶのは諦めてないよ!」

「は!? そこも流れたんじゃないの!?」

「そりゃそうだよ。これは白鳥くんの乙女心の経験値のためだからね!」

「名前を呼ぶのが乙女心と関係するの?」

「するんだなーこれが」


 ニヤニヤした笑顔が憎たらしい……。

 しかし、俺もカウンターできる切り札はある。

 そうして余裕を見せていられるのも今のうちだ!


「じゃあそっちも俺のことを名前で呼べるんだよね? 呼べなきゃ相手にそれを強要するのは「え、呼べるけど?」……え?」


 俺が不敵な笑みを浮かべながら風祭さんにカウンターをお見舞いしていると、彼女はキョトンとした表情を見せる。


「だから呼べるよ、唯くん」


 その様子に面食らっていると彼女は事も無げに俺の名前を呼んだ。


 嘘だろ……。

 異性の名前をそんな簡単に呼べるものなのか……?

 今どきの高校生ってこれが普通なのか?


「えっと、なんでそんな簡単に呼べるの……?」

「そりゃ、普通のクラスメイトの男子なら呼ばないけどさ、唯くんはただのクラスメイトじゃないでしょ? 友達だし」

「あ、えっと、その……友達……か。そう……だよね」


 熱くなった顔を隠すように、口元に手を当てる。

 真っ直ぐに友達と言ってもらえると、なんか凄く照れる。

 照れる……けど、でも、嬉しいな。

 こんなに自然にそう言ってくれるのは。


「じゃあ、んん、絢……さん」

「えー、さん付けー?」

「流石にいきなり名前を呼び捨てするのは……まだ、無理」

「そっか、『まだ』なんだね」

「あ、いや、そのそれは言葉の絢というか……」

「ふふっ、言質取ったからねー。いつかはさん付けじゃなくてちゃんと私の名前を呼んでね?」

「ん、善処する」


 恥ずかしくて絢さんから目を背けていると、お代わりのアイスコーヒーとアイスティーが届いた。

 ストローをアイスコーヒーに刺して照れ隠しのように口をつける。

 絢さんはその様子を微笑ましそうに見つめていた。

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