これからのことを喫茶店で

「ごめんね! 待った!?」

「いや、俺もさっき着いたところなんで大丈夫ですよ」


 駅から少し離れたところにある個人経営の喫茶店。

 俺がこの街に引っ越してきてからよく利用するようになった店だ。

 雰囲気はいいし、コーヒーも軽食も美味しい店なのだけれど、立地のせいか客もそれほど多くない。

 だからこそ俺は風祭さんとの話し合いの場に選んだ。


 ほかの店だと休日は人の目が気になるしな。


 慌てたように入店してきた風祭さんは、Tシャツとデニムのホットパンツにスニーカーと言ったシンプルな格好で、顔にほんのり汗を滲ませている。


「早めに家は出たんだけど、ちょっと迷っちゃって」

「あー、それなら駅前で待ち合わせしたらよかったですよね。すみません、気が利かなくて……」

「いやいや、それは全然! 私こそごめんね!」


 謝りながら俺の対面に座る風祭さん。

 俺は彼女にメニューを差し出す。

 風祭さんはありがとうとメニューを受け取り、一通り眺めたのちに店員さんを呼んだ。

 お冷とおしぼり、そして俺が注文したアイスコーヒーを持ってきた店員さんにアイスコーヒーとミックスサンドを注文した後、お冷を一口飲んでようやく彼女は一息ついた。


「白鳥くんはコーヒーだけでいいの?」

「ええ、お腹空いてないんで」

「そっか。もしお腹空いたなーって思ったら、私のサンドイッチ食べてもいいからね」

「ありがとうございます」


 にっこりと微笑む彼女は、それだけでとても性格がいい子なんだなとわかるくらいに可愛くて愛嬌がある。

 読者モデルとかそういう方面でスカウトされそうなものだけど、どうなんだろうか。


「ていうか白鳥くん、なんでずっと敬語なの?」

「あー、癖ですね。あんまり関わりが薄い人が相手だと、タメ口で話しづらくて……」

「それって仕事の影響……みたいな?」

「まあ、そんな感じです」


 周りは基本的に歳上の方ばかりだったし、同年代でもある程度交友を深めないと気軽にタメ口で話せるような雰囲気もないような世界だったからなぁ。

 あと失礼のないようにしないとすぐに干されてしまう可能性もあるし。

 だから言葉遣いや礼儀などは徹底した。


 まあ、仕事モードが切れたら多少は砕けるけども。

 ずっと気を張っていても疲れるしね。


「えっと、私に対しては敬語は止めてくれると嬉しいかな。クラスメイトに敬語使われても変な感じするし」

「まあそうですよね。じゃあ普通に喋るよ」

「うん、よろしい!」

「失礼します。こちら、アイスコーヒーとミックスサンドです」


 ちょうど話が終わったタイミングで注文してたアイスコーヒーとミックスサンドが届く。

 風祭さんは顔を輝かせて、おしぼりで手を拭いてからいただきますとミックスサンドを食べ始めた。

 俺もアイスコーヒーのストローに口をつける。


 うん、冷えてて美味しい。


「さて、じゃあ今日集まった本題に入ろうか」


 風祭さんがミックスサンドを食べ終わってから、俺は話を切り出した。

 夕方から俺も事務所に行かなくちゃいけないし、風祭さんもアルバイトがある予定があるらしいので、いつまでも余韻に浸かってまったりしている暇はない。


「ん、わかった。とりあえず、何から話そっか?」

「まあ色々疑問や聞きたいことが互いにあると思うけど、一旦そこは置いておくとして、俺が君に芝居を教えるってことだけど……」

「うん」

「放課後は俺の仕事の予定もあるから毎日付き合うってことはできない。学校を休んでの泊りがけのロケとかはなるべく減らしてもらってるし、仕事やレッスンも色々配慮してもらってはいるけど、それでも放課後に時間をとって教えるってことは厳しいと思う」

「うーん、私も放課後はバイトあるからちょっとキツいかも」

「あとは土日とか学校がない日だけど、これもちょっと厳しいんだよな。ドラマの撮影や新曲のリリースが近くなったら忙しくなって土日両方とも終日埋まるだろうし、長期の休みになれば映画の収録が入る場合もある」


 さっきも言ったように、学校を休んで……みたいなロケや収録は極力減らしてもらっているけれど、それでもMVの撮影や映像作品の撮影で泊まり込みしなければならない場合もある。

 まあ、忙しくなるのは長期休暇がメインだし、普段の休日も全く時間を取れないわけではないけれども、基本的に仕事やレッスンがあると思っておいてもらったほうがいいだろう。


「そうだよね……。私の地元でもよく名前を聞いてたくらいに有名な人だもんね」

「うん? 地元って実家はこっちじゃないの?」

「そうだよ。福岡の田舎から上京して一人暮らししてるんだ。女優になりたいって夢もあったし、それにちょっと色々あって……」


 何故か言葉を濁す風祭さん。

 声のトーンと比例するように表情も曇っていく。


「そっか。だからバイトしてるんだ」

「そう。一応家賃とかは払ってもらってるけど、それ以外はね」

「なるほどね。で、話を戻すけど……」

「えっ、あ、うん……」


 俺はそれに気づかないふりをしてさらっと流した。

 あまり触れてほしくない話題だろうし、深く突っ込んでもお互いにいい想いはしないだろうと思って。

 俺が深く突っ込まずに話を戻したのが意外だったのだろうか。不思議そうに呆けている。

 言いたくないことや触れてほしくないことなんて誰にだってあるだろうし、そんなデリケートなところにベタベタと触れるなんてデリカシーがないことをしようとも思わない。

 それにこれ以上雰囲気を暗くしたくないし。

 だから話を元に戻して意識を切り替えさせた。


「あのさ、今日みたいに早朝に練習って毎日してるの?」

「そう……だね。やり始めたのは先月からだけど、それからは大体毎日やってるかな。天気が悪い日は流石にやらないけど」

「そっか。俺もあの時間帯はランニングしてるし、あの公園で朝稽古するっていうのはどうかな? 多分それがお互いに都合がいいんじゃないかって思うんだけど」

「私はそれでもいい……というか、すっごく助かるんだけど、白鳥くんは大丈夫なの? その、住んでるところから遠いとか」

「ランニングのついでだし問題はないよ。今までよりちょっと早起きしなきゃだけど。それよりもあそこってあの時間帯、人通りとかはどうなの?」


 そう、それが一番の問題だ。

 この関係はお互いに内緒にしておきたいものだし、今日の俺みたいに高校の生徒に見られた時が一番面倒くさいことになる。


「それは大丈夫だと思う。あの時間帯は年配の方が散歩してるくらいで、他には全然人通らないし」

「そっか。なら好都合……だけど、ちゃんと気をつけなよ? 女の子が人気のないところで一人でいるのは危ないし。今はいいかもしれないけど、冬場なんてまだ真っ暗だろうし」

「あはは、うん、そうだね。気をつけるよ。でも、これからは白鳥くんが一緒にいてくれるんでしょ?」

「毎日は無理だけどね」

「その時は家で出来ることをやるよ」

「ご近所迷惑にならない程度にね」


 そう言って俺たちは笑い合う。

 これでようやくお互いに打ち解けられた気がした。

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