ゲームオーバー?
その結果、風は俺の前髪をかき上げて通り過ぎていった。
突然の風に俺は目を反射的に瞑ってしまうが、風に対して反対方向を向いていた風祭さんはその様子をバッチリと目撃してしまう。
「あー、ビックリした……」
風に意識を割かれ、鮮明になった視界を認識するのにほんの少しラグが発生してしまう。
「……あっ!!」
急いで手櫛で前髪を下ろして顔を隠すも時は既に遅し……。
「……雪月花の雪宮唯?」
「いや、違います。人違いです」
俺は踵を返し、急いでその場を立ち去ろうとするが、さっきよりもさらに強い力で肩をがっしりと掴まれた。
「いやいや、絶対にそうだよね! 雪宮唯だよね! ドラマとかSNSとかで何回も見たことあるもん!」
「まじで他人の空似です!」
「でも、名前同じじゃん!」
「名字は違うだろ!」
「芸名なんでしょ!?」
「違う! 母方の名字だ!」
「ほらぁ!」
「……あっ」
失言に気づき口を隠す俺。
誤魔化すのに必死でついついボロが出てしまった。
しかし、後悔しても後の祭り。
はぁ、今までちゃんと気をつけていたのに……。
なんでこんなことに……。
後悔と気まずさで顔を手で覆ってしまう。
さようなら、誰も俺のことを知らない学生生活……。
居心地がよかったんだけどなぁ。
自分の迂闊さへの怒り、手から零れ落ちていく憧れていた普通の高校生活への未練にガックリと肩を落とす。
「えっ、あー、えっと……あ、ちょっとお話しようか」
俺のあまりの落ち込み具合に面を食らったのか、俺に気を使うように優しく語りかけてくる風祭さん。
俺はその厚意に甘えて、ため息を吐きながら頷くのだった。
そして俺たちはそのまま公園のブランコに座る。
しかし、どちらとも何を話せばいいのかわからずに無言のまま時間だけが過ぎていく。
このまま黙ってても埒が明かないよな。
俺が意を決して声を出そうと軽く息を吸い込むと、それより早く風祭さんが話し始めた。
「あのさ、なんでアイドルの雪宮唯がうちの高校に通ってるの? しかも正体を隠してまで。うち、芸能科とかない普通の私立高校だよ?」
風祭さんは率直に疑問を俺に問うてきた。
まあ、そこが一番気になるよな。
結構名が売れてる芸能人が正体を隠して通ってるんだから。
「……普通の学生生活を送りたかったから……ですね。俺、小学生の頃から芸能活動やってて、まともに学校の友達と放課後とか休日に遊んだこともなくて。学校でも『芸能人の雪宮唯』として見られてたから距離感もあったし。だから仲のいい友達もできなくて……。友達とどこに行った、どこで遊んだ……みたいな話を楽しそうに話してるクラスメイトをずっと見てきて凄く羨ましかったんです」
「あー、確かに芸能人を遊びに誘うとかハードル高いし、そもそも話しかけづらいのはわからなくはないなー」
「それに仕事で学校も休みがちになってたし、行事にもあんまり参加できてませんでしたから。思い出の共有もできないんじゃ友達なんてできませんよね。もちろん、芸能の仕事は好きだし、辞めたいとは思ったこともないですけど」
「そっか……。あとさ、なんで変装みたいなことしてるの? あ、色眼鏡で見られちゃうからか」
「まあそれもあるんですけど、事務所からキツく言われてて……。自分が雪宮唯だってバレると余計な騒動を引き起こしたり、それで学校やうちの学生にも迷惑が掛かるから、バレたら転校しなきゃいけないって」
「あ……」
そう、だからバレるわけにはいかなかった。
入学してこれまで学校ではきちんと意識してたし、学校外でも仕事の時以外は前髪を絶対に上げることもなかった。
でも気を抜いた瞬間にこれだ。
ここが学校だったら、見ていた人がこの子以外にもいたら……。
そう思うとキュッと心臓が締め付けられる。
一応マネージャーにバレたこと相談しないとな。
もしかしたら転校しなきゃいけないかもしれないし、覚悟はしておくか。
「だから俺、バレちゃったら多分転校することになると思うし、風祭さんの秘密のこと、気にしなくてもいいと思いますよ」
「え……?」
「じゃ、俺そろそろ行きますね」
俺はそう言うとブランコから立ち上がり帰ろうと歩きだした。
とりあえず、帰ってシャワー浴びたらすぐにマネージャーに連絡して……。
これからのことを考えながら公園の出口に向かって歩いていたのだけれど、背後からの声で俺の足は止まってしまう。
「あの! 私にお芝居を教えて!」
切実な声に振り向くと、風祭さんもブランコから立ち上がり、両手を胸の上に重ねながら顔を赤くして肩で息をしていた。
「えっと、いきなりでごめん! バレたら転校しなきゃいけないんだよね!? それなら私も絶対に誰にも言わない! 約束する! だから、私にお芝居を教えてください!」
そう言って、頭を下げる風祭さん。
「それは……黙ってる代わりの交換条件ってこと……ですか?」
突然のお願いに、俺は少しだけ訝しみながら風祭さんに問う。
「いや、あの、別に脅してるとかそういうわけじゃないんだけど、せっかくプロの現場で芝居をしてる人が同じクラスにいるんだし、私が秘密を守っていたら白鳥くんが転校しなくて済むのなら……と思って! それに私の秘密も知られてしまったわけだし、とても図々しいお願いだとは思うんだけど、その、もしよければ……」
俺が険しい顔をしたからだろうか、焦ったように言葉を紡ぐ風祭さん。
確かに風祭さんが言うことは彼女はもちろん、俺にとってもメリットがある。
それに同じクラスに事情を知っている人がいれば、いざという時に役に立つこともあるだろう。
それを俺が芝居を教えることによって協力者ができるのなら、悪くはない交換条件だと思う。
俺は少しだけ考えてから、風祭さんに返事をした。
「……わかりました。俺の秘密を誰にも喋らない……ということを厳守してくれるのなら」
「本当!? ありがとう!」
彼女は下げていた頭を上げて、俺の両手をぎゅっと握りしめる。
役者を目指したいというだけあって、彼女の容姿は整っている。
パッチリとした大きく茶色がかった瞳には吸い込まれそうな魅力がある。
その子が手を握って懇願してきたら、普通の男なら一発KOなんだろうな……なんて思ってしまうくらいには。
でもこちとら見飽きるほどに美形と関わってきたんだ。
だからこれくらいはどうということはない。
「んんっ。……とりあえず、これからのことを決めていきましょうか」
「うん! わかった! ありがとう!」
どうということはない……のだけれど、それでも照れくさいことには変わりない。
俺だって思春期の男子高校生だ。
芝居ならこの距離で肉体的接触をされても、役に集中しているので心が乱されることはない。
けれど、今は芝居とは関係ない素の自分だし、それでこういうことをされたら気恥ずかしくなってしまうのは仕方ないだろう。
今後教えていくことになるのなら、彼女のこの距離感も慣れていかないといけないのかもな。
俺はそんな未来を想像して頬を引きつらせつつ、彼女とこの後の予定について話し合うのだった。
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