「猟奇的食事」

部屋に響く異音、部屋に充満する異臭、部屋を赤が支配していく。


「んん~~っ!!サイコぉぉっ!!」


ぐちゃ、ぐちゃという音と共に、

彼女は勇者の、いや勇者だったものを喰らっていく。

折れた聖剣を器用に使って、皮をはぎ、肉をそぎ落とし、

生のまま肉を喰らっている。


そして、今、顔を真っ赤にしながら、

美味しそうに喰らっているそれは……心臓だ。

リンゴの様に赤い心臓を、生で喰らっている。

僕ら魔物と呼ばれるものたちでも、こんな事はしない。

僕は引きながら、それを見つめていた。


「んふぅ……久々だったから、食べ過ぎてしまいました」

「まぁ、良いのではないだろうか?うむ……」


魔王様も、手にゴキブリと呼ばれる生物を乗せながら、

彼女を見つめドン引いている。


「さてと、ごちそうさまでした」


まだ、半分以上残っている肉塊に、彼女は手を合わせそう言い放つ。

何なのかは不明だが。


「シュヴァリエさん、冷蔵庫……って言って通じますか?」

「れいぞうこ?それは、何の魔法だ?」


口元や手が血塗れの彼女は、何かの単語を言い放つ、冷蔵庫とは何なのだろうか?


「魔法、じゃなくてえっと……保管できる場所ですかね?」

「……氷で食料を保管することだろうか?」


そう彼が言うと、彼女は嬉しそうに笑顔を見せ、こくりと頷く。


「そこに、これを?」

「はいっ!次に手に入るのがいつかわからないので……」


頬に手を当てながら、少し困ったような表情を浮かべる。

華麗な彼女のその姿は、美しさの塊ではある。

そう、血まみれでなければだが。


「まぁ、ここで食事がいるのは、二人のみだ。許そう」

「ありがとうございます、では早速」


彼女は、すっと立ち上がり、肉塊を器用に持ち上げる。

そして扉から外へと出ようとするが……ぴたりと止まり、またこちらの方を向いた。


「あの……その、保管室とやらは何処に?」

「そうだったな、カルマンテ…」


そこまで言ったところで、彼は口をつむぐ。

彼は少し悩んだ素振りをした後、彼女に近付き、威圧的に言い放った。


「…彼には、手を出すでない。同じような勇者はごまんと居る、そちらにしてくれ」

「……勇者は、一人ではないんですか?」


彼女は不思議そうに、首を傾げる。

僕らも同じように首を傾げたが、彼はハッと思い付いたように、

この世界について話しだした。


「そうか、異世界では勇者は一人とされているのだな?」

「はい、基本的にはそうですが……」

「この世界では、そう、勇者はごまんといるのだ」


彼が説明しようとしたが、彼女はそれを静止させるように、

手を前へと突き出した。何故止めるんだろう?


「話長いですよね?これ、腐っちゃうので先に入れさせてください」


理由は酷いものだった。


「……ふぅ、わかった。カルマンテ、我の腕を持っていきなさい」


彼はそう僕に命じると、彼自身の腕を外し、僕へと渡してくる。

僕は咄嗟に持つが、少し重く、ふらついてしまった。


「わわっ……」

「大丈夫か?」

「ダメですよシュヴァリエさん、そんな華奢な子に、そんな重たい物」


彼女は、僕に対してそう優しい声をかける。

だが、その表情は僕を獲物として見る、狂気的な表情だった。

血塗れなのが、更にそれを助長させる。


「危険なものと同じにさせるのだ、これくらい仕方のない事」

「ふん、まぁまた隙のあるときに……今は、これを保存しないと」

「ひ、ひえぇ…………」


そう宣言される僕は、ただ情けない声を出すしか出来なかった。


彼女が先に部屋を出たところで、彼が僕にある事付けをしてきた。


「あの聖剣の勇者、恐らく復活している」

「……!ほ、本当ですか?」

「あぁ、すぐに帰ってくるかもしれない。尚更、それを離すでないぞ」


そう言って、彼は僕を送り出してくれた。

すぐに帰ってくるとは思えないが……

ともかく彼の腕は、離さないでおこう。



びくびくと怯えながら、保管室まで彼女と共に向かう。

後ろを取られない様に、彼女を前に行かせながら、廊下を歩く。

目の前から流れる血の匂いが、僕の鼻腔をくすぶっている。


「カルマンテさん」

「ひゃっ!ひゃぃっ!!ななな、なんでしょうか?」

「そんなに怯えないでください

今は欲が満たされているので、襲う気はありませんよ」


廊下を淡々と歩く彼女は、こちらには一切振り向かない。

どうやら本当に襲う気はない様だ。では何の用で……?


「先ほど聞いた、勇者が沢山いるという事ですが……」

「あっ……そ、その件ですね。えっと説明しますと――」



この世界では勇者と呼ばれる人間は、大量にいる。

一つの王国に20~30人くらいは、勇者として活躍している。

勇者たちは魔物、つまり僕らを倒すために、送られてきている。


「昔は、強い勇者が居たのですが、今では低レベルの勇者ばかりで……」

「つまり、この肉の主は、強い勇者だったと?」

「珍しく、というより……魔王軍が歯が立たないくらいには……」


今まで弱かったはずの勇者に、何かが起きている

魔王軍が壊滅してしまったのは、怠慢とも言えるかもしれない

ただ……目の前にはその聖剣を身に受けて、

傷一つ付かない女性がいることも、奇跡に近いが。


「つまり……この様に殺して喰らっても、いい人間が多いって事ですか?」

「……そ、そうですよ、だからその、僕は食べないでもらえると…」

「ふふふ、そういう所も、あぁ可愛らしくて、食べたくなっちゃう」


顔を少しこちらに向け、にやりと笑った口角と、狩人の目が僕を向く。

僕はびくりと跳ねて驚き、彼の腕で自分の顔を隠した。


「ふ、冗談です。ところでまだ着きません?」

「あ、えっと、そこですっ!」


そう言って、保管室の扉を指す。

彼女はそれに答え、その扉を開く、扉の中からは冷気が溢れ出る。

冷気の魔術がまだ機能してくれているという事だろう。

彼女は、全裸にも関わらず、その部屋へと入っていく、

僕は腕で隠しながらも、彼女について行った。

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