第36話 当然ネメシス王国で良いよね

 妙にりりしい兵達は、力強く街道を進む。

 その心情は、デルヘーストの町で交わされた約束。


「その宰相さんを倒したら、帰ってくるのよねぇ。まさか私のこと遊びとか。そんな事はないわよね」

 そう言って彼女は、ものすごく切れ味の良さそうなナイフを取り出す。

 

「この辺りの娘は皆、剣術やを習っているのよ」

 そう。基礎教育。勉強の一環だ。


 ナイフを構えた彼女の立ち姿は、徴兵された普段農民のなんちゃって兵とは全く違う。

「もちろん。君に言った好きだという言葉は本当だ。きちんと帰ってくるから」

「本当ね。うれしい」

 彼女は、男に向かって飛びついていく。

「飛びつく前に、ナイフをしまって。あぶ。うわっ。切れるからぁ」


 行軍しながら、思い出すのは、そんな一幕。

 帝国側では、家族を持っている者もいる。

 農家の結婚は早い。

 嫁を迎え入れれば、それは働き手が増えるということ。


 ちょっとつまみ食いをしただけなのに…… 

 どちらのことを考えても…… 

 当然行軍をする顔も、多少はりりしく? なる。

 まあ、引きつった表情とも言うが……



 道中の野宿でも、後から加わった軍の中に、兵だが料理人や女給が居て快適。

 普通、私費でまかなえる貴族を除き、兵達は自給自足を強いられる。疲れた体で獲物を探すのは大変だった。

 だが今回は、味も量的にも、満足が出来る食事が配給される。


 寝るときも、空気を入れれば膨らむマット。

 虫除けのネットが張られたテントと、展開式のモンスターや獣除けの柵。

 荷車は、何台か馬が引いているが、餌はきっちりと巻かれた物を、飲み水供給用のボイラー式浄化装置とかいう変なモノが何台かで引いている。

 馬が要らず、湯を沸かす力で進む、変なモノだ。


 行軍の隊列は長くなるが、快適さは全く違う。

 そして荷馬車や、馬車は、すごく軽く転がる。


 だが、川での給水は必要だし、石炭や薪の補給が必要だが、それは普通の行軍でも同じ。

 そして風呂へ入れるのがいい。


 飲み水も、配られる物なら腹を壊さないし快適だ。


 そんな快適な感じで、また帝都に帰ってきた。


 門番に聞くと、まだ帰ってきた人の数はまばらだという事だ。

 順に軍が進むと、後ろ半分以上はネメシス王国の軍に変わるが、馬車から侯爵が顔を出しているので門番も何も言わない。


「なあ行くときは、馬だったよな」

「そうだが、戦争をして鹵獲ろかくをしたんだろ」

「鹵獲?」 

「鹵獲とは戦争などで、モノなどを奪うことだ」

「そうか。難しい言葉を使うなよ」

「わりいな。育ちが良いんだ」

「そうなのか? 近所にすんでいた気がするが?」


 などと、くだらないことを言って、見送ってしまう。

 明らかに他とは違う武装をした兵が、目の前を通っていく。


 今回は、百人ほどしか小銃は持っていないが、火縄とは違うため連射性と威力で弓を凌駕する。その差は大きいだろう。

 当然、城門も普通に通ってしまう。


 そして、武装したまま兵達は雪崩れ込み、次々に要所を押さえていく。


 その動きは、長旅を終えた兵とは思えないほど、キビキビとしたモノだった。


「おれさあ、嫁さんが居るんだよ。セラフィちゃんに殺されるかなあ」

「バカお前。絶対刺されるぞ。これはあれだ、手柄を立てて貴族になれ。そうすりゃ嫁さんの方は、貴族になったら嫁さんを複数人娶らなきゃならないって言えるし、そのセラフィちゃんへの言い訳にもなるだろ。かの女達も平民だろ」

「そうだ。でもあそこって、皆が読み書き計算が出来るんだってさ」

「へぇ。そうなんだ」


 そんな話が突入前に交わされていた。

 そのおかげなのか、兵の士気は異常に高い。


 ドタバタと走り回る帝国軍。

 逃げ回り籠城をする帝国軍。

 当然、どちらが、敵か味方か判らなくなる。


「おおい。訳が分からなくなるから、ネメシス王国側から来た奴は、この軍旗の付いた腕章を腕に巻いとけ」

 そう言って、ネメシス王国軍の腕章が配られる。


 そうして、いつの間にか帝国軍旗はおろされ、ネメシス王国軍旗のはためく下で、兵達は走って行く。


「宰相や、行政官を優先的に捕らえろ」

「はっ」

 兵達が走って行く。


「なあ命令を受けるときに、自分の名前を言うのは流行なのか?」

「さあ? 論功行賞ろんこうこうしょうのために、何か決まりでもあるのかね」

 論功行賞。そう褒美として貴族になりたい。切実に考えている兵達が幾人も居た。

 そのために、命令を受ける度。捕虜を捕らえるたびに、自身の名まえを宣言する。


 こうして、元々たいした数の兵もいなかった城の中では、宰相を始め重鎮達が取り押さえられる。


 皇帝、謁見の間。

 先日の爆発で、天井はなく。晴れ渡った空が青い。


 適当な椅子を、持ってきて座る。

「さて皆さん。ごきげんよう。帝都もこんな事になり、兵もおらず一気に弱体化。そして皇帝は、あそこに見える石の中です」

 広場の方を指さす。

「何が言いたい。貴様何者だ?」

 宰相が睨んでくる。


「帝国宰相リヴィオ=アレッサンドロ殿ですかな? お目にかかるのは初となりますが、ネメシス王国オネスティと申します。この有様を見ると、私の送った爆弾は、結構強力だったようで何より」


 そう言われて、宰相も思い出す。

「貴様がそうか。そういえば魔人を封じたのもオネスティとかいう冒険者だと聞いたが」

「ええ、私です」

 謎はすべて解けたという感じだが、表情は暗い。


「こんな事をして、どうするつもりだ?」

「さあ、どうした方が良いですか? 兵が足りないようなら派兵しますよ。実費で……」

 いつか、言ってやろうと思っていた言葉。

 聞いた宰相も、思い出したようだ。


「貴様……」

「でもそうするとね。大抵、国の財政が破綻するんですよ。知っています? それもかわいそうなので…… そうですね、仕方が無いですが、この地は貴国の代わりに、ネメシス王国が統治します。ああ、御礼なんか必要ないです。民のためですから。国がボロボロだと、辛く苦しいのは民なんですよ。そう、上が馬鹿だとね……」

 少し遠い目で空を眺めながら、オネスティはそう言って、見下し目線。


 宰相に向かい、にやっと笑う。

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