第2話 バスの隣人
愛媛に向かう車中、三列シートの一席またいだ通路側に座っているお兄さんが話しかけてきた。
「君、若いね。愛媛には見たところ一人で行くの?」
「••••••はい。」心臓は活動を早め今にも張り裂けそうになる。
「本当。」そう言うと声を小さくさせた。
「だって、君けっこう若いだろ?」真ん中の空席に身を乗り出し言う。
少年は何て答えようか迷う。心臓の音はバスの乗客全員に聞こえ、返事を皆が生唾を飲んで待っている気にさえなる。
「はい」正直に答える。視線は膝の上に置いてある手を見つめている。
「面白いやつだな。」
「•••えっ?」意外な返事に少年は視線を上げる。
「愛媛には何しに行くんだ?」笑っている。
「人に会いに、とりあえず愛媛の方に向かってます」目を合わすと優しそうな目をしていた。
「俺と同じだな。同じ目的者同士、仲良く向かおうぜ」目尻に深い皺を作り言う。
「俺はオミ。宜しくな少年」
「あ、うん。宜しくお願いします。」そこだけ不自然に深い目尻の皺を見て答える。
「今まで居た土地を離れるってワクワクしないか?」オミさんが言う。
「とてもします。少し不安はあるけど」気さくな雰囲気が伝わってくる。少年の緊張も少しずつ薄くなる。
「オミさんは、ワクワクしてるんですか?」少年はあと一歩の緊張を消すために聞いた。
「そりゃ、もちろんしてるよ。なんせ、女の子と会うんだからな」目尻に深い皺を作り笑みを浮かべている。
「楽しみにしているんですね。」
「まぁな。女性の事は大好きだからな。昔から好きだった。もし、女性に関しての職業があったら間違いなくプロになれるな。博士号も取れるくらいだ」
「少年も経験くらいはあるだろう?」
「経験ですか?」
「あー、ん、なんだ。悪かったな!まだだったのか!」
少年の視線がまた膝の上に戻る。
「若いんだから色んな経験をしとかなきゃな。俺は産まれてきてから今まで、そればかり考えて生きてきた。いやらしい意味じゃない。女性の事ばかり考えてきたんだ。つまりだな、最愛の女性と出逢うために準備をしているんだよ。これまでも、今も、これからも」そこまで話すと1口の水を飲み話が続く
「俺は端正な容姿とは言えない。どちらかといえば良くない方だろう。だが女性にこまったことは一度もない。この世界は男女比が一対一と見事なバランスがとれている。子供の頃まではやや男の方が数は多いけど大人になるまでにはほぼ一対一に男女比がなる。成長過程の問題ってやつだな。このバランスに甘んじず、勉強もスポーツも怠らなかった。いかに最愛の女性と出逢うための確率を上げる事ばかり考えてやっていたんだ。こんな思考だから周りとは馴染めなかったけどな」うっすら笑っている。
「同学年の皆は、流行りのゲームや漫画、アニメの話しが多かったからな。それで余計に勉強をしたよ。大人になって出逢うべくして出逢う女性をイメージしてさ。そんなもんだからファーストキスは小3で済ませて初体験は中1だったな。相手は2つ上の先輩••••••」オミさんがそこまで話すとバスのアナウンスが流れた。
15分の休憩を告げるアナウンスだ。
少年はホッとした。このまま話しが続かなくて良かったと。
「少年はトイレに行くか?」
「うん。オミさんは行きますか?」
「俺も行くよ。もう膀胱との攻防がきつくてな」真顔で冗談を混ぜる。
「大丈夫ですか?」少年が真面目に答える。
「そこはこうだろ。僕は肛門が拷問状態ですって。」オミさんが笑いながら言う。
「ごめんなさい」つい謝ってしまう。
少年は外に出て気が付いた。
座ってたからわからなかったけど、オミさんは背が高く180㎝以上もあるようにみえる。体格が良くスラッとしていて清潔感がある。
少年は用を済ませて手を洗う。
「オモイロイヤツトアッタナ」
サービスエリアのトイレの洗面鏡にあるライトが影を作る。
「うん。凄く面白い人だよ。それに良い人そうだよ」
「ソウダナ」
「うん。」
「••••ぉ••ぉぃ••••お•い•••」
「えっ」横を見るとオミさんがいた。
「やっと気付いたか。1人でブツブツ言ってたぞ。潔癖症か?」オミさんが言う。
「うん。なんとなく」答えにならない返事が口から出る。
「そっか。煙草吸ってからバスに戻るな。少年は吸ってないんだろ」
「うん。」
コエに煙草は止めた方が良いと言われたことを思い出す。コエが言うことは何かと良い方向に進むことが多い。
「分かった」オミさんは喫煙所に向かった。
〈まもなく発車します〉
アナウンスが流れるとオミさんが戻ってきた。
「少年、大阪行きのバスに、赤いハット帽子に黒い服を着た女の子を見たか?」席に着き早々に言う。
「ううん、見てないよ」
「すげー可愛かったんだよ」オミさんの上半身は少年を跨いだ窓から女の子を探している。
見つけた時にはアイドリングをしていたバスは動き始めていた。
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