ハミングバード~少年とコエ~
けもし
第1話 少年とコエ
【意識を無意識に落とし込む】
毎日迎える朝のトイレの向かい合った壁に、そう書かれた手書きの張り紙を読むのが日課となっている。
用を足し日本の画期的発明のひとつであるウォシュレットを使い、ファイヤーホールドを作りトイレを出る。
少年は洗面所に行き、明かりを点ける。
「おはよう」手にウォータージェルを取り言う。
「オハヨウ」返事がくる。
洗面鏡のライトを点け、背後の影に声を掛けているのだ。
今では、このコエとも10年の付き合いになる。
5歳の時に周りの人には聴こえていなく、自分だけが聴こえていると少年は気が付いた。
そして少年が10歳の時、十代を過ぎてもコエを聴ける君は珍しいとコエは言う。
本来誰もが持ち合わせている力だと
側に居るのではなくて身体の内に居ると
コエは言う。
大人、親からの教育や未完成の世界の当たり前と共に過ごす事によってコエが届かなくなっていく。
コエの乗り物である肉の目に映る身体にコエを発しなくなると。
そう話したコエはとても寂しそうだった。
実体があるわけではないけど、少年は思った。
「キョウ、イクノカイ?」
「うん、今日行くよ」少年はウォータージェルを髪につけながら答える。
「キヲツケテナ」
「うん、そうするよ」手を洗い明かりを消す。
簡単に食事を済ませようと、買っておいたインスタントの焼きそばを作り、食べた。
荷物はショルダーバッグひとつにウィンドブレイカー、3日分の服と使いかけのウォータージェル、そして洗面具。
これくらいの荷物が僕には丁度良い。
後はアルバイトで貯めた現金とお父さんの部屋で見つけた机の引き出しにあった腕時計。
それと一緒に見付けた数万円。
他に必要な物が出たらその時に買えばいい。
コエは言っていた。
西の方角に行けば良いと。
少年は1年前から準備をしていた。
いつでも家を出れる準備を。
履き潰れたコンバースを履き、ショルダーバッグを背負い家を出る。
近くの中学校から活気のある声が聞こえてくる、体育の授業をやっている。
同年代は勉強や部活、友達や彼女を作っているのかなと、考えながらお花茶屋駅へと向かう。
交差点の角にある肉のハナマサを左に曲がり
古い民家とマンションが建ち並ぶ道を歩く、銀行のある交差点を右に曲がると駅が見えてくる。
新宿駅までの切符を買い自動販売機でドクターペッパーも買った。
たいして歩いてないけど喉が乾く。
改札口に入る前に、もう一度路線図を確認しておく。
日暮里駅で山ノ手線に乗り換える、銀色の間に緑色のラインが入っている電車だと頭の中でイメージを作る。
お父さんの腕時計に目を向ける、時間は昼過ぎで日の光が射し込んでくる。
少年は日陰を無意識に選んで歩いている。
外でコエに話しかけられたくないと昔の癖が今でも残っている。
日向にいると影ができコエが話し掛けてくる。
よく話し掛けられるわけでもないのだけど。
その事もあり、少年は電車の中でも日陰の座席に座った。
電車はトンネルを通り日暮里駅に着いた。
エスカレーターで上の階に上がり、銀色の間に緑色のラインが入っている山ノ手線に乗り換えると難なく新宿駅へと着くことができた。
高速バスの切符売り場までは、駅員にひとつの嘘をつき道を聞く。
お父さんと待ち合わせで高速バスの切符売り場に行きたい。
少年は言った。
そうすれば学校にいるはずの時間に新宿駅にいる事を聞かれなくて済むと思ったからだ。
少年の心臓の音は、駅員に聞こえてしまうくらいバクバクと大きく動いていたが駅員の耳には届くことなく親切に教えてもらえた。
新宿駅に着いた時は人の多さに困惑したものの、今は駅員の目から直ぐに人混みの中に紛れれる事に少年はホッとした。
高速バスの切符売り場で電光掲示板を見る。
18時の愛媛行きに十分な空席を見付けた少年は、奥から3列目の窓際を選び1枚買った。
愛媛を選んだ理由はない。
西の方角であればどれでも良かった。
ただ愛媛と言う名前は少し気に入っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます