エイブワースの飴


 ここはとあるファンタジー世界。魔王が倒され、すでに平和になった世の中。

倒されたといっても、モンスターの残党や盗賊、はてはご近所のもめごとまで……問題は後をつきません。

そんな中、お使いギルドというちょっとした何事かも解決しちゃうパーティギルドができ……

時間のあるとき、気軽にお使い出来てこづかい稼ぎな目的で色んな人間が集まるが、中には内緒のVIPパーティーもいたりして……




「さぁアルト、今日は何のクエストに行くんだい?何でも手伝うよ!」

「……えーと、」

「あ、この『幻のキノコ』クエストとかどうかな!」

「いやそれ食材クエストのなかでもS級……」

「それじゃこの『火トカゲ』下級クエストなら?簡単だし!」

「それはD級でも捕獲道具がいるじゃないか。僕は持ってないよ?」

「そこはほら!俺たちに任せて!」


ギルドからわざわざ今日のクエストリストを持ってきたルルは、ドーンと自分の胸を張って見せる。いや、そうじゃない、そうじゃないんだ……。


「というか!僕の職場でクエストのお誘いしないで!」


正直、周囲の目線に耐えかねた僕は思わずそう叫ぶ。

『えーだって……』とぐずるルルがいるがそれどころじゃない。仕方ないじゃないか。ルルは―――ルルファスはあの魔王を討伐した勇者なんだから!

ただでさえ有名な勇者だけでも目立つっていうのに、


「ルル、無理強い良くない」


そういいながら僕に抱きついている賢者カミラに、


「それよりルル、冷める前に食べるんだ」


まるでお父さんの様な剣士クアスロ、


「ごめんねーアルト、ルルが邪魔ばっかりして」


ちょっとチャラいお兄さんのような魔法使いユグト。

こんなド田舎の小さな食堂に、勇者御一行がいたりしたら目立つに決まって……


「まぁまぁ、アルト。こんなにルル君が行きたがってるんだ。ちょっとクエスト出ておいでよ!ちょうど忙しいお昼も終わったしさ」

「て、店長……!」


店長はすっかりルルと仲良くなってしまい(勇者ってタラシだ)、ここには僕を引き留めるものは何もない。


「店長もこう言ってるし、行こう!アルト!」


何よりルルのこの、キラキラした目に弱い僕が一番ダメなんだろうけど……。





 そんなわけで、僕たち『勇者御一行+α(僕)』チームは、Dランク『エイブワースの実採集クエスト』に出る事になった。

『エイブワース』とは、真っ赤なかわいい果実で、この時期の森によく実っている人気の食材だ。


「よーし、じゃあビュビューンと森に行こうか!」


ギルドを出た途端、ルルは僕の肩をつかむ。

『え?』という間もなくユグトが空間移動の魔法を唱え、あっという間に目の前は近くの森の入口に到着してしまった。


「ちょ、ユグト!こんな短距離の移動に魔法つかっちゃもったいないだろ?」

「あ、ごめんねー。いつもの癖でつい☆」


『つい☆』じゃないよ、全くもう!

これだから色々ありあまってる勇者パーティは……。


「それじゃあ、本日のクエストに出かけます」

「「「「はーい!」」」」


勇者御一行を従えた、料理人見習いAって構図はこのさい気にしないことにして。

―――僕たちは森へと足を踏み入れた。


「ねぇアルト、エイブワースの実ってどの辺りなんだい?」

「エイブワースは綺麗な水辺で群生する植物なんだ。だから川辺でも上流の方や、湖や湧き水の近くに生えてたりもする」

「そっか。じゃあまずは水源探しかな?」

「まぁ、知らないとこだとそうなんだけど、ここは僕の地元だからね」


『実は誰にも内緒の収穫場所があるんだ』と言うと、ルルはすごく嬉しそうな顔をした。


「アルトだけの秘密、俺たちが知ってもいいのかい?」

「まぁ、ルル達はそれを誰かにバラしたりする人たちじゃないし」

「アルト!!」


ちょ、感極まって抱きつくのはやめてくれ!

ルルにしがみつかれて慌てていると、ヒュッと風を切る音がして、


「あ」


ボカ!

出た!カミラの賢者の杖!ルルの脳天直撃!


「いった……カミラ、もう少し加減して……」

「ダメ。ルルこそ加減して」

「あはは!ルルたんこぶ出来てない?」

「自業自得」


そこでルルはやっと、息苦しさにもがいている僕に気が付いてくれたのだった。

全く、もはや一連の流れみたいになっちゃってるじゃないか。


「ごめん、アルト」

「はいはい、いいから先進もう」


痛みと落ち込みでうなだれる勇者の頭をなでなでしてから、僕は内緒の収穫場へと足を進めるのだった。



 森を奥に少し進むと、一人ずつなら登れるほどの狭い岩場があって、その上に出ると町が見渡せる広場に出る。


「わー、町がジオラマみたいだね。可愛いなぁ」


ユグトが歓声を上げる。


「うちの小さい町がおもちゃみたいだろ?」

「いや、良い町だ。みな人がいい」


クアスロの言葉、すごく実感こもってる。今まで色々な国や街、村を回ってきて、色んな人たちを見てきたんだろうな。

ふと、そんな風に彼らの苦労を想像してしまう瞬間がある。


魔王侵攻の第一の犠牲国であるアスラド王国。その生き残りであるルルたち。それから魔王を倒すことを決意して、四人で頑張ってきて……。

そうして彼らが魔王を倒してくれたから、今この平和がある。そう思うと、今この瞬間がすごく大事なものに思えるんだ。


「……ルル、まだ落ち込んでるの?」


僕は未だうつむき加減の勇者をのぞき込む。するとルルは『うわっ』といいながら一歩飛びのいた。

何なんだ?失礼な……。僕が不信感を顔に出していると、カミラが近付いてきて小さな声で言った。


「ルル、アルトに嫌われたと思ってる」


はぁ!?

ったく、ホント面倒くさい勇者様だな。そんな事で嫌うほどこちとら器小さくないんですけど!

仕方がないので、僕は自身の荷物入れから小さな粒を取り出すと、ルルの口にねじ込んだ。


「んん?……美味しい」

「だろ?だから機嫌直して!ほら行くよ!」


僕は自らルルの手を握ると、広場の奥へと進む。それからつる草で隠しておいた小道の奥へと彼らを導いた。


「うわ……これ全部エイブワースの実かい?」

「そう、ここ……実は僕がエイブワースを増やすために管理しているところなんだ」

「管理?そんなことまでするのが料理人見習いの仕事なのか?」


ルルが驚いて僕を凝視する。


「いやいや、こんな酔狂な事するのはこの町じゃ僕ぐらいだよ」


雑草を抜いたり、湧き水の掃除をしたり。時には害虫や害獣の駆除もしたりして。

どうしてそこまでしているのかというと……。


「好物なんだ」

「好物?アルトの?」

「……そう」


赤くて、ちょっと三角っぽいけど丸みがあって、熟してくるとこの辺一帯がいい香りでつつまれて……甘酸っぱい。そんなこの実が、子供のころからの僕の好物だった。

そしてエイブワースの実を使って作ってくれる飴、僕の母さんの味。

僕が泣いたり落ち込んだりしていると、よくそれを口に入れてくれたっけ。


「もしかしてさっきの『美味しい』のって」

「うん、母さん直伝のエイブワースの飴!」

「そっか、母の味か……」


一瞬、その場がしんみりしてしまう。

いけない、彼らの故国を思い出させてしまって―――


「よし、僕らの母の味もこれがいいな!」


そうルルが言って、全員がうなずく。

えっ、ちょ、そんなのでいいの??

目を白黒させる僕に、とどめを指したのはユグトの一言だった。


「ところでさ、2人はいつまで仲良く手をつないでるのさ」


言われて気付く、あたたかな体温。


「ぬぁ!」


思わず変な声を出しながらルルの手を振り払ってしまう。

対してルルの方は何だかさみし気な顔になっちゃってるんだけど、なんでなの!


「とととと、とにかく!今からエイブワースの収穫を始めます!言っておくけどエイブワースを魔法で収穫とかダメだからね!ちゃんと仕事して下さい!」

「じゃあ報酬はさっきの飴でよろしくね!」


ユグトがそういって、みんなが笑った。





 それぞれが手にした小さな籠にいっぱいになったので、僕らは森から撤収することにした。みんなからはエイブワースの実のいい匂いが漂っている。

ついつい、収穫しながら食べちゃうんだよね!お昼の後にはもってこいのデザートクエストだったなぁ。

ギルドに収穫した実を提出するときの、皆の惜しいものを見るような目が面白かったな。


「はい!では今日の報酬です!」


ギルドで支払われたおこずかい程度のコインに加えて、僕が作ったエイブワースの飴も配る。って、本当にこんなので勇者御一行をこきつかっていいものか……。

でもみんな美味しそうに食べてくれてるから、まぁいいか。


「アルト」

「ん?どうしたの、ルル」

「今日もごちそうさま」


そういうと、ルルはとびきりの笑顔で僕を抱きしめようとして―――




いち早く察したカミラの賢者の杖を食らっていた……。


「あはは!」


こんな楽しくて、素敵な彼らの素顔を知っている人って少ないよな、きっと。

そう思うと、何だか特別感と優越感でくすぐったい気持ちになった。








エイブワースの飴、完食!

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勇者御一行の料理人 雪兎(キヨト) @setuto

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