勇者御一行の料理人
雪兎(キヨト)
クアーク鳥の香味野菜スープ
ここはとあるファンタジー世界。魔王が倒され、すでに平和になった世の中。
倒されたといっても、モンスターの残党や盗賊、はてはご近所のもめごとまで……問題は後をつきません。
そんな中、お使いギルドというちょっとした何事かも解決しちゃうパーティギルドができ……
時間のあるとき、気軽にお使い出来てこづかい稼ぎな目的で色んな人間が集まるが、中には内緒のVIPパーティーもいたりして……
「それではアルト様、本日はこちらのパーティに入って頂けますか?」
そう受付の人から案内されて僕、アルトが組んだパーティが紹介されたのは……
「アルト君よろしく!俺はルル!」
そう爽やかな笑顔で言ったのは……いや、知ってます知ってます!貴方、件の魔王を倒した勇者ルルファス御本人じゃないですか!!
それに後ろは賢者カミラに魔法使いユグト、剣士クアスロでしょ!?
えっ、何で!?何で僕みたいな下っ端……
僕の職業は料理人見習い。いつか自分の店を持つことを目標にして、目下修行中!
今働いてる店ではまだ食器洗いや材料の下処理ぐらいしか任せてもらえていない、まだまだ下っ端の店員だ。
今日はいわゆる小遣い稼ぎに、休みを利用して参加したわけだけれど……
「これ、一番下位ランクのクエストですよね!?」
手を差し出すルルファスさんを放ったらかしで、僕は受付の人にそう聞いた。
「あってるあってる、Dランクの薬草集めクエスト!」
だが代わりに答えてくれたのは、僕の手をしっかりと握ったルルファスさんだった……
「えっ、おっ、あっ……なっ何で……」
突然の勇者のドアップに僕は思わずどもってしまう。仕方ないじゃないか。下位ランクの薬草集めクエストで勇者御一行と組むことになるなんて、一体誰が予想出来た!?僕は出来なかった!
「いやぁ、実は俺達『料理人』を探してて……」
料理人……確かに僕は料理人。だかしかし単なる見習い料理人だけど!?
僕が自分のレベルを慌てて説明すると、ルルファスさん達はみんな、にっこりと笑って頷いた。
いや、頷いてどうする!
「いいんだ、君と……アルト君と組みたいと俺達が頼んだんだ」
マジですか……
そんな訳で(どんな訳だ)僕、料理人見習いアルトは、勇者様御一行との下位ランク薬草集めクエストに出発する事になったのだった……
「今日は薬草集めに適したお天気だね!」
ルルファスさんの爽やかな笑顔は、僕には眩しすぎた。いやこの人、薬草どころか一瞬で竜狩れそうでしょ……
「ルルファスさん」
「何?それとルルでいいから」
愛称+呼び捨ての圧が、そのキラキラした目から出ている……
「ル、ルル……」
「うん?」
「どうして『料理人』を探しているんですか?」
「それはね……あっ、コボルトだね!」
って、薬草見つけたみたいな言い方で……
そしてコボルトは魔法使いユグトの魔法で瞬時に倒された。これはありがたい。
「はい、アイテム落ちましたよ」
ユグトさんは微笑んで僕にメダルを手渡してくれた。って、大量!そりゃそうだ、あのコボルト、群れだったもん!
「重いよな、預かろう」
剣士クアスロ優しいな……
クアスロさんはメダル袋を軽々持ち上げると、後ろにいた賢者カミラにポイッと投げた。投げた!?
「カミラ、頼む」
カミラさんが手にした革袋の口を広げると、メダル袋は吸い込まれていった。いや、サラッとレアアイテムの時空革袋!アイテムは腐らないし、重さも消えるやつ……!
時空革袋いいよなぁ。レア食材とかも腐らないんだろうなぁ……
よだれでも垂らしそうな勢いで、物欲しげに見ていた僕と目が合ったカミラさんは、少し恥ずかしそうに目を反らした。
「カミラは人見知りなんだ」
ルルの説明に、なるほどと僕は頷く。勇者御一行も人なんだな……
そして、僕らは薬草が群生する水場へとたどり着いた。
よーし!採集する、ぞ………?
意気込んだ僕の目の前で、薬草は一瞬にして中に浮き、革袋に吸い込まれた。え、早っ……
説明すると、ルルとクアスロさんが剣で一閃、ユグトさんが魔法で集め、カミラさんが革袋へ……
いや、やっぱりこれ勇者御一行の受けるクエストじゃないよね!?
僕いなくても良かったんじゃ……
「全部採集すると他の人が困るからね!」
「あっ、はい……」
そういう問題じゃなくてね?
「で……そろそろお昼だよね!」
待ってましたと輝く笑顔で僕に詰め寄る勇者……
「そう……ですね……?」
向けられる4人の期待の目。これはもしかして……
「ご飯を作ってほしい!!」
ややや、やっぱりー!!
「いや、でも僕はまだ見習いですし……!」
「でもさ、アルトは持ってるんだろ?『絶対味覚』のスキルを」
うっ……そ、それは……
『絶対味覚』のスキルとは、食べただけで材料や調味料を理解したり、逆に食材・調味料から容易に味を作る事が出来る、料理人垂涎のスキル……なのだが、見習いの僕には過ぎた持ち物なので誰にも秘密にしていたのだ。
お店の人達にも秘密にしていた僕のスキル。何故知って……
「あ!『スキル透視』!?」
それは勇者ルルファスが持つ、世界で唯一のスキル。そのスキルで、数々の強敵と戦ったんだよな……
彼なら僕の秘密のスキルも知っていて当然だ。
「覗き見みたいで悪いと思ってる。でも、俺達どうしても食べたい料理があるんだ……!」
「食べたい、料理……?」
魔王討伐に世界を飛び回った勇者御一行に、食べたくても食べれない様な、こんな見習いに頼む料理があるのか?
困惑の僕の前で、ルルはふと目を伏せた。
「俺達の故郷『アスラド王国』の郷土料理だよ……」
その名を聞いて、僕は息を呑んだ……
『アスラド王国』は、まだ僕なんぞが赤ちゃんだったぐらいの頃に、魔王の最初の侵攻によって滅んだ国だ。
そうか……ルル達はアスラド王国の出身だったのか……
「そんな大切な料理、僕なんかで良ければ是非作りたい、です。でも……」
それには、厳しい問題がある……
アスラドは小国で、おまけに突然の魔王の侵攻によって資料はほとんど失われている。
王室料理ならともかく、庶民の郷土料理となると……
「僕はアスラドを知らないんです。歴史も、風景も……料理すら」
ここはアスラドから遥か遠くの小さな田舎町。話も風の噂くらいの……
「カミラ」
ルルの呼びかけに、カミラさんが革袋からボロボロの一冊の紙束を取り出した。
「これを見てくれないか?」
触れれば破れそうな程の冊子、僕が手に取れないでいると、魔法で補強してあるからと教えてくれた。
開くと、走り書きの文字で
「トタッポ、クアロット……」
どれも、森などで入手出来そうな素材だ。調味料の名前もある。
ただ……ところどころかすれていたり、読めない箇所もある。
「チャイル……」
「これは多分、この辺りでいう『ジャリル』かなって」
「ああ!地方で呼び名が変わるんですね!」
そうすると……フムフム……
「トルス、ケーリット、バルー油を少々……」
つぶやきながら、口の中で味を構成していく。香りがよぎり、食材の柔らかさ、温かさ……そこから見える楽しげな家族の姿……
うん、これは家庭の味だ。
「美味しそうだな……」
思わず呟くと、ルルがガシッと僕の肩を掴んだ。
「作れそう、なのか!?」
「え……材料さえあれば、何とか?」
「「「「何とか!?」」」」
4人で口を揃えて叫ぶ様子に僕がギョッとしていると、ルルの手がパッと慌てて肩から離れた。
「驚かせてすまない!でも、作れるなら……作ってほしい」
懇願されるように言われて……
僕は思わず頷いた。けど迷いがまだある。読めない所がある以上、ある程度は勘に頼るしかない。
彼らを……ルルをガッカリさせるかもしれないのが不安だった。
「とりあえず、材料を……」
そこで、カミラさんと目が合う。彼女がにっこり笑って、わかった。
材料あるんだね……
張り切って材料を出してくれるカミラさんは、何と鍋セットも持っていた。何でも入るアレ、やっぱ便利……。
僕は腕まくりをすると、とりあえず下ごしらえから始める。
野鳥の肉に調味料をふり、なじませる。その間に鍋に水を入れ、わかす。わいたらそこに根菜から入れてアクをとり……
鳥肉をいれて、調味料で基本の味付け。……ここからだ。
薄布に包んだ香味野菜を放り込み、しばし煮込む。クツクツと、蒸気をつつんだ気泡が上がるたび、素朴で良い香りが漂ってきた。
「……あ、何か懐かしい匂いがしてきた」
ルルの言葉に、僕は少しホッとする。そしてアスラド王国特産の香辛料を入れると、香りはますます独特なものになってゆく。
「わぁ、これこれ!アスラドの郷土料理『クアーク鳥の香味野菜スープ』!」
ユグトさんが鍋をのぞき込んで嬉しそうな顔をした。クアスロさんとカミラさんも、微笑ましくそれを見ている。
しばらく煮込んだ後、僕は少し味見をした。
うーん、美味いけど、イメージからすると何か足りない気がする。
ルル達にも味見をしてもらったが、同じ意見だった。一体、何が足りないのだろう。
僕はもう一度、手書きの料理書を読んでみた。
……入っているものに間違いはない。読めた限りでは。
分量も問題ないだろう。
だけど何か、ひと味足らない気がするんだ。
「ルル」
「なんだい?アルト」
「辛いかもしれないけど、少し聞いてもいいですか?」
「アスラドの事かい?かまわないよ」
ルルは快諾してくれて、僕はこのスープを食べた時の思い出などを聞いてみた。
「そうだね……アスラドはとても寒い国で、1年のほとんどが雪に埋もれている国だったんだ」
懐かしそうに、遠くを見るルルの目は悲しみをたたえながらも穏やかだった。
そういえば、カミラさんが渡してくれた香味野菜はほとんど乾燥したものだった。多分、日をもたせるために芽吹いたものをすぐ乾燥させて、年を越していたのだと思う。
「このスープは、狩や田畑で働いた後に、いつも身体を温めるために食べていたものなんだよ」
温めるため……
「飲むと本当に身体が温まって、最後ピリっと後味が残るんだよね」
そのユグトさんの言葉に、かすれていた文字と、脳内に浮かんだ材料が一致する。
僕は自身が持っていた調味料から、黒い粒の入った瓶を取り出す。
「……それは?」
ルルが不思議そうにのぞき込む。
「これは黒レッパーなんだけど、他の地方でクショーと呼ばれるって聞いたことあるんです」
そして、さきほどのレシピノートのかすれていた部分を指す。
「なるほど……そう言われると、そう読めてくるな」
僕は小さな携帯用すり鉢を出して、その上に黒レッパーを数粒取り出すと、短い棒で粗目にすりつぶす。すると、独特の香りが漂った。
「はっくしょっ」
うむ、貴重な勇者のくしゃみを聞いてしまった。
「これを、少し入れます」
僕は黒レッパーの粒をパラパラと入れた後、軽く鍋を混ぜてルルに味見をしてもらう。
すると、
「……あ、これかも」
他のメンバーも味見をしてみて、全員がうなずいた。
「よし!『クアーク鳥の香味野菜スープ』完成だ!」
僕の言葉に、みんながオー!と歓声を上げて応えてくれた。
それから僕たちは、しばしの昼食時間を楽しく歓談しながら過ごした。
ルルたちの小さな頃の思い出や、楽しかった遊びなんかも話してくれた。
食事が終わった後はギルドまで一緒に帰って、任務報告をして。
そしたらコボルト討伐クエストの報酬までもらってしまって、僕が倒したわけじゃないのに何だか申し訳なかったけど、料理のお礼だと言われたので素直に受け取った。
そうして、解散することになった時、
「アルト、今日は本当にありがとう!俺たちの長年の夢を叶えてくれて……。本当に、感謝してる」
「ルル……僕なんかで皆さんの力になれて良かったです」
「……」
急にルルが押し黙ってしまった。僕は、心配になって彼をのぞき込むように見上げる。
「……アルト!」
僕の名前を呼ぶや否や、ルルの大きな身体が僕をすっぽり包んだ。
「あ」
「お」
「……」
ユグトさんとクアスロさんとカミラさんが当時に物言いたげになって、僕はルルに抱きしめられていることに気が付いた。
「え?あ?わわ、ちょっとルル!」
驚いた僕が暴れても、ルルは離してくれない。さすが勇者、力も強い!……じゃなくって!
「君とここで別れたくないんだ!アルト、俺たちのパーティに入ってくれ!」
「な!?」
そういいながらますますギューギュー締め付けてくるので、僕がギブアップしかけた時、
ボカ!
と、カミラさんが杖でルルの脳天を殴った。
「いっ……痛い!?」
え、伝説の賢者の杖の使い方それであってる?
そこでやっとルルから解放された僕は、カミラさんに手を引かれて背に庇われる。
「ルルの、馬鹿力。アルトの事、もっと気づかって」
うわ、カミラさんの声初めて聞いた!てか可愛い!
そこでルルが、なんでカミラが?というような表情をしていると、追い打ちをかけるようにユグトさんとクアスロさんがルルに言った。
「アルトは女の子だよ?」
「うむ、女性には優しく」
あ、ばれた。というか隠してたわけじゃないんだけど、見た目が少年っぽいからよく間違われるんだよね。
だから仕方ないというか、何というか。ルルは気付いてなかったみたい。
「……え」
そういった後、ルルの顔がみるみるうちに真っ赤になって、動きが停止してしまった。
「やっぱ気付いてなかったか……」
ユグトさんが呆れたように言って、ルルはこっちを見て涙目になっていた。
あはは。
「ごめん、アルト……」
「気にしないで、よくあることだから!」
僕がそうフォローしても、ルルの落ち込みはなかなか直らなかった。
しばらくして、ルルは僕にもう一度聞いた。
「アルト、これからも俺たちと一緒にパーティを組んでくれないか?」
その言葉に、僕はにっこりと笑ってうなずいた。
クアーク鳥の香味野菜スープ、完食!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます