親友

@tsuda8

第1話

こけのにおいがする梅雨どき。とりどりの傘が集団で下校している。土砂降りの雨も弱くなったが、傘をたたむ子はいない。


ぼくたちは初めての夏休み前に学校に置いているものを何日かに分けて持って帰っていた。


親友のこうたくんは紙袋が張り裂けそうなくらいぱんぱんに入れていたのに、歩くのがとても速かった。そのうち一緒に歩くのがしんどくなったので、先に行ってもらうことにした。


ぼくは傘をさすのもしんどくなって、地面を眺めながら1人でぽつぽつと歩いていた。こうたくんとはどんどん差が開いていく。なんだか申し訳なくて、「置いてかないで」とは言えなかった。


ふと正面を見た時、こうたくんはいじめっ子たちを早歩きで追い抜くところだった。

荷物を入れていた紙袋が雨でふやけて破けてしまって、絵の具セットや授業で描いた絵を水溜まりに落としてしまった。


すると突然、いじめっ子たちが水溜りに落ちた絵を踏みつけてぐちゃぐちゃにし始めた。


ぼくはこうたくんのところへ力と勇気を振り絞って駆け寄った。しかしどうすれば良いか分からなかったし、いじめっ子も恐かった。


もちろん一緒に絵を踏みつける気にはなれなかったが、結局ぼくは静観していた。

それだけでなく、いじめっ子の「にげろー」という掛け声で一緒に逃げてしまった。

こうたくんがどんな顔をしていたかは覚えてない。


こうたくんは図工の授業で、弟の絵を描いていた。半年前、こうたくんの家に弟が生まれた。そのときのことを描いており、こうたくんは弟のことをとても大切に思っているようだった。


ぼくらの出会いは小学校に入学してからたまたまこうたくんのお母さんが声をかけてくれたことだった。以降、こうたくんとは登下校をともにした。住んでいるアパートが近くて、放課後も遊んだ。こうたくんにはどぶ川にいるザリガニの取り方を教えてもらった。ザリガニの巣穴を見つけて手掴みで取る方法。ぼくはザリガニの腕しか取れなかったが、こうたくんはその方法でとったザリガニを何匹も家で飼っていた。そして、1匹譲ってくれた。「ザリガニのいる場所も親友にしか教えない。」とこうたくんが言った。


ぼくもこうたくんを親友と認定した。


ぼくは「親友」という間柄に夢中になった。ただの友達ではない特別存在、それが親友。そしてぼく以外に親友はあり得ない。お互いたった1人の特別な存在だと思っていた。


次の日先生に呼ばれて絵を踏みつけたいじめっ子たちが叱られ、こうたくんに泣きながら詫びていた。ぼくも先生に後から呼ばれて「次にこういうことがあった時は黙って見過ごさずに助けてあげて」と諭された。そして先生に叱られなかったからと短絡的に考えてこうたくんに謝らなかった。

謝らなかったことと、逃げてしまった自分にがっかりした。

同時に親友を助ければヒーローになれたのかもしれないと自分本位のことを考えた。


次は助けたい。悔やんでいる自分を救うために。そう思った。どこまでも自分のことばかりだった。


こうたくんはいじめっ子たちと一緒に逃げたぼくのことをどう思っていたのだろうか。ぼくはあの時、こうたくんに置いてかないで欲しかった。置いてかないでくれたら、ぼくはいじめっ子たちとじゃなくてこうたくんと逃げたのに。卑怯な自分を何度も正当化した。


こうたくんとはその後何事もなかったかのように遊んだ。でもこうたくんは習い事で忙しくなったのでだんだん遊ばなくなった。


その後、こうたくんと同じクラスになることは一度もなかったし、「次」もなかった。こうたくんはぼくとは違うクラスで、クラスの人気者だった。いじめっ子にいじめられることもなかった。


小学校を卒業する前、こうたくんが遠くへ引っ越すことになった。他のみんなは同じ中学校にいくことになったが、こうたくんは違う。


その頃はもうほとんどこうたくんと話すことはなかったが、謝る機会が今しかないと思い、こうたくんに手紙を送ることにした。


「こうたくんへ

小1のあの雨の日、助けられなくてごめん。こうたくんは親友だったのに、親友のぼくがこうたくんを助けられなくてごめん。自分の中であの日のことがずっともやもやしていました。小学校6年間でこのことを忘れることはなかったよ。許してくれるかは分からないけど、ずっとごめんって思ってたよ。今でも親友だと思っています。」


自分の気持ちを伝えればまたぼくのことを親友だと思ってくれるかもしれないと期待した。


いっそのこと自分もいじめっ子と一緒に絵を踏んづけたら良かった。それで先生に叱られて、本気で謝って、区切りをつけれたら良かったのに。ぼくはずっとこうたくんと親友でいたかった。そう思いながら、あくまで自分のために手紙を書いた。


書きながらなぜか涙が出た。


こうたくんから返事はなかった。ただ、こうたくんのお母さんが「有難うございました。」と母と電話した時に言ってたことを伝えられただけだった。


そうして、こうたくんは中学生になるタイミングで遠くに引っ越した。

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