第11話 これは塩か? え? 砂糖かよっ!

 「はじめるぞ」


 「うん」


 「よろしくお願いします」


 テーブルの上にはグラスに入った麦茶が三つ。それ以外は何も置いていない。

 俺はしかめっ面。

 向かい側には二人。

 妻の佐藤加代はキョトン顔。

 太宰探偵は真一文字に俺の顔を見ている。


 「改めて確認する。加代は風俗店で働いたんだよな? いや、言い方を変えよう。結婚前から、一つの職業として意識を持ち、誇りを持って業務に邁進していたんだよな?」

 

 「うん。てか、またその話し? もう風俗の仕事はしないって言ったよね?」


 「いや、今論点としているのは今後の話ではない。風俗と言う仕事に対しての価値観の相違に関しての付け合せを行いたいんだ」


 あのキッチンでの大激戦……いや、一方的に論破され惨敗を喫しブザマな敗走をした戦いから三日。子供を実家へ緊急に参勤交代させ、再び戦場へ赴いた。

 しかし、前回とは違う。

 太宰探偵と言う軍師を配置。

 だが、向かい側だ。

 一方的に妻を責める様な状況は控えようと言う俺の配慮だ。

 昨日は一日考えた。

 そして、出た結論。


 ①風俗と言う仕事に対して、全く悪びれた様子がない妻に対しての価値観の再確認、及び今後も夫婦関係を続けるのであれば、その価値観を改めてもらいたい。

 ②それが出来ないのであれば、価値観の違いと言う事での離婚を進める。

 ③太宰探偵には、女性視点からの風俗と言う仕事に対しての、客観的説明をしてもらう。


 無論太宰探偵の同席に関して話をしていた際は、難色を示していた妻だったが半ば強引に納得させ、太宰探偵には追加の出張料をちらつかせ同意を獲得した。


 「改めてはじめるぞ」


 「うん……はい」


 「お願いします」


 「加代は風俗の仕事と言う物を差別化する事なく、普通の職業の一つと意識して、やっていたんだよな?」


 「うん」


 「おや? おかしいぞ? ならば何故俺に黙っていたんだ? 黙っていたと言う事は後ろめたい何かがあるんじゃないか? 職業差別の考えがないのであれば、人に対して秘密にすると言うのはおかしくないか?」


 「男と女は違うよね?」

 

 「どう言う事だ?」


 「男と女は基本的に身体の構造が違うように、男の人には永遠に理解出来ない仕事だから黙っていただけだよ」


 「じゃあ、俺に対しては悪いとか申し訳ないとか言う気持ちはなかったのか?」


 「嫌だろうな……って気持ちはあったけど、別に悪い事をしているとかって言う気持ちは正直なかったよ」


 「なるほど。じゃあその気持ちは改めてくれないか?」


 「うん。だから、もう二度としないって言ったよね? 何回も謝ったじゃん」


 「そうだな……」


 「じゃあこの話は終わりでいいでしょ?」


 「いや、違うんだ」


 「どう言う事?」


 「飲み物失礼します――奥様、ご主人はやきもちを妬いているのです」


 「…………」


 太宰探偵は、麦茶を一口飲み終えると話し始めた。


 「ご主人は、奥様が仕事としてだろうが、他の男性に対して肌を露わにしたり、触られたり、奉仕したり、本番行為をするのが嫌だと仰ってるのです」


 「え? ちょっと待って? 本番はしてないよ? 素股だよ? あ……ごめんなさい……」


 「…………」


 心が折れそうだ……。

 確かに今回の話の中で、本番行為をしているか否か? と言うのは重大な事実確認の一つではあったが……もう、挿れる挿れないの問題じゃないぞ? フィニッシュの方法の話なんかどうでもいいぞ?


 「とにかく、男と言うのはプライドが高く、それを女が立ててあげないとすぐに不満を露わにする面倒くさい生き物なのです」


 「プライドか〜面倒くさいですよね……あ、そうか! プライドも夜も立たせてあげないといけないんだね!」


 誰か加代さんに座布団一枚持って来てくれないか?


 「そして、いざ彼女や妻になると我が物顔で自分の所有物扱いをします」


 「そうそう! ほんと面倒くさいよね!」


 はい?

 太宰探偵――いや、軍師?

 まさかの謀反?

 あなたはまさか埋伏の毒だった?

 塩を舐めたら砂糖だった?

 砂糖かよっ!

 俺、うまい!

 …………。


 「今回ご主人が仰っているのはそう言う事なんです。自分の物が他人に使われるのが嫌だったのです。その気持を奥様にうわべだけではなく、心から理解して欲しいと言う事なのです」


 「そ、そうなんだぞ……俺は……」


 「え? 敏夫さん? 泣いてるの?」


 俺は情けない……。

 不覚にも泣いてしまった。

 自分だけの……と思っていた妻が他人に弄ばれてると考えたら、とめどなく涙が溢れてしまった。

 無論こんなのはシナリオにない。


 「ご主人は、私と言う他人がいるのにも関わらず、泣くほど嫌だったのです。職業上のお客様であろうが、舐めたり、キスをしたり、触ってあげたり、素股であろうが口内発射であろうがイカせると言う行為が――奥様、ご主人がどれだけ貴方を大事にしていたか、どうか理解してあげて頂けませんか?」


 「俺は……お前が俺だけの……」


 駄目だ。涙で言葉が出ない。

もちろん太宰探偵の具体的なプレイ内容話も心に突き刺さった。


 「は、はい……敏夫さん……ごめんなさい……私の事、そんなにまで……」


 ガタッ! バシャ!

 立ち上がると同時にグラスが倒れ大惨事。だがそんな事は関係ない!


 「俺は加代が大好きなんだ! ずっと抱いていたい! 今日も明日も明後日も!」


 「ちょ! 何言ってんの?!」


 笑うがいい。

 この茶番――そして俺の叫びを。

 理屈じゃないんだ。

 俺はとにかく、妻が風俗の仕事――いや、他の男に――とにかく嫌なんだ。子供か? 馬鹿か? 恥ずかしくないのか? なんと言われようと嫌な物は嫌なんだ!

 表現はおかしいが、俺は無我夢中でテーブルに屈伏し泣き崩れた。


 「加代……加代……」


 「わ、わかったから! 太宰さん、ちょっと主人と二人だけにして下さい」


 「わかりました。私はこれでお引き取りしますね。あ、奥様、一応おわかりかと思いますが、風俗と言う仕事は女性にとって物理的リスクもあります。性病、ジワジワと心もすり減らします。もちろん、色々な考えがありますので否定はしませんが、個人的にはあまりお勧めはしません」


 「はい。なんか、今の主人を見てわかりました。怒る事はあっても、子供みたいにこんなに悲しむと思いませんでした。ちゃんと謝ります……」


 「よく話し合って、良き夜を……あ、失礼致しました」


 「フフッ。太宰さん、いやらしい。そんな事はしませんから!」


 子供の様に俺は頭を撫でられ、太宰探偵は出て行った。


 ほんとにすまん。

 醜態中の醜態を晒してしまった。


 普段は怒りとプライドと腕力と言う鎧で身を固めているが、これが男の本当の姿なんだから。


 次回最終話です。

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