第10話 本番とリハーサル?

 プルルル――ガチャ


 『はい。太宰探偵事務所です』


 『あ、すみません。先日お願いした佐藤――佐藤敏夫と申しますが所長さんはいらっしゃいますか?……』


 妻との合戦――いや、事実を突きつける戦いに敗北した俺。

 

 昨日の話のその後を要約すると……

 ◯実は婚姻前から、同じオーナーが経営する別の派遣型風俗店で二年ほど働いていた。

 ◯その時、男に騙されて金を持ち逃げされ、極貧だった妻が経済的や精神的にもオーナーが救ってくれて、大変お世話になった。

 ◯その恩を返す為に、急遽女の子がいない日に一度だけならと言う約束で勤務した。

 ◯妻としては仕事としての認識である事は譲らない為、離婚とかそういった話に発展する事柄ではない。

 ◯仕事だろうがとにかく、もう二度と勤務はして欲しくないと言う俺の考えを伝え『わかった』との返答があった。


 つまり、表面的にはその件に関しては一度話は終わり、さあ翌日からいつもの日常を迎えるぞ! と言うていになっている。


 戦いの前に【今後は夫婦関係をどうしたい?】と言う思考の一番大事な部分をしっかりと見通し、結論を出さずにいた為、納得と言う棚に上げたのだ。


 しかし、気持ちは晴れない。

 いてもたってもいられず、太宰探偵事務所に報告も兼ねて電話をしていると言う訳だ。

 

 一応礼儀正しい俺は、電話の第一声で間違える訳が無いと言うアニメ声を聞いたのにも関わらず、太宰所長さんはいらっしゃいますか? と切り返しもした。


 『はい。私です。佐藤様、先日はご依頼ありがとう御座いました。その後は話をされましたでしょうか?』


 『はい……』


 『でも今後の事は結論づかなかった……その様なご様子と推察致しますが?』


 『え? あ、ああ……そうです』


 さすが敏腕探偵の噂は伊達じゃないな。三点リーダーを含む四文字の返答だけで、現在の状況をピタリと当てた。


 『それで、話を終えて佐藤様はどの様にされたいのですか?』


 『……それが、私もよくわからなくなってしまいました。妻は悪びれる事もなく、働いた日当は貯金に充てたと通帳を見せて来ました』


 『なるほど。つまりどんな仕事であろうとしっかりと働き、意識を持って行ったと言い分を主張されたのですね?』


 『え? な、なんでそこまでわかるのですか?』


 『佐藤様が今、悪びれる事もないと仰っていたので、私が奥様の立場だったら、同じ様な事を伝えたと考えたからです』


 『なるほど……』


 この人には敵わないな。

 

 『ところで佐藤様。あ、失礼致しました。先程入金を確認させて頂きました。ありがとうございます』


 『あ、いえ、今日はその件ではなく、今後に関して、私自身がよくわからなくなってしまって……』


 『どう言う事でしょうか?』


 俺はその後、昨日の内容を太宰探偵に話をした。


 『なるほど――ちょっと厳しい言い方になりますが、つまり佐藤様は話をした後の事を考えずに、行き当たりばったりで結果だけを伝えてしまい、奥様に論破されてしまったのですね』


 『は、はい……太宰さんの仰る通りです』


 敏腕で厳しい……しかも淡々とピカチュウみたいに話をしてくるから、なんだか余計突き刺さるな……。


 『まずは、佐藤様がしっかりとご自分の気持ちを硬められては如何でしょう? 風俗店に勤務していると言う事が、離婚事由になる場合は、挿……失礼しました。本番をしているか否かがポイントになります。つまり、本番をしている店舗であれば法的に不貞行為に該当し、立派な離婚事由になるのです』


 『デリヘルは……』


 『基本的にデリバリーヘルスと言うのは、本番行為はないと言う前提で公安が認可しています。つまり、あまり知られていませんが、デリバリーヘルスは風俗店の中では唯一、合法なのです。だから、このままだと離婚事由には該当せず、佐藤様が不利な立場です。話をするなら、本番の有無を確認して下さい。もちろん録音もして下さい。もし、本番があったのであれば、それは店舗の存続は出来ないばかりか、奥様も違法行為で摘発の対象になります』


 『わ、わかりました』


 そうか! 本番か! 俺が昨日した話はリハーサルか!

 俺は馬鹿だ。

 うまいこと言ってるつもりか?


 風俗店は奉仕する場、と言う認識に踊らされていて、大事な事を忘れていたのも事実だった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここで以下の事例を皆様にお伝えします。


 デリバリーヘルスに勤務している源氏名千秋さん。21歳。

 彼女の前職は高級ソープランドに勤務していました。和服の寝巻き姿で三つ指をついてお客様を出迎えていたそうです。

 ソープランドと言うのは、他の風俗店とは違い、◯番行為があると言う世間一般の認識で、まさにその通りです。千秋さんも店舗内で待機していました。そして入浴料だけを支払い、店舗にお風呂に入りに来たお客様と、たまたま自由恋愛に発展したと言う体裁で、サービス料をもらい行為を行っていました。

 日本では本番行為による金銭の授受は禁止されている為、このようにソープランドとは名目上は銭湯で、中でたまたま自由恋愛が発生した……そう言うものなのです。


 小柄な女性で、身長も145センチ。おとなしい性格で、話し上手ではなかったのですが、高級ソープ在籍に相応しい、抜群のルックスの持ち主で、デリバリーヘルスでも、リピーターを増やしていきました。けれども、彼女はどこか闇を抱えているオーラをかもし出していたそうです。

 ある日下腹部と膣に痛み、出血が止まらない事を不安に感じ、彼女は店舗に相談。オーナーの知り合いの医師に診察を受けました。

 結果はカンジタ膣炎と言う病気でした。それだけならまだ良いのですが、診察した医師は彼女とオーナーに話しました。

 『私は今まで、風俗店で働く女性を何人も診察しましたが、その私が絶句する程、中が傷だらけでした。相当回数をこなして来たと思われます。すぐにやめないと取り返しのつかない事になる』と。

 彼女はうつむき、オーナーはかける言葉を失う程の絶句だったそうです

 千秋さんはルックスは上位でしたが、おとなしい性格で完全なる受け身。デリバリーヘルス勤務後は、本番はしては駄目だとオーナーからも説明がありましたが、お客様がそんなに自制出来る方ばかりではありません。

 追加料金をちらつかせる、しつこく挿れたいと粘着する、そして何よりも彼女がソープランド出身の女性……最後まで本番はしていないと千秋さんは話していたそうなのですが、容易に行為が想像出来るのは、誰の目から見ても明らかでした。

 そんな彼女がソープランドに勤務した理由は、女子高卒業後に初めてお付き合いしていた彼が、実は複数の女性と付き合っていた事……しかし、それでも恋心は収まる事はないばかりかお金まで貢いでいた……。そんな受け身の彼女はその後、デリバリーヘルスをやめて、コンビニで働きました。

 数ヶ月後、オーナーに連絡があった時は、声がイキイキとしていたそうです。そして、全てを話して受け入れてくれた20歳以上も年上の男性と婚約したそうです。

 

 彼がいる限り、彼女が風俗に戻る事はないでしょう。

 

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