第8話 第一次キッチン大戦
ババーン!!
頭上に効果音が記載されている漫画の様な状況。
そう。俺と妻はリビングで対峙――いや、妻が椅子を動かし俺の隣に陣取る、出足から予想外な絵面だ。
「え? 何このライター? 危ないじゃん。どっかしまわなきゃ」
なぜこんな展開になったか?
俺は痛恨のミスをした。
なんと、ホテル名が印字してない方を表にして配置したのだ。
つまり、一見ただの100円ライターだ。
立ち上がる妻を制止する。
「ちょっと待て!」
「え?」
「とりあえずライターはテーブルの上に置いてくれ」
「なんで? あとでしまおうとして忘れたら危ないじゃん」
「ライターに書いてある文字を見てくれ」
「文字?」
計画通り妻はライターの『ホテルロサンゼルちゅ♡』の文字を見て黙っている。
「そう言えばさ〜ラブホテルの名前って面白いのたくさんあるよね。ホテルいちねんいちくみとか、バナナとドーナツとか」
満面の笑みだ。ガチうけしてる妻。
無論俺は苦笑いだ。
俺は水を飲む。
「ラッパ飲み? グラス持ってくるよ?」
「いや、大丈夫だ」
「でもぬるくない? やっぱグラスに氷入れてあげるから、そうしなよ」
「あ、ああ。頼む」
確かに文字を読んだはずだが?
なのに動揺するどころか笑いの自慰行為だと?
――まさか、妻はライターの存在を知らないのか? 例えば知らないうちに服に入っていたとかか?
「行きたいの?」
「はい?」
妻はグラスに冷凍庫の氷を入れながら訳のわからない発言をする。
もちろん俺は動揺。
「これラブホテルのライターだよね? 誘ってる? 昔よく行ったよね」
駄目だ。
完全に事前のシナリオとは違う。
逆にあらぬ疑いが俺にかけられる始末だ。
もういい。妻が着席すると同時に、ここは一気に鉄砲隊を前線に配置し攻撃を仕掛けるしかない。
「単刀直入に聞くが、お前は風俗店に勤務しているのか?」
「え? なんで知ってるの?」
「じ、実はお前が浮気してると思って探偵に調査してもらったら……」
「え? 私、尾行されてたの?」
「多分……」
情けないぞ俺。
多分……ってなんだ?
アホか?
正しくは、うるさい! と一喝する場面じゃないのか?
一応妻にもツッコミを入れよう。
食いつく所が尾行だと?
「そっか」
「いつからだ?」
「こないだだけ……」
「ほんとか?」
「うん」
「なぜ黙ってた?」
「だって、反対されると思ったから……ごめんなさい」
なんか違和感があるな。
今の謝罪は黙っていた事に対してなのは明白だ。
根本的に風俗店に勤務していた事に対しては悪い事だと思ってないように見える。
「そう言う事じゃなくて、既婚者が風俗店に勤務するなんてありえなくないか?」
「え? 十人くらいキャストいるよ?」
「は? 全員既婚者か?」
「だと思う。人妻専門店なんだって」
「…………」
これは夢か?
いくらコメディとは言え、妻のこの受け答えはなんなんだ?
全く悪びれた様子がないんだが?
「そう言う事じゃなくて、俺はお前が風俗店に勤務している事がおかしくないか? と言ってるんだ!」
「起きちゃうから大声は出さないでよ」
「…………なんで、風俗店で勤務したんだ?」
「駄目なの? だよね……」
駄目なの? なの? とはどう言う事なんだ? あたかも「え? これは悪い事なの?」と言う認識だぞ?
「だよね…とは、どう言う事だ?」
「自分の彼とか旦那さんになる男の人にはそう言うのは言わない方がいいって聞いたから…」
「当たり前だ!」
「シーッ。声が大きいよ。一回水飲んで落ち着いてよ」
「…………」
鉄砲隊は圧倒的数の歩兵の突入により、三段打ちをする間もなく壊滅状態だ。
「なんで駄目なの?」
「あ……当たり前だ。じゃあお前は俺が他の女性としてもいいのか?」
「仕事なら……我慢出来るよ」
「え?」
「私は仕事だよ?」
やはりそう来たか。
想定内だ。
「俳優さんと一緒だよ」
「え?」
「結婚してる女優さんでもラブシーン出てるじゃん」
「それは……し、仕事だか――」
「でしょ? 何が違うの?」
「そ、それは俺の気持ちの問題だ!」
「はい。水」
「す、すまん……」
二口飲もう。
落ち着かなければ。
子供が起きてしまう。
「気持ちって何?」
「お、お前が他の男に……さ、触られたりしてるのが嫌なんだ」
「でも仕事だよ? 好きなのは敏夫さんだよ? それに勝手にいじくってるだけじゃん」
「いや、その、ほ、奉仕も……」
「仕事だよ? 私は作業してる感じだよ」
「さ、作業?」
「うん。あ、でも敏夫さんは私が触りたいからだよ」
「そうか……」
一度撤退して、援軍を要請しなければ。
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