歪んだ恋の紫露草

「今日一緒に帰らない?」

昼休みに彼に耳打ちをした。誰にもバレないように、バレたらあらぬ疑いをかけられてしまう。あくまでも私があの花を渡すのは好奇心だけの行動でありそれに色々な尾鰭がつくのはごめんだ。

「うん!良いよ!今日は部活もないしゆっくり帰れるね!」

 彼は運動部で結構いい成績を残しているらしく、練習が忙しくていつも放課後はそそくさとジャージに着替え部活へ行く。休みは1週間に1回あるかないかぐらい。私が所属している吹奏楽部も1年生の頃は全国大会があり、学校生活なんて気にも止めなくなるほど忙しかったが、去年と今年に大きい大会は特になく週2回の休みは確保されている。今日はたまたま顧問の息子さんが風邪をひいたらしく休みになった。

「ありがとう。最近友達と一緒に帰れなくて一人で帰ってたんだよね。」

すまない友よ生贄にさせてもらった。


 5.6時限目は嘘のように早く過ぎ去った。何故だかこの好奇心を一刻も早く解消したいと思ってしまった。彼が真意に気付き私を嫌いになったら私は後悔するだろうがそれは彼の思い通りだし、真意に気付かなくても今の友人関係を続けられる。どう転んでもどちらか一人のためにはなる。意味のわからない二元論で後悔の味を薄くしていく。

 

 私はすぐに帰路に着いた。昨日吹いていた初夏の薫風は全く吹かず無風の中、からっとした空気が私を包む。それは彼も一緒だった。彼は熱気が篭もるであろう分厚い制服を脱ぎ、ワイシャツ姿で歩いている。彼がこういう格好をしているのを見るのは新鮮だ。しかし格好以外はいつもの彼と同じ。小説の話をして二人で笑いながら帰る。

「あっ僕はここ右に曲がるんだよね。」

 差し掛かったのは駅を少し通り過ぎた住宅街の十字路。帰り道が十字路で逆方向とか、なんとも在り来りというかなんというか。

「小野さんは違う方向?じゃあここまでかぁ。また明日ね!」

 少し寂しそうな表情を隠し笑顔で手を振ってくれる。少し好奇心で動いていたことを心苦しく思い始めた。しかし、もう止まれない。

「あっ、ちょっと待って。青木くん...蓮くんこれあげる。」

 彼は目を見開き驚いた表情で花を見る。私から花を受け取り、少し微笑んでいる。彼は何も喋らず結構長い間二人とも黙りこくっていた。長い間とは言ってもそれは私基準だし実際は本当に刹那に近い時間だったかもしれない。

「蓮くん花の栞持ってたよね。だから花好きなのかなって。別にいらないなら家で処分とかしてもいいから。」

 早口ですぐに弁明してしまった。内心では焦りに焦って好奇心がどうとかそういうのはもうどうでも良くなっていた。

「ありがとう!嬉しいよ。こんなに綺麗なラッピングもしてくれてるし、僕、ゼラニウム大好きなんだよ。」

 彼は笑顔を絶やさなかったが少し目尻に水滴がある事に気づいた。

「僕、こんな事初めてで、本当に嬉しいよ。ありがとう小野さん!」

 私は特に何も言わず、(何も言えなかったが正しいと思う)彼のくしゃくしゃになった顔を見ていた。しかし彼が私を見た時私は耐えることは出来なかった。

「じゃあね!蓮くん。」

 そう言い彼の顔も見ずに走り出した。後ろも振り向かず目一杯走った。息も絶え絶えになる頃には家の近くにいて彼の姿も見えなくなった。

 

 息を整え自分を落ち着かせる。明日からはどう接すればいいのかな。分からない。

まあ明日は明日の風が吹くって言うし明日は明日の私に丸投げしよう。今日はもう何もする気が起きない。今日ぐらいゆっくり寝よう。


顔が熱い。

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