彼へ紫のロベリアを
彼と喋り始めてから数日が経過していた。最近だとお互いの好きな小説を交換して読んで感想を言い合っている時もある。今までの退屈な日々は嘘のように毎日が明るく見えた。しかし、やはり何処か引っかかる。彼は私以外と話す事が多い。その時は愛想は振りまいているが心底楽しそうに笑い、私と話す時では見せない笑顔を見せる。でも私と話す時は自我を出してはいるけど、小説のことを喋りたいから私と喋っている感じがする。彼は私と話すのが目的ではなく小説の良さを誰かに伝えたいという欲求を目標にしている気がする。
「...ーい、おーい聞こえてる?」
はっと我に返る。考え込んでしまっていたようで、友達が不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。目を落とすと読みかけの小説が勝手に閉じてあり、栞は机の端っこで今にも滑り落ちそうであった。その栞を友達が丁寧に取る。
「こんな可愛い花の栞使うんだね。ちょっと意外かも。いつもはあれだったじゃん、船と錨の絵が書いてるやつ。」
この小説は交換した彼のものだ。気にも止めていなかったが、改めて考えると少し違和感を感じる。彼はもっとシンプルな栞かスピンを使っている雰囲気を勝手に感じ取っている。
「ああっ、この小説借り物だから持ち主がそのまま入れっぱにしちゃったんだと思う。」
彼と話していることを友達は知っているが、小説を貸し借りしてる事は知らない。あらぬ疑いをかけられないようにあえて濁して言った。
「ふーん。青木くんがその栞持ってるの意外だなぁ。花が好きなんじゃない?青木くんが読んでる小説って自然の描写多めだし。」
しっかりとバレていた。
「そうっぽいよね。青木くんが花好きなのちょっとギャップあるよね。この花、ロベリアかな?」
平然を装いいつも通りの感じで頑張って喋ったがやはり少しばかり声が震えてしまった。
「えっ!大丈夫!?凄い手が震えてるけど。」
「うん、大丈夫だよ。もうすぐ授業始まるから戻った方がいいんじゃない?」
だいぶカタコトの日本語を喋ったような気もする。今考えると最近友達は昼休みにどこかに行って終わり際にふらっと帰って来ている。
...友達がいらん所で配慮してるじゃん!完全に私が彼と話すきっかけを作ってるんじゃん!いいよ別にそんな事しなくても、そう言いたいけど友達も私のことを思っての行動だから言いづらい。うーん、と考える隙も与えまいとチャイムの音が鳴った。
今日は久しぶりに昼休みは友達と過ごし、彼は他の人たちと体育館へと行った。私の心が届いたのか?少し寂しさを覚えた。彼はそんな事ないのだろうけど。この日は何事もなく放課後はすぐに帰路に着く。5月になり、春の陽気な風はこれっぽっちもなくなり夏が少しづつ歩み寄ってくるような薫風が髪をなびかせる。去年は部活が忙しくすぐ帰れるなんて事ほとんど無かったためか足取りが軽い。
駅前に差し掛かった時、少し古ぼけた花屋が目に入った。'花屋こヰ'ふと朝の事を思い出した。
「青木くんって多分花好きだよなぁ。」
考えている内に足は勝手に動いていた。
「いらっしゃいませ!ご要望のお花があればご用意しますよ。」
「えーっと...今日は少し見に来ただけですので。」
そう言うと、店員は先程の元気さとは裏腹に少し疲れたような目を私に隠しつつ(全く隠れてはなかったが)スタスタと店の奥へと行ってしまった。日頃から客が少ないのか。人の気配は全くなく、美しく咲き乱れる花々と花特有の甘い香りが立ち込めている。花の種類も多種多様で物珍しく店内を散策していた。
「あっゼラニウム。」
白いゼラニウムを手に取ると、爽やかな香りが鼻に抜ける。これを彼にあげたらどうなるんだろう。彼は喜ぶのだろうか。それとも自分のことを嫌いになるだろうか。色々な事が頭の中で行ったり来たりする。でも、彼がどう思おうとも彼はどんな花も似合うのは確かだ。後悔する可能性があることも知らず好奇心が勝ってしまった。
「すみません。この花を1本欲しいんですけど。」
そう奥に閉じこもってしまった店員を呼び出す。店員は先程の様子とは打って変わってキラキラとした希望に満ちた目で私を見てくる。客少ないのかなぁと思いながら会計を済ませていると、小綺麗なラッピングをしてくれていた。
「あの..ラッピング代はいくらですか?私花の分しかお金払ってないと思うんですけど。」
「久しぶりのお客さんなのでサービスさせてもらいました!お客さんのご様子だと誰かにお贈りすると思いまして。」
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。また機会があれば買いに行きますね。」
「またのお越しをお待ちしております!」
私は花を買ったことがバレないように駅前から遠ざかりつつ帰路に着いた。
「しっかし、あのお客さん変な人だったな。何で白いゼラニウムなんて贈るんだろう?ゼラニウムなら赤とかピンクとかの方がいいのに。」
'花屋こヰ'の店主、立花理春は呟いた。
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