まねいたもの

 私はカタヒラを連れ、一度、自分の部屋に戻った。

 オースティンの両腕のチェーンソーは、確かに、そこにあった。

 チューンナップ後、使われた形跡もない。

 私は鞄から、筋電パルス発生用のモバイルバッテリーを取り出し、肩に担ぐ。

 バッテリーと、オースティンの右腕のチェーンソーを、接続する。

 もう一方、左腕のチェーンソーを、

「カタヒラさん、これ、持てますか?」

「私用にチューンナップされてない筋電具は、使えませんが」

「あなたが使えないのは分かってます。ですが、もし、ダラス様の手に渡ってしまったら危険です。私一人の筋力では、これを運ぶので、精一杯で、」

「なるほど、確かに。では、私めが、責任を持って、お預かりいたします」

 邸は、陽光と静寂に包まれていた。

 私とカタヒラはまず、ダラスの寝室に入った。

 誰もいなかった。

 別の客室、浴室、厨房、食堂、書斎に図書室。遊戯室に応接間。どこにも、ダラスは居なかった。

「外、かも知れません。カタヒラさん」

「はい」

 邸から外に出る。邸は、庭より小高いとこに建てられているため、庭園を一望できる。

 居ない。

 見渡していると、視界の隅で、何かが、揺れた。

 庭の向こう、森への入り口。一本の木。

 その上に建てられている、ツリーハウスに、ダラスは、首を吊っていた。

 両腕のチェーンソーには、滴るよう、血と油で、汚れていた。




 食堂で、私はカタヒラの淹れた、紅茶を飲んでいた。

 テーブルの少し奥。

 ベルトコンベアに乗せられて、スライスされたハムとキュウリの、サンドイッチ。

 食欲は、全くわかない。

 空っぽの胃に、カップの紅茶を流し込む。

「お召し上がりに、なりませんか?」

「ええ、カタヒラさんは?」

「私も、食欲がなくて」

「サイボーグも、やはり、人間ですな」

「えっ?」

「二体。いや、二人も殺しては、流石に何も、喉を通らないでしょう」

「何を、言ってらっしゃるんですか? ザクロ様」

「カタヒラさん、あなたが、その手で、いや、その足で、殺したのだ」

 私は、カタヒラの丈長な給仕服をめくり上げた。

 カタヒラの足。

 キャタピラのベルト部分を取り外す。

 ローラーの中央に、二本の赤黒い線が走っていた。

「オースティン様が殺された時、この邸で、チェーンソーを使えるのは、私とダラス様。だけだと、思っていました。けれど、ソーチェーンなら、あなたにも使えたはずです。カタヒラさん。ソーチェーンを、ローラーに巻きつけて、あなたは、キャタピラをチェーンソーにしたんだ」

「違います、だって、ダラス坊っちゃまのソーチェーンには、血と油の汚れが、」

「そんなもの、後で付け替えれば良い。いつも交換をしているあなたなら、お手のものでしょう」

「でも、首を吊っていたのは? あれは、お父様を殺したことで罪悪感を感じ、」

「あなたが吊るしたのです」

「私の足は、キャタピラです。ツリーハウスの梯子を登れるわけが、」

「ロープをハウスの支柱に掛け、片方はダラス様、もう片方はあなたのキャタピラに。そうして、ロープを巻き上げたんです。あなたのキャタピラのローラーに付いた二本の線。一本はオースティン様をチェーンソーで殺した時のもの、もう一本は、ダラス様を吊り殺した時のもの。違いますか? 回転によって、モーターは高温になります。凶器の成分が付着し、固着しているはずです。調べれば、すぐに分かることです」

「いつ、いつから、気づいて、いたの、ですか?」

「私は昨晩、遅くまで、体換式のために、オースティン様のチェーンソーをチューンナップしていました。そのせいで、寝不足だったのです。一度、チェーンソーのモーター音を聞いて目を覚ました時、外から差す光。そして、あなたの悲鳴を聞いて、目が覚めた時の光。入射角から考えて、確実に、三十分以上経っていた。初めのチェーンソーの音で、私を第一発見者にしたかったのでしょう? けれど、私がいつまで経っても発見しないので、仕方なく、あなたが第一発見者の役をした。おかしいんですよ。主人の部屋からチェーンソーの音がしたのに、確認をしない住み込み家政婦だなんて」

「私は、家政婦じゃない!」

 カタヒラは叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る