まねかれざるもの

「貴方様は、お変わりなく」

 私は、オースティン・チェーンソーの、金属製の肉体を見上げる。

「お父様」

 ダラスが椅子から立ち上がる。

「こらこら、ダラス、食事中だろ。座ってなさい。おや、ノコギリダイのムニエルか。カタヒラ、私にも、用意してくれ」

「かしこまりました。旦那様」

 そう頼むと、オースティンは椅子に腰を下ろした。

「チェーンソー様は、」

 と私が口を開くと、

「はは、ザクロ、チェーンソー様は、やめてくれ、オースティンで構わない。どうせ、明日、家名はダラスが継ぐのだ。チェーンソーから離れて、俺は、ただのオースティンだ」

「いえ、そういうわけには、オースティン様。今日は、また、鉱山の方へ?」

「あの、ハゲ山か? あそこはとっくの昔に、もう何もないぞ。今日はダラスのために、新しいリチウム鉱山を買ってきてな。新当主の最初の仕事としては、まあ、申し分のない代物だ」

「それはまた、おめでたいことですね」

「うむ。おーい、カタヒラ。私のチェーンを替えてくれ」

「はい、かしこまりました」

「まあ、ザクロ、なんだ。今日は俺の、チェーンソーとして最後の日だ。大いに食べ、大いに飲もうではないか」

「私の仕事はこれからですから。お酒は、それほどお付き合いできませんが、」

「相変わらず、堅苦しいな、まあ良い、」

 カタヒラに替えてもらった、オースティンのチェーンソーには、ワイングラスが取り付けられていた。

「再会を祝し、乾杯」

「乾杯。オースティン様」


 夕食後。私はオースティンの寝室を訪れた。

「ザクロ。お前に、肩を触れられるのは、何年振りかな?」

 私は、答えず。

 彼の両腕のチェーンソーを外した。

「親から子へ、子からまた、その子へと、か」

 オースティンは感慨に耽っている。

 彼ら、サイボーグには、貴族と名付けられた者がいる。

 貴族は、自分の家の名前を冠した、筋電具をその身に取り付ける。

 家督を、継がせるものに、自らの筋電具を託す。

 体換式、と呼ばれる儀式を以てして。

「両腕は、ご希望通り。通常のアームタイプでよろしかったですか?」

「ああ、これで、良い。これが、人の、手、指。どんな道具も取れる手か」

「どんな道具も持たない手、でもありますが、」

 私の言葉は聞こえていないようだった。

 オースティンは、二つの手、十の指を、矯めつ眇めつ、握り緩み、

「オースティン・チェーンソー、最後の日だ」

 と、呟いた。

 

 本当に、その日が、オースティンの最後の日に、なってしまった。




 ヴィィィィイーーン。

 翌朝、チェーンソーの音で、私は目覚めた。

 オースティンの寝室のある方向からだ。

 ダラスか?

 遅くまで、オースティンのチェーンソーをチューンナップしていた私は、眠気に勝てず、二度寝をしてしまった。


「きゃあーーーーーーーー」

 カタヒラ? 叫び声が聞こえた。

 ベッドから起き、客間を出ると、廊下の向こうから、キュルキュルキュルと、カタヒラが走ってきた。

「たっ、たっ、大変です。オースティン様が、」

 カタヒラと私は、オースティンの寝室に向かった。

「こ、これは、」

 私は、あまりの出来事に、続く、言葉が出てこなかった。

 ベッドの上には、バラバラにされた、オースティンだったものが、いくつも転がっていた。

「はっ、そうだ。ダラス様。ザクロ様、ダラス様が、」

 おそらく、ダラスの部屋に行こうとしたのであろう、カタヒラを、私は腕を掴んで、止めた。

「一人では、危険です」

「でも、ダラス様に何かあっては、」

「いえ、その、言いにくいのですが、」

「何を、」

「この屋敷に、チェーンソーは、存在しますか?」

「チェーンソー? ありませんよ。オースティン様、ダラス様の両腕がそうですし。お二人には、チェーンソーを掴めませんし、」

「オースティン様の金属製の体は、生半可な工具では、切断不可能です」

「何を、何を、おっしゃりたいんですか?」

「私は、ダラス様が、」

「嘘、」

「オースティン様を、切断したのだと、思っております」

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