チェーンソー邸バラバラ事件
あめはしつつじ
まねかれたもの
私が、チェーンソー家の邸に招かれたのは、ちょうど二千と百年、五月のことだった。
私の背丈を優に超える、金属製の門扉。
その柵の合間から、綺麗に整備された庭園が広がる。
「ザクロ様でございますか?」
邸の広大さに、呆けていたところ。門の向こうから、声をかけられた。
「ええ、どうも、エンジニアのザクロです」
私が答えると、硬く高く軋む音と共に、門が開いた。
門の影から、私の目の前に、丈長でクラシカルな給仕服を着た、背の低い女性が立っていた。
黒髪。珍しい。東洋の生まれか?
「お初にお目にかかります。私、チェーンソー家にて、住み込みの家政婦をやっております、カタヒラ、と申します」
訛りのない挨拶。
両手で持ち上げたスカートの端から、見えた足は、無限軌道。
キャタピラだった。
「どうぞ、お入りになられてくださいまし。邸の方まで、ご案内いたします」
微かなモーター音と、微動だにしない、黒髪の頭を見ながら、私はカタヒラの後を歩く。
「お足元にご注意を」
カタヒラが振り向き、そう言うと、私は仰け反るようにバランスを、少し、崩した。
オートウォーク。
地面が動き私を運んでいく。
時代遅れな代物だ。
だが、楽ではある。
私は周囲に目を見やる。
立派な庭。
整えられた芝と生垣。
まだ早いが、もうちらほらと、薔薇が咲いている。
庭の向こうには森があり、手前の木には、ツリーハウスがある。
おっと。
オートウォークが途切れたようで、重心が前にズレるのを感じる。
目の前には噴水。その周りに、常緑樹の甲冑騎士。
トピアリー。
綺麗に刈り込まれている。
樹の下には、十歳ばかりの男の子がいた。
「カタヒラー、どうだい、上手にできただろー」
両手を広げ、少年は駆けてきて、カタヒラに抱きついた。
腰に回す両腕は、チェーンソーだった。
刃には、木くず葉くずがついている。
「ダラス坊っちゃま。お客様の前でございます。次期当主としての自覚を持っていただくなくては」
「初めまして、ダラス様。私、ザクロと申します。貴方様の体換式を務めさせていただく、筋電具技師でございます」
私は、腰を屈め、ダラスに握手を求める。
「ちょっと、待ってね。汚れているから」
給仕服に巻いていた腕を、だらりと下にさげる。
ヴィィィィイーーン。
モーターを高速回転させ刃についた汚れを吹き飛ばす。
シャンと留め金が外れ、ジャラジャラとチェーンソーから、ソーチェーンが地面に落ちる。
「初めまして、お会いできて嬉しいです。ダラス。ダラス・チェーンソーです」
私はダラスと握手をした。
チェーンの外れたガイドバーは、回転によって、かなり高温になっていた。
その日の晩。私はダラスと一緒に食事をとった。
ヴ、ヴヴ、ヴヴヴ。
ソーの代わりに、スプーンのついたチェーンで、ダラスはスープを飲んでいた。
チェーンソーの順回転逆回転を器用に使い、ほとんどモーター音をさせずに。スプーンでスープをすっと、吸い込んでいく。
静けさが、快い。
私も、スープを飲み終わると、
「お口に合いましたか、ザクロ様」
「ええ、とっても」
とカタヒラが皿をテーブル中央の方のコンベアに乗せる。
スープの皿が食堂の奥に運ばれていき、また奥からは、魚料理が運ばれてくる。
カタヒラがダラスのスプーンチェーンを、フォークチェーンへと、交換していると、
ヴヴヴヴヴヴヴィィィィイーーーーン。
太く大きな、チェーンソーの音。
「おお、久しいな、ザクロ、俺の体換式以来か? 随分と、まあ、老けたな」
チェーンソー家、現当主。
オースティン・チェーンソーが、食堂に入ってきた。
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