Season2

1話 終業式と夏休みの前日

 小暑の七月中旬、大型の扇風機が回る音が体育館に響く中、私たちはむさ苦しさに耐えながら終業式に臨んでいた。

―――であるからして、夏休みだからと言って気を抜かずに本校生徒としての自覚を持ち、熟慮と良識ある行動を心掛けくれぐれも―――――。

 現在進行形で進んでいる長いすぎる校長先生の話に耳を傾けているところだった。

 校長の話なげ―――とどこからか不満を口にする声がひそひそと聞こえてくる。

 だが、当の本人はそんなこと露も知らずといった感じで雄弁に話をしている。このままでは熱中症で倒れかねないと考えていたところさすがに長いと判断したのか教頭先生がそっと校長に耳打ちをする。

 直後にムッとした表情を教頭先生に向けるが、全校生徒の前だからかすぐにいつもの温和な顔に戻り話を終了させる。

―――ナイス! 教頭などとまたしても小声で称賛の声が上がる。

 そんなこんなで何とか地獄の終業式を乗り切った私たちは、楽しみにしていた夏休みを迎えようとしていた。

―――ウマくんとどこに出かけたいな

 期待に胸を膨らませていると担任教師が日ごろから口を酸っぱくし言っているお馴染みのセリフを訊いてからホームルームが終わる。

 担任が廊下を出た瞬間にそれぞれが夏休みを迎えた喜びから雄叫びを上げ始める。

 まるで動物園のような光景に驚きながらもクラスメイトたちの嬉しそうな表情を見ていたら思わず口元が緩む。さて、とユウマくんたちの所にいこうかな.

 そう思って教室を出ようとしたところで扉の前に見知った人物を見つける。

「胡桃―! どうしたの」

 扉の前にいる友人に声をかける。

「九音、ちょうど良かったこれから時間あるよね」

 いつの通りの人懐こい笑顔をしながらそう言ってくる胡桃。

「大丈夫だよ、あ、でも先にユウマくんのところに行ってからでいいかな」

 一秒でも早くユウマに会いたいため、胡桃にそう言うと。

「そのユウマも関係してくる話だから学食で待っているから早く九音も来てよ」

 それだけ言い残して、私を置いてそそくさと走り出してしまった。

「もう胡桃ったら本当にせっかちなんだから」

 走り去った友人に小言を言いながら帰る支度をしてカフェテラスに向かう。

「お待たせ」

 そう言って既に集まっている三人に声をかけて空いている四人掛けに椅子に腰かける。

「お疲れ、西園寺」

 既に慣れたのか私が何食わぬ顔で隣に座っても驚きもしないユウマくん。

 その様子を見ていたバカップルが俺たちをからかってくる。

「二人ともすっかりカップルみたいになっちゃってお二人さんお熱いねぇ―――」

 ヒューヒューと口笛を吹きながら透哉が便乗してくる。

「お前らなぁ」

 ユウマくんが不愉快そうに声を出すと「照れるなって―――」

 透哉がユウマの肩を掴んで肘で突く。

 そっと耳打ちするように「いいじゃねぇか、どうせ近いうちに本当にカップルになんだからよ」と透哉の言葉を聞いたユウマくんがびくりと表情を硬くする。

「おいおい。本当のことを言われて図星なのか、ホントお前って分かりやすいよなぁ」

 頭をガシガシとなでながらそう言っている藤堂くんに少しだけイラっとしながらも俺たちを集めた張本人に視線を向ける。

「赤沢さんこれはいったいどういうことなんだ?」

 俺に呼ばれた彼女はよくぞ訊いてくれましたと言わんばかりにえっへんと胸を張る。そのせいで胡桃の胸がぷるんと大きく揺れる。

 運悪く真正面にいた俺はガッツリと目に入ってしまう。それを胡桃に見られてしまい「透哉のむっつりスケベ」

 と、からかわれてしまう。

 若干の気まずさから視線をずらすとちくりと脇腹に痛みが走る。

「………っ!?」

 横目で見ると隣にいる九音がぷっくりとフグのように頬を膨らませて「ユウマくんのバカ!浮気者」と不満を小さな声で口にして脇腹を抓っていた。

「………どうした?」

 不思議そうな目で訊いてくる透也に「大丈夫だ、なんでもない」と言って上手く誤魔化す。

 ちらりと九音を見ると、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。

「それでね。明日から夏休みになるでしょ?だからこの四人で遊びに行こうと思って」

 ウキウキとテンションマックスで話す胡桃とそれに良いなと同調する透哉。

「それで日程の調整はどうするの」

 少しだけ声のトーンを下げた九音が胡桃に尋ねる。

「細かいところは今から話し合うつもり」

 てへっと舌を出す胡桃にずいぶん突発的だなと大丈夫かと心配になる。

「具体的にはどうするの?みんなの予定もあるだろうし――――」

 さらに細かく胡桃に訊く九音に、ポンと手を叩いて「まずは皆の予定から訊いていこう!」

 テンションマックスで宣言する胡桃。

 この計画の発起人である胡桃が「夏休み中は透哉とデートする以外予定ないから、いつでもいいよ………っていかどんどんウェルカムだよ!」

 大袈裟に両手を使ってドンドンいってこいとアピールする。

「じゃあ八月五日に皆でプールか海水浴とかどうだ?」

 ノリノリで透哉が提案をする。

「………」

 その様子を見ていた九音がうーんと人差し指を顎に添えてなにかを考え始める。

「どうしたの?九音」

 胡桃が考え込む九音に声をかける。

「実はね、一週間だけ家の事情で京都にいかないと行けなくて、私もいきたいのになぁ―――ちょうど八月五日がその用事と重なっていて」

 しょんぼりと肩を落とす九音に「大丈夫だよ、九音。夏休みは一か月以上あるんだからさ」

 と、励ます胡桃だが――――。

「それだけじゃないの、夏休みのほとんどを夏季の特別合宿を親に入れちゃってさ」

「ええ―――?それじゃ全然遊べないじゃん」

 不満を口にする胡桃に「どうしてそんなことになったんだ」と疑問を口にする透哉。

 心当たりがあった俺はそれとなく「もしかしてこの前の中間考査が原因なのか?」と九音に訊いてみる。

 俺の言葉を聞いた九音は気まずそうな顔をしながら静かに頷く。

「――ええ!?九音は十分すごい成績だったじゃんか、だって学年一位だよ」

 興奮気味に捲し立てる胡桃を透哉が宥めながら事情を訊く。

「それでもご両親が納得してくれる成績じゃなかったってことか」

 何かを悟ったように言う透也。その言葉を聞いて俯きながら黙り込む九音。

「………」

 俺も何って言えばいいのか分からず口を紡ぐしかなかった。

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