閑話 1
これは私がこの世界に転移したばかりの頃のお話。
ピョウ ピョウ ピョウ
「ん、朝か」
3日前に目覚めてから、毎朝のように聞こえてくるこの風切り音。
私は布団を剥いで身体を起こすと、拳を握って身体の動きを確かめた。
「うん、普通に動かすことは出来るし、痛みもないな」
朝の涼やかな空気の中、音のする方に向かって歩く。
「それにしても、珍しい作りの家だな、紙と木と土で作られているのか」
光沢のある板張りの廊下を抜けると庭が見える、この家の主であるサクラと言う婆様が剣?を振っているのが見えた。
ピョウ
「おや、もう起きて動けるのかい、やはり若いっていうのは回復も早いね」
「いえ、貴女の手当のおかげです、改めて礼をイイマス」
私に気づいたサクラ氏に頭を下げる、まだ、魔力が戻らないらしく治癒魔法が使えないので全力にはほど遠いがこうして歩けるまでは回復出来た、この婆様には本当に感謝しなければ。
「ところで、サクラ氏はこんな朝早く何をなさっているんですか」
「あぁ、年寄りほど毎日身体を動かさないとなまっちまうからね、体操代わりに刀を振ってるのさ」
「カタナ?」
聞きなれない言葉に頭を傾げる。
「ん、あんたの国じゃ剣のことは何て言うんだい」
「あぁ、剣はサーベラですね」
「サーベラ?どこの呼び方だい」
今度はサクラ氏が頭を傾げる、その手に持った刀という物に目がいく、キラキラユラユラと朝日を反射してとても綺麗だ、けどそんな細い剣じゃすぐ折れちゃいそうだな、体操用なのか?
「振ってみるかい」
私の視線に気づいたサクラ氏が、クルリと刀を持ち替えるとこちらに向かって差し出した。
刀を手にすると細いのに意外と重い700ガラムぐらいか、師団で使うサーベラは1.5キロンなので半分くらいの重さだが、老人が振るにはちょっと重いのではないか。
それより……。
「綺麗な剣ですね、良く磨かれた片刃の表面には波のような模様がユラユラと炎のように浮かび上がっていて、武器と言うより芸術品です」
「はっはっは、そんな大層なもんじゃないよ、それで庭木すら切るんだ実用的な道具さね」
廊下から履き物を借りて庭に出る、師団でやっている訓練のように両手で腰の位置で刀を構える。
「ほぉ、刀の構えじゃないが中々様になってるじゃないか」
ボウッ
「あれ?」
刀を横凪に振るがなんか違和感が。
「そんな振り方じゃ、すぐに折れちまうよ。貸してみな」
サクラ氏が私と同じように腰の位置で片手で刀を構える、なるほど刀の持ち方が私と違う。
ピョウ
軽く横凪された刀で空気を切り裂く音が聞こえる、あぁ、あの反り返った刀身はああやって振ればいいのか。
サクラ氏から刀を返される。
今度はサクラ氏と同じように刀を片手で構える、えぇっと、こう腰を回すように…。
ピョウッ
「おっ、今度はいい音出すじゃないか、どれ」
サクラ氏はそう言って微笑むと廊下に置いてあったもう1本の刀を手にして、私と対峙した。えっ!
「ちょっ、私はこれでも軍人です、お年寄りとましてや恩人に剣を向けるなんて出来ません」
「まぁ、そう硬く考えなさんな、年寄りの運動に付き合うと思え、ほれ」
ヒュッ
「えっ」
私の首元にサクラ氏の刀が当てられる、み、見えなかった。
「なんじゃ、軍人んさんのくせに鈍いのぉ、こんな老人の刀に反応出来んか」
カカカと笑うサクラ氏。
嘘だろ、いくら本調子ではないにせよ、剣術には魔力は関係ない、それなのに私がなんの反応も出来なかっただと。えっ、この国の老人は皆んなこんなに強いのか。
じっとサクラ氏を見つめる。
「ん、やる気になったか」
慣れない剣で手加減しずらいが、やってみるか。
私は先ほどのように刀を構えた。
「いいね、顔つきが変わったよ」
ピョウ
チーン!
私の凪いだ刀をサクラ氏が軽く流した、金属がぶつかった硬質な音が響く。
キーン、キン
「おっ、病み上がりでこれだけ動けりゃたいしたもんだ、こりゃ良い運動相手になりそうじゃな」
キン
いとも簡単に私の刀を受け止め流される、しかも片手で。もう、吃驚するどこじゃない。このご老人強い。
「ほい、お終い」
ピョウ
サクラ氏の剣先が先ほどと寸分違わず首元に突きつけられる。師団長の私がまるで素人扱いだ、背中がヒヤリとした。
「この国のご老人は皆んなサクラ氏のように強いのですか?」
「刀術に強いも弱いもあるもんかい、若いもんが年寄り相手になさけない事言うんじゃないよ」
サクラ氏の知り合いにはもっと強い者が大勢いるらしい、ここは魔国か!
私も動けるようになったのでサクラ氏と夕飯を一緒に食べるようになった。
この家の食卓はちゃぶ台と呼ばれる背の低い丸テーブルの上にお皿がいくつも並べられている。
今日のメニューはサクラ氏が育てた野菜がメインらしい。
サクラ氏が説明してくれる、きゅうりの浅漬け、ナスの煮浸し、冷やしたトマトに味噌スープ、この国では肉は食べないのだろうか。
真っ赤な果物が輪切りにされて目の前に置かれている、トマトと呼ばれる果物らしい。見ただけで瑞々しいのがわかる。どれどんな味がするのやら。
シャクリ
「ん~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
な、何コレ。美味い、美味すぎる、こんなの初めて食べた、宮廷料理か!
あまりの美味しさに思わず口を押さえてサクラ氏を見る、ちょっと涙目になった。
「なんだい、口に合わなかったのかい?」
フルフルと頭を横に振って否定する、もしかしてサクラ氏は私の為に無理してこんな高級食材を用意してくれたのでは。
「サクラさん、私のために無理なさってくれたのですね」
「はぁ?何言ってんだいあんた、今日の飯は全部家で採れたもんだよ、無理なんかするかい」
「こんな珍しい高級食材を育てて…」
「こんなのJA行けば安く苗が買えるよ」
「庶民がこんな豪華な食事を…」
「庶民って、あんた、結構貧しい国から来たんだね、まだ畑にいっぱいなってるから遠慮しないでたんとお食べ」
あ。もしかしてサクラさんは身分が高い方なのか、するとサクラ様の育てた野菜をプラーナで売ったら一体どれだけの値がつく事だろう、トマト一つで家が建つんじゃないか。
それから6ヶ月、リハビリを兼ねてサクラ様の体操?の相手をしたり畑作業を手伝った、どうやらサクラ様はここで一人で住んでいる平民らしい、街は少し離れているからこの家には滅多に人がこない、時々知り合いが訪ねて来るようだが現在は私とサクラ様の二人暮らしだ。
おそらくだがもうプラーナには帰れない予感がしていた。
ある日、庭掃除をしていると車と言う馬のいない乗り物が家の前で止まる。
綺麗なご婦人がこの家を訪ねて来た。
「こんばんは、サクラちゃんはご在宅しとります」
もう東の国の言葉は聞き取れるようになっていたが、このご婦人の発音はちょっと独特なものだった、どこか遠くに住んでいる人だろうか。綺麗なご婦人と目が合う。
「あんさんが……、えぇ、男やねぇ〜、サクラちゃん上手い事やってはるなぁ」
ご婦人が何やら呟く、家の中からサクラ様の足音がトントンと聞こえた。
「おぉ、
畳敷きの部屋で座るご婦人とサクラ様の前にお茶と野沢菜を置くと、サクラ様の横に下がって腰をおろす。
「ごぶさたしております、しかし真様は相変わらず、お綺麗で羨ましいですな」
「サクラちゃんは随分と老けましたな、刀と畑にばかりに力を入れるからですよ、ちゃんとお肌のお手入れもしないと」
ピキッ「そ、そうですか、年相応だとは思ってますが」
サクラ様が顔をひく突かせながらご婦人に答える。
真様と呼ばれるご婦人がサクラ様と話しながらもじっと私の方を見て来る、その熱い視線になんか落ち着かない気分になる。
「ジーン、こちらは本家のお方で真様と言う、ご挨拶を」
「ジーン・ハルトマンです、はじめまして」
「真です〜♪」
真さんがニコリと微笑む。
「真様、実はこの若者に武田の戸籍を用意してもらいたくてお呼びいたしました」
なんと戸籍を、私がこの家の者になれるのか、話の展開に吃驚していると真さんが私に尋ねる。
「貴方、歳上の女性はお好き?」
ん、この質問の意味は?どちらかと言えば歳上の女性の方が落ち着きがあって好感が持てるが。
「はぁ、歳上の女性ですか、えぇ、一緒に居て落ち着くのはいいと思います」
「そ〜うですわよね、歳上の女は最高ですよね!」
真さんが息を荒くしてにじり寄って来る。
「真様、御当主にチクりますよ」
「まぁ、サクラちゃん、冗談ですよ、冗談」チッ
あっ、舌打ちした。
真さんはコホンと一つ咳払いをすると背筋を伸ばして座り直す。
「わかりました、よろしいでしょう、戸籍は、真紅に用意させますわ」
その言葉にサクラ様が深々と頭を下げる、慌てて私も頭を下げた。あのぉ、真さん、頭を撫でるのはどう言う意味が。
「御当主様にも桜がよろしく言っていたとお伝えください」
「虎鉄ちゃんもお爺ちゃんになっても落ち着かなくってね」
「あの方はまた血が濃いから」
「「ハハハハ」」
サクラ様と真さんが乾いた笑い声をあげるが私には意味がわからない。
「ジーンちゃん、またね〜♪」
真さんを乗せた車を見送るとサクラさんに話しかける。
「サクラ様あの方は一体?」
「本家のお偉いさんだよ、あれでも私より随分と歳上なんじゃ、けして失礼のないようにな」
「えっ、幾つなんですかあの人、どう上にみても40歳くらいですよ」(実際は軽く100を超えている)
「本家の連中はあんな化け物がゴロゴロしてるわ」
「エルフの国ですか!?」
この国の生態系に正直驚いた。
サクラ様だってとても66歳には見えないほどしっかりしてるし、この国はひょっとして長寿の種族なのか。
あれ?本家って、サクラ様は平民って言ってなかったっけ。
次の日の夜。
「はぁ、本当に突然カメラ映像に現れたと、まぁ
「もうちょっと詳しく調べてみますので戸籍はもう少しお待ちくださいね」
「いえ、お手数おかけして申し訳ない」
「いえいえ、皆んな面白がってますからお気になさらず」
ピッ
「まさかとは思うが、黒のお方が出て来たりしないだろうな」
ちょっと嫌な予感がする桜だった。
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