第3話 お昼休み

午前の授業を終えた昼休みの職員室。


「あ、あの武田先生…」


「はい、児島主任、何でしょう?」


「どうでした授業の方は、あの子達もちょっと浮かれてたんで、ちょっと心配で」


「あぁ、今日はほとんど挨拶だけですので問題ありませんでしたよ、ちょっと皆さんからの質問は多い気もしますが」


「そ、そうですか、すみません、すみません」


「いや、児島主任が謝る事はないですよ」


ペコペコと勢いよく謝って来る児島先生を宥める、責任感が強いのかな。



「あら、武田先生はお昼はサラダだけなんですか?」


児島先生が私の机にひろげたお昼ご飯に目を向ける、今日は朝取りのきゅうりとトマトとレタスのサラダだ。トッピングとして黄色が鮮やかなとうもろこしを散らしてある。実にカラフルで食欲をそそる。


「ええ、この国の野菜が大好きなんです、とても美味しいですよね」


私がニコニコと答えると児島主任はなにやら小声で呟く。


「この国?ヴィーガンとかベジタリアンなのかしら、だったら歓迎会はどうしましょう?焼き鳥屋じゃ駄目かしら」


なにやら児島主任が考え込み始めた、どうしたのだろう。そこに科学担当の大村先生がこっちに歩いて来て会話に混じる。


「お、武田先生、ベジタリアンなんですか、それともダイエット中?」


「大村先生、違いますよぉ、夏野菜は今が一番美味しいから、つい食べてしまうだけでお肉もちゃんと食べますよ」


「ハッハッ、まぁ野菜は健康に良いですからね、そうだ、児島主任、武田先生の歓迎会はいつものサッちゃんでいいんですか?」


「サッチャン?」


私が首を傾げるとホッとした顔で児島主任が話しかけてくる。


「武田先生、歓迎会はいつも焼き鳥屋さんなんですけど大丈夫です?」


「焼き鳥?あぁ、サクラ様が晩酌でよく食べてる奴ですね。私も好きなんで大丈夫ですよ」








「仁先生ィ、また明日ねぇ!」

「はい、お気をつけて」


初日の授業を終え生徒達を無事見送る、ここからは大人の時間だ。





学校から歩いて15分ほど南に歩くと、夕闇に赤提灯が浮かんでいた。フワリと肉の焼ける良い香りが漂ってきて胃袋を刺激してくる。

焼き鳥のサッちゃんはこの小さな町の数少ない大人の憩い場だ、仕事帰りに、帰っても自炊しない者、ただ愚痴をこぼしに来る者、様々な者が日々この店ののれんをくぐって行く。

なので新人教師を連れての歓迎会にはもはや恒例の場所となっているのだった。


「らっしゃーーい!!奥の個室空けてあるよ」


店主が元気よく迎えてくれる。






ガヤガヤと騒がしい店内に児島主任が声を張り上げる。


「では武田先生がこの学校に来られた事を歓迎してぇ!」


「「「「かんぱ~い!!」」」」


カシャーン!




目の前に置かれた串を1本手に取る。

ほぉ、目の前で炭火で焼かれた鶏肉は実に香ばしい、家で食べるよりずっと美味しく感じる。炭火だから?焼き手の腕もあるのかな?

おぉ、このお通しは!


「お姉さん!このニラたまも凄く美味しいです、ニラの歯ごたえがシャキシャキで卵黄が絡むとまた旨味が増して」


お店の人に料理の感想を言うと、笑顔を浮かべてくれる、つり目でどこか狐みたいな笑顔が印象的だ。


「おっ、うれしい事言ってくれるね、お兄さん新しい先生だね、気をつけなぁ、あの学校は女子校だから、お兄さんみたいなかっこいい男はすぐに狙われるよぉ」


「なっ、こらっ、サチ、余計な事吹き込むなぁ」


「狙われる、暗殺者がいるのか…いやこっちの世界でそれはないか」



「はは、児島ちゃんがもう狙ってたかぁ!メンゴメンゴ!」


「まだです!絶対に失敗しないようにじっくりいきます!」


「頑張ってな~」


児島主任の言葉に店の人がヒラヒラと手を振った。フレンドリーで雰囲気の良い店だ、今度サクラ様と来よう。




ゴクリ


「おっ、これがチューハイって物ですか、意外と飲みやすいし美味いです」


「あら、チューハイ飲んだ事なかったんですか、コンビニでもいっぱい売ってるのに珍しい」


「コンビニですか、家は日本酒とビールだけだったんですよ」


「そうなんですか、こっちの梅味もいけますよ~オススメです」



サクラ様は基本的に日本酒でたまにビールだけだから家にはチューハイと言う飲み物はなかった、初めて飲む酒のせいでちょっとペース配分が狂ったかな、思ったより酔いがまわったみたいだ。頭がちょっとポォ〜としてきた。





「それじゃあ~、とっておきの手品でもひとつ♪」


ワァーパチパチパチ、ピューピュー!


宴も進んで何か芸でもとなったので、サッと手を上げる。

サクラ様にも馬鹿ウケだったお墨付きの芸だ、自信を持ってやらしてもらおう、右手に火属性、左手に水属性の魔力を軽く集める。


「さぁてぇ〜お立ち会い、タネも仕掛けもございません、今からこの何もない掌から炎と水をお出しします」


「よっと!」


ボン!


「「「おわぁー!!」」」


掌に突然浮かぶバレーボールくらいの大きさの火球、その周りをグルグルと水流が取り囲んでランタンのように優しい光になっている。


「はいっ!」


私の掛け声とともに浮かび上がるとまるで糸で釣られてるかのようにフワフワと周りを漂った。


「「「「おおぉーっ!!凄い!」」」


パァン!


私が手を叩くと火球も水も消滅する、これコントロールと威力の調整が難しいのだ、本来は爆発させる技だし、サクラ様にはインチキ手品と言われたけど、この世界では立派な芸のひとつだ。


「凄い凄い凄い!えぇーーー、どうやってるんですかソレ!!物理的に無理でしょ」


「ふふ、ちょっとタネは明かせないですね、企業秘密です~」


そう言って児島主任の前でパチンと指を鳴らして小さな火球を再度ポンと出現させる、驚いた顔が可愛い。あぶないのですぐに消滅させる。


「いやーミスターマリックのハンドパワーより凄いですよ、良い物を見せてもらった!」


「えっ、マジでどうやっての?動画サイトにあげたいんだけどもう一度やってもらえる」


うんうん、大村さん達にもウケて良かった、酒の席での事だけにだれもが手品と信じている、はっはー、良く出来た魔法は手品と見分けがつかないものなのだ!










この夜私は、この世界に来て初めて二日酔いを経験した、頭イタイ。


「うぷっ」

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