第20話 蕎麦と酒と女
家から30分ほど歩いた所に一軒の蕎麦屋がある、蕎麦屋と言っても看板一つ出していない、親父さんが一人で趣味でやっているような店だ、メニューだって盛りそばと日本酒の二つしかない。
ズズズッズルズル
「徳さん、粉変えたのかい?」
サクラ様が厨房に向かって声を上げる。
「おう、この前戸隠の知り合いに貰ったもん試してみたんだ、どうだい」
「うん、いいね。喉越しが良くなった気がするよ」
「へぇ、粉ひとつでここまで味が変わるんですね」
今日はサクラ様と一緒にその徳さんがやっている蕎麦屋に食べに来ていた、暑い時期は冷たくしめた麺が美味い。おろした山葵の風味が鼻にツーンと抜けて実に爽やかだ。
「徳さん、お酒追加ぁ!」
「はいよ」
「それにしても、内海の奴最近は学校にまで顔を出すようになったんだね」
「内海?」
「仁も何かあったらすぐに私に言いなよ」
「はぁ?」
サクラ様は冷酒をクピリと飲み干すと、そんな事を言った、誰だよ内海って思っているとカラリと店の入口が開く。
「ん?」
視線を向ければ木刀を持った高校生ぐらいの茶髪の女の子が立っていた。剣道部?それにしてはオシャレな格好だな。
サクラ様もその娘を
「貴様が化物か」
ん、その娘と目が会っちゃった。何か小さく呟くと、トントンと手にした木刀で肩を叩きながら私に話しかけてきた。
「ここじゃお店に迷惑だ、表に出な」
「仁、あれぐらいなら私に言わなくてもいいぞ、自分で対処しな」
「う〜、蕎麦がのびるんですけど」
「だったら早く行って帰ってきな」
店の外に出ると街灯の光の下、木刀を持った娘さんが構えている、だから誰?
「貴様に恨みはないが、賞金がかかってるんでな、死んでくれ」
「賞金?私に、誰かと間違えてません?」
「武田仁で間違ってないよなぁ!!」
ブン
その娘さんがいきなり木刀で殴りかかって来た、結構鋭い振りだが上半身を反らして避ける。
「いや、武田仁は私ですけど、賞金って?」
「ネット見てないのかい?あ、悪いパンピーには見れないわ。ある企業から貴様に7億の賞金がかかってるんだよ」
「サマージャンボ宝くじ」
「当たらん宝くじと一緒にするなよ、今なら1等くじが目の前につっ立ってるんだからさ」
「えっ、当たらないんですか、サマージャンボって!あぁ、大安だったから20枚も買っちゃたよ」
娘さんの言葉に少し落ち込んでいると、ブンブンと木刀が振り回される。
「くそっ、避けるな卑怯者!」
「そんな無抵抗に殴られるわけないじゃないですか、殴られると痛いんですよ」
ハァハァと息を切らし始めた娘さんの後ろから1組の男女が走って来るのが見えた、新手か?
「この、ダアホォ!!」
スパァーーーーーーーーン!!
「痛ぁ!」
「何先走ってんじゃコラ!勝手するんじゃねえよ!」
タッタッタ、ハァハァ
「もう、お姉ちゃん作戦が……………………………………………………えっCGじゃない本物…………………………結婚を前提にお付き合いしてください!!」
何かコントの時間が始まった。
木刀を持った娘さんは後からやって来た目つきの悪い若い男に平手で頭を叩かれ、もう一人やって来た綺麗なお姉さんにはいきなり交際を申し込まれた。取り敢えず長くなりそうなので、蕎麦ものびるし一旦お店に入りませんか?
「本当に申し訳ない!この馬鹿女が!」
「えぇ!
「あれはお前の話に合わせてただけだ、誰が本気にするか!」
取り敢えず無事に蕎麦を食べ終わった私とサクラ様の前で漫才が始まった、綺麗なお姉さんは何故か私の隣に座ってお酌している。あ、溢れちゃうのでそれぐらいで、ととと。
「で、仁に賞金って、一体どこの企業なんだい」
「トライデントって武器商人の会社ですよ、私達そこの会員で裏パス知ってるんで」
サクラ様の質問に隣の綺麗なお姉さんが答える。しかしその武器商人さんに恨みを買う事なんかしてないんだが。
「まぁ、会員の中でも裏パスワード知ってる人だけが見れるサイトなんで、早いもの勝ちだ!ってお姉ちゃんが先走っちゃって」
「だって7億よ7億!こいつ殺すだけでサマージャンボよ!」
「それだけ難易度が高いって事だろうがぁ!」
真司さんに再度怒られる茶髪の娘さん、ん、この娘がお姉さん?妹じゃなくて!
「あ、あの、皆さんはどう言ったご関係で」
「紹介がまだでしたね、私は鹿島
隣の綺麗なお姉さん、実さんがスラスラと質問に答えてくれる。えっ、お姉さんって幾つ?児島主任も若く見えるけど、この人はそんなレベルじゃないんですけど。
「お父さんがその会社の、それで…」
「それにしても7億とは
「ガーーーン、サクラ様にそんなに恨まれているとは!」
「仁さん、私が父に100億出せって言っておきますね、仁さんにはそれだけの価値がありますよ!」
実さんが手を握りながら力説してくる。
「そう言う問題じゃありませんけどね」
話を纏めてみると、どこかの会社が私に賞金首にして命を狙ってると言う事なんだが、私のような異世界人というだけの人間にそこまでの億単位の価値があるのだろうか?
「まぁ、7億程度じゃ情報集めが目的だろうね」
「婆さん、サイトには殺害した者にって書いてあったぜ」
虎美さんがサクラ様に凄む。
「だから殺せるかどうか試しているんだろ、出来ないって結果だって立派な情報だ」
「えっ、この馬鹿女はともかく、仁さんってそんなに強いんですか?」
サクラ様の言葉に真司さんが問いかける、この人目つきは悪いけど良い人っぽいな。
「私よりは弱いよ」
そ、それは、確かにサクラ様には剣では勝てないけど、魔法も込みなら…。
「ハッハッハ、婆さんに負ける青年か、それは強いな〜」
真司さんがサクラ様の言葉に笑う、サクラ様のようなお年寄りにも勝てないようじゃ笑われても仕方ない、でも本当にサクラ様は強いんですよ。
「おい、真司。ここのお蕎麦めちゃくちゃ美味いぞ!」
ズズズ、ズルル
「お前、何呑気に蕎麦食ってんだよ」
虎美さんはいつの間にか徳さんの打ったお蕎麦を食べていた、マイペースな人だ、だけどわかってるなぁ、ここのお蕎麦は凄く美味しいんですよ。真司さんものびないうちにどうぞ。
「あ、本当だ。凄え美味い!」
あれ?なんの話してたんだっけ?
「で、そのサイトはスマホですぐに見れるのかい?」
「えぇ、パスワードさえ打ち込めば……って、あれ?入れない?朝は入れたのに」
サクラ様の質問に実さんがスマホをいじるが、どうやらそのサイトはすでに閉鎖されているらしい、どういう事ですか?
「対応が早いね、どこかに監視がいるのかね」
「えっ、じゃあ7億は?」
「お姉ちゃん、今度仁さんを殴ろうとしたら私が黙ってないわよ」
微笑ましい姉妹だ、実さんは虎美さんをしっかり見張っていて下さいね。
「それじゃあ、これで失礼します。ほれ!お前もちゃんと頭下げろ!」
「ええ〜っ、だって結局は殴れてないじゃん、私謝る必要あるぅ?」
「お姉ちゃん」
「うぅ〜わかったよぉ。殴ろうとしてごめんなさい!」
虎美さんと真司さんは高級そうな黒い車に乗り込んで東京に帰って行く、私の隣にはその車に向かってニコニコと手を振る実さんが。あれ?一緒に帰らないんですか?
「あ、私。仁さんと結婚するまでは東京に帰りませんので」
「あんた飯は作れるのかい?」
「和食は得意ですよ」
「じゃあ部屋余ってるし、一緒に住むかい?」
「え!良いんですか!是非!」
えっ、実さんも一緒に住むの。…………………………あれ?
結論、これからは月のない夜道には気をつけよう。
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