第12話 狙撃

「暑い…」


うつ伏せの体勢で2時間、ポタポタと地面に汗が落ちるのが見える、ギリースーツと呼ばれるモサモサの迷彩服を着込んでいるので暑さが半端ないのだ。山中の景色と一体化した自分は、野生動物の嗅覚でもなければ存在自体がわかることはないだろう。







ある依頼を受けて、1週間前にこの日本に来た私は1時間30分の新幹線の旅を経て、田舎街の長野駅に降り立った、寺しかないような退屈な街だ。

駅の東口で立ち食いそばを食べていると、さっそくメールが端末に届いたので目を通す。

近くにある公園で待ち合わせる事になった、そこで今回の仕事に必要な道具を渡される手筈だ。





ジージージジジとアブラゼミの声を聞きながら公園のベンチに座る、木陰だと言うのに暑い、日本は2m以上雪が降る豪雪地ではなかったのか?暑さのせいか公園だと言うのに人がまばらにしかいない。


ブーンブーン


端末が震えたので見てみれば指示が表示されている、指示された駐車場に行ってみればナンバーの一致する車を発見、バンパーの裏に貼り付けられた鍵で解錠すると車内に乗り込む、後部座席を見れば仕事道具が、助手席には周辺のマップが入った封筒が置かれていた。


クキュキュキュ、ドゥルン


目的地はここから南に向かった小さな町ね、ふむ右ハンドルの車は乗りずらいな。あ、車線こっちか。


おもちゃのように小さな車は思ったより快適で走りやすかった、軽自動車と言うのか、本国でも売ってもらえないだろうか。







皆神山の山中にこもって4日目、ターゲットの務める学校を狙撃ポイントから双眼鏡で観察する、なぜ高校の教師なんぞを暗殺するのか詳しい事は知らないし知る必要もないが、私のような裏の人間に依頼が来る以上それなりの理由はあるのだろう。

今日の3限目の授業は南校舎の端の教室、狙うならそこと決めている。

スコープを覗けばターゲットがちょうど教室に入って来た、距離は700m、1回トリガーを引くだけで終わる簡単な仕事、これが終わったら逃走先の中国でパンダでも観に行こう、こんなやさぐれた仕事をしている私には癒しが必要だ。


ターゲットの動きに合わせながらスコープを覗く、よく見ると若いな、しかも良い男じゃないか、もしかして危ない女の恨みでも買ったのか?運のない奴だ。

教壇の前でターゲットの動きが止まる。私は無意識にトリガーにかかる指に力をいれた、流石日本製の銃、動きがスムーズだ。


タァーーーーーーーーン、キン




当たると確信、ターゲットの耳の上に命中…………するはずだった。





スコープから目を離し目をゴシゴシ擦る、再度スコープを覗いてもターゲットは何もなかったように動いて…生きている。


「どう言う事だ」


薬莢は排出されている、確実に弾丸は発射されているのだ、私の射った弾は一体どこに消えた、呆然としていると私の周りの木々がざわめく。


カシャカシャカシャカシャ


防護服とマスクをつけた武装集団、私に向けられる無数の銃口、囲まれている、こいつら今までどこに隠れていやがったんだ。

私はもしかして罠に嵌められたのか?そんな事を考えながら大人しく両手を頭の後に組んだ。プロは無駄な抵抗はしないのだ。


「確保ぉ!」








「課長、イワンは無事確保したそうです、青田がこっちに連行して来ます」


「イワンは武田仁に確実に発砲したんだね」


「はい、映像も記録してます」


「そっか、銃じゃ倒せないかぁ」


「弾丸が消えるなんて、技術部の連中も訳がわからんそうですよ」


「どうしたらいいと思う?」


「とりあえずお詫びのお中元でも贈っといたら良いんじゃないですか」


「……最近暑いしビールでいいかな」


今回の件、武田仁の情報がロシアに漏れたせいで、殺し屋さんがわざわざ来日して来た。あの国も今は色々と忙しいだろうによく働くことで。

日本としても色々確かめたい事もあったので泳がせていたのだが。

まぁ、やっちゃったとしてもロシアさんに責任転嫁出来るしね。

しかし、民間人をいきなり狙撃するとはね、てっきり夜道でナイフでも使って襲うかと思ってたんだが。

おかげで銃は効かない可能性が証明されてしまった、これで彼の脅威度はまた一つ上がった。


「今度はアメリカあたりがミサイルでも撃ってくれないかな」


ボソリと小声で呟く声は誰にも聞かれることはなかった。










ガバァ!


「この度は、我が方の監督不行き届きで、まことにもうしわけございませんでした!」


後日武田邸、桜の前で土下座する内海がいた、その脇にはプレミアムモルツのお中元セットが置かれている。

内海としては自腹で奮発したのだが、桜が言うには武田仁は金麦のラガーの方が好きだったらしい。くそったれ!高い方買っちゃったぜ!

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