客人

ある時、1人の男性が私を見つめた。

長い時間見つめて、そして立ち去った。

明くる日、その男性は、板と白い紙、

そして、枝のような棒と、色と水を持ち現れた。

また、私を見つめる。

そして、白地の紙の上で棒を動かす。

なにやら良く分からないまま、紙の上に白黒のモノトーンが生まれた。

また、彼は、私を見つめる。

白い板の上に、黄緑、橙、赤、黄色、藍色と、

いくつかの色を乗せ、棒と水で色を合わせた。

彼は、私を凝視して、色を作り、そして、紙の上に色を落とした。

私を見ていたと思っていた彼の瞳が捉えていたのは、私の隣のそのとなりのとなりであった。

水でぼかした藍色をちょこんと乗せて、橙に、黄色、黄土と、さまざまな色で彼女を表した。

美しくて、焦がれて、なぜそれが私ではないのかと、羨ましく思った。

そして、彼はまた、薄い青を反対側の離れた所に落とした。水滴の緑に、黄色、橙、赤、また華々しく色めき立つ個性的な葉が浮かび上がった。

それを見て、私か?胸の鼓動が跳ねた。

ドキドキしながら、その白地の紙に乗せられた色の葉を、キョロキョロとして、探した。

私だけではない。周りの葉も、自分ではないか?自分であって欲しいと、周りを見て、確認した。

その色が乗せられた葉が、下の下の葉だと確認すると、がっかりした。

期待と動揺、そして、落胆。それを何度と無く繰り返す。どの葉も、自分を知りたがった。

自分はどんなであるか?自信に満ち、勝ち誇ったようにいた葉も、そのものの存在を見つけては、あからさまにがっかりしていた。

自分の周りが、ほとほと塗り終え、空いた隙間にオレンジの色を差し込み始めた時、もうこれは、私でしかないと自覚していた時、待ち焦がれていた筈の私は、それを受け止めきれずに、視線を外した。憤慨したとか、そうではなくて、気恥ずかしさに襲われていた。自信があった筈でも、自分を卑下していた訳でもない。

ただ、自分自身を受け入れること、彼にはどのように見えているのか?私が、どうであるかを、受け止める器が出来上がってはいなかったのである。

人間で言うところの、両の手の指の数を優に溢れ出させるほどの葉っぱの一つでしかない私を、大事に丁寧に見つめて、白地の紙の上に表してくれた。それが私に似ているかどうかは自分自身では、知るすべもない。

ただ、ソバカスの様に小さな点と、虫に食べられた穴が、自分に感じられるその場所に書かれている。ただそれだけ。なんとなく、たぶん。それがわたしであろうと。

彼は私を見つめ、そしてわたしも彼を見続けた。

互いがそうであると思い込んでいただけだったことは、白地の紙に色が落とされる度に、ただの自分の勘違いだったことに気が付かされ、がっかりした。

(恥ずかしい。。。自意識過剰だ。。。)

それは、私だけではなく、普段意識して見続けられると言う経験をさほどしたことがなかった私たち、葉や茎や幹や木は、口々に、私の代わりに声に出し、ざわついた。

「やだ。見てる。。。」

「恥ずかしい~。」

「あっ。。。私じゃない。。。」

「なんで?」

私達の発した言葉は、たぶん。きっと。

目の前の男性には、届いていない。

当たり前の日常とは違う時間。

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この葉の海 一粒 @hitotubu

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