第6話 月と吸血鬼

変化に気付いたのは善光寺から帰った、その夜の事だった。


「眠くない」


時刻は深夜2時、今日は色々あって疲れてたのですぐに寝れると思い、夕食の後布団に潜り込んだのだが、妙に目が冴えて一向に眠れん。

ふむ、一杯ひっかければ眠れるかと思い布団から出て台所を目指す、月が出ているのか今日は妙に明るい。

台所でお目当ての日本酒を瓶ごと手に取り、社務所を出て拝殿に向かう。

ああ、やっぱり今日は満月だったか、優しい月明かりが神社の境内を照らす。


「では、月見酒と洒落込みますか」


満月一つ有るだけで酒が美味くなると言うのは日本人だけなのかね、今度飲んべえのイシュタムさんに聞いてみるか。拝殿の階段に腰掛けて一升瓶の栓を開ける、湯のみに注いだ純米酒をクピリとやれば、何とも幸せな気分になる、鳥居の向こうに浮かぶ満月を見ながら飲めば、当社比1.2倍は美味い。



「これで隣にオリジンちゃんのような美人さんでもいれば最高だな」


「あら、呼びまして」


「おわっ、オ、オリジンちゃん!ど、どうしたのこんな時間に?」


階段で飲んでいた俺の前にいきなり現れたオリジンちゃん、タータンチェックのミニスカートがフワッと捲れて、そこから伸びる白い太ももにドキッと心臓が跳ねる。


「月が綺麗だったから屋根の上で眺めていたら、ガクさんが出てくるが見えたので降りて来たのですわ」


なるほど、吸血鬼であるオリジンちゃんには月がよく似合う。満月の淡い光に照らされて輝くプラチナブロンドはとても綺麗で神秘的だった。オリジンちゃんが隣に座ったので祭壇に飾ってあった杯を持ち出して彼女に手渡す。杯に持っていた酒を注いであげるとニッコリと微笑んでくれた。


「お米のお酒も美味しくて好きですわ」


「そりゃあ良かった。オリジンちゃんみたいな美少女と月見酒なんて最高だな」


「ふふふ、もう少女ではありませんわ。これでも30万歳のお婆さんですのよ」


「いや、とてもそうは見えないんですけど」


金色に輝く瞳にジッと見つめられると、照れてしまい思わず顔を逸らしてしまう。


「そ、そう言えば、他の神様達は」


「あの子達だったら良く眠ってますわ。今日は力も使ったみたいだし、疲れたみたい」


昼間の善光寺の出来事を思い出した、そうなんだよな見た目はどうあれ彼女達は歴史に名を残すAクラスの神様なのだ、気まぐれやうかっりですら、何千人もの命を一瞬で奪う事が出来る強大な力を持っている、その事を実感すると恐怖を感じるが、一方で自分の無力さも浮き彫りになる。

あれ、オリジンちゃんは力を使わなかったんだっけ?


「オリジンちゃんは寝ないの?」


何気なく質問したのだが、オリジンちゃんは少しキョトンとした顔をしている、何か吃驚するような事だったかな。


「そうでした、人間と言う生き物は毎日眠ると言う事を忘れていましたわ。私は100年起きていても全然平気ですし、100年でもずっと寝ることができますから」


「へぇ〜、100年単位とは凄いね。でも、100年も寝てたらタイムカプセルみたいだね、起きたら世界が変わってるんじゃ」


「100年もずっと寝ていると死体と間違えられるのが問題ですわ。アヌビスやヘルとはそれで知り会ったのですから」


プクッと頬を膨らませ怒った様な表情を見せる、なんだその出会いは思わず笑ってしまう。


「あぁ、笑いましたわね。結構その時は大変だったんですわよ、死体と間違われて心臓に電撃当てられたりして」


二人で月を眺めながら楽しく話しをして、杯を重ねる。うん、いつもの3倍は酒が美味い。なんとも良い感じで酔いが回ってきた、酔った勢いでオリジンちゃんに尋ねる。


「オリジンちゃんは30万年も生きて来て寂しくなかっった?」


「…………、やっぱり最初は寂しかった気がしますわ、どこに行っても私は異端の存在でしたし、うううん、今でも異端の存在ですわね、神様専門の吸血鬼なんて。でも最近は本当にとても楽しいですわ、こうしてガクさんともお友達になれましたし」


「はは、始まりの吸血鬼の友達にしてもらえるなんて、光栄の至りであります」


そうだよな、30万年の時間なんて俺には想像もつかない、文明が出来たのだって1万年ほど前のことだし残り29万年を、彼女がどんな気持ちで過ごしたかなんて、たった20年しか生きてない俺にわかるはずもない。でも。



「オリジンちゃんとこの先ずっと一緒に生きていけたら幸せだろうな」


「なっ!」


あれ、俺今なんかプロポーズっぽい台詞言わなかったか、やべ!なに調子こいちゃってんだ恥ずかしいなぁ、もう。

恐る恐るオリジンちゃんを見ると月明かりでも分かるくらい顔を真っ赤にして、もじもじと杯をいじりながらチラ、チラッとこっちを見てくる。なんなのこの可愛い生き物は、高校時代だったら転げ回って悶えてるわ。


「ガ、ガクさんにそう言ってもらえて、あ、安心致しましたわ。今の言葉に嘘はないですわね。ほ、本当ですわね」


「は、はい。本当に真面目な気持ちです」


何々、この流れ。行けちゃうの?俺の人生で初の彼女できちゃうの、こんな美少女の?マジか!酔いが醒めるほど緊張してきた、うわー心臓うるせぇ〜!!


「じゃ、じゃあ私も言っちゃうね。驚かないでね。そんな軽い女だと思わないでよね」


「は、はい!勿論です」


こ、これは本当にワンチャンあるのか、もしそうなら明日良庵上人に自慢しに行こう、絶対に悔しがるぞあの尼。あれ、そう言えばお嬢様言葉じゃなくなってる、こっちが素なのかな?


「じ、実は。・・・やっぱり言えない!!」


何か言いかけて、手で顔を覆いイヤイヤと恥ずかしがるオリジンちゃん。


うぉーい!引っ張るなよ心臓に悪いわ!

言って!お願いだからプリーズ。カモン!

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