第5話 こちら側の人間

文字通り、空が落ちて来た。濃密な死臭を含んだ、真っ黒な空が。


一体何で出来てるのかわからないが、気体というより液体に近い密度の闇が一瞬で身体を包み込む。

先程まで聞こえていた喧騒も悲鳴もまるっきり聞こえなくなる。


「ガクさん!!」


名を呼ばれ、手を引かれた気もするがそこで俺の意識は刈り取られる。

ああ、今俺は死んだんだなと漠然と感じるだけだ、痛くも熱くもない、只々視界も頭の中も真っ暗な闇の中、全部が真っ黒だ。

あ、今なら悟りが開けそう・・・・・。








結果としては、その時善光寺の境内に居た5,208名の人間が命を落としたと言う事だ。Aクラス神様のアヌビスちゃんのうっかり神罰で、善光寺全体がタールのような黒々とした物体で覆われ老若男女5,208人の命を平等に分け隔てなく殺した。

神様のうっかりで死んでしまうと言う、異世界転生ものではよく有る話しだが、一気に5,000人もぞろぞろと来られたら転生担当の神がブチ切れそうだ。他人事のように話しているが、俺もその時死んじゃってるので、死んでる間の記憶が無いのだ。



そして俺が転生し目が覚めた時に映った景色と言えば、澄み渡った青空をバックに微笑む金色の瞳、光が透けてキラキラ輝くプラチナブロンド、後頭部に感じる柔らかくも生温かい感覚。

うん、オリジンちゃんの膝枕ですね、ごちそうさまです。もう死んでもいい。



「もう一回、死ぬ・・・」ボソッ



うわっ!目の前にいきなり銀髪の貞子が現れる、ヘルちゃん、その登場の仕方はやめてくんないかな心臓止まるかと思った。

あれ?キョロキョロと辺りを見渡せばそこは善光寺の仲見世通り、後ろに仁王門、前には山門。ん、山門で首吊りしてるのはイシュタムさんかな? やめなさい!その山門は重要文化財指定されてるから。



というか俺、転生したわけじゃないの?



「どうしました?どこか痛い所でもありますの」


「いや、むしろ後頭部が幸せ一杯です。じゃなくて何がどうなってるんです!俺は一回死んだの?」


後ろ髪を引かれながらも、オリジンちゃんの膝枕から起き上がる、痛っ!首の所がチクッとした。


「ごめんなさい、アヌビスの神罰でこのお寺に居た人、全てを殺してしまいました。でも、でも大丈夫ですわ、一応三人も冥界の神がいましたから、すぐに蘇生させましたわ」


「5、6千人なら私一人で余裕・・・」ボソッ


オリジンちゃんに頭を下げられ、ヘルちゃんに無い胸を張られピースまでされた。

そうか、ヘルちゃんの蘇生術か。凄いな一度に5千人以上生き返らせるとは、流石は冥界の神だ、天国に届く前に生き返っちゃたら異世界転生の暇もなかったか、ちょっと残念。でもあの黒い物体はどこに消えた?


「あの黒い物体なら、イシュタムが全部飲み込みましたわ。お腹一杯だから首吊ってくるって山門に行きましたわ。ほら、あそこ」


「えーーと、寺の山門で首吊りはやめさせてくれません。他の人に見えてなくても縁起が悪いので・・。

そういえばアヌビスちゃんと良庵上人は?」


「ああ、それでしたらあちらですわ」


オリジンちゃんの指差した方に目を向けると、アヌビスちゃんと良庵上人が並んで石畳の上で正座させられていた。二人の前には薄い黄色の衣をまとった阿弥陀如来のおっさんが額に怒りマークを浮かべて説教していた。

あ、来たんだ阿弥陀のおっちゃん、久しぶりに見たけどあいかわらずパンチパーマなんだ。



「アヌビス様!いくらあんたでもやっていい事と悪い事があります!まったく、うちのシノギを邪魔する気ですか、この件はあんたの所のラー様に正式に抗議させてもらいやすよ!」


「うぅ〜、ごめんなさいです」


もともと小ちゃいのにさらに縮こまって頭を下げるアヌビスちゃん、尻尾もシュンとしてる。隣の良庵上人も顔が真っ青だ、さすがに僧侶だけに崇拝する阿弥陀のおっさんは見えてるらしい。

でも阿弥陀のおっちゃん、シノギって言っちゃてるよ。天照ちゃんもそうだが、東洋系の神はガラが悪いのが多いな。あ、こっち向いた。


「おお、学。やっと生き返ったか、今回は災難だったな」


「お久しぶりです阿弥陀様」


「しかし吃驚したぞ、いきなり俺の縄張りであんなでっけえ災害級の神罰発生するし、急いで来て見ればもう跡形もなくなってるし、極め付けはオリジン様まで居るじゃねえか、まったくなんて日だ!」


「アヌビスがご迷惑お掛けしましたわ」


オリジンちゃんが阿弥陀様に謝る。


「いやいや、うちの良庵あまも悪いみてえだし今回のことはチャラってことで。それにオリジン様に頭下げさせたとあっちゃあ、釈迦の奴に俺がどやされちまいやす。ヘルのお嬢もイシュタムの姐さんもありがとうございました」


「問題無い・・・」


「あらそうですの、ではお釈迦さんにはよろしく言っといてくださいね。また今度、挨拶に伺いますわ」


「しっかり伝えておきやす。では、オリジン様あっしはここらで失礼致しやす。ごゆっくり寺見学して行ってくだせえ、学、お前もこれから頑張るんだぞ」


「は、はい。頑張ります?何を?」


「良庵!!くれぐれも皆さまに失礼の無いようにな」


「は、はひぃ!!」


そう言って阿弥陀のおっさんは消えた。あの人、グラサンとかかけたらもろヤーサンだな、迫力ありすぎだろパンチでごついマッチョだし。

さて、残された我々はいかが致しましょうかね、オリジンちゃん。

本堂に行っても御本尊のおっさんは今消えちゃったし、次に会えるのは2027年の御開帳の時かな。考え込んでいるとアヌビスちゃんがトテトテとこちらに向かって歩いてきた。


「う〜、ガクのこと殺しちゃって、ごめんなさい」


ペコリと頭を下げるアヌビスちゃん。うむ、犬耳娘とはいえ神様に頭を下げられてしまったよ、恐れ多い。


「まあ、ヘルちゃんに生き返らせてもらったからもういいよ。でもしばらくお酒は禁止な」


落ち込むアヌビスちゃんの頭をポンポンと叩き慰める。すると横からヘルちゃんが呟く。


「でも、ガクが後5秒喧嘩を止めるのが遅かったら・・」


「遅かったら?」


「この長野市ごと消滅してた・・・」


「や、やっぱり反省しろー、犬耳娘ー!!ちっこいくせに神力有り過ぎだろ!!」


「ちっちゃくないもん!それにヘルやイシュタムだって同じ事出来るぞ!」


うわー、危ない連中だな核爆弾かよ、それじゃあもう絶対に怒らすわけにはいかねぇじゃん。

頭をかかえて唸っているとオリジンちゃんに声をかけられる。




「さて、ガクさん。阿弥陀さんも帰っちゃいましたし、おみくじでも引いてあんみつを食べに行きますわよ」


えっ、オリジンちゃんでもおみくじって引くの?俺も一応、家内安全のお守りも買っとこうか、いや、ここは恋愛成就にするべきか。


「学ちゃん、迷惑かけたおわびにおみくじだったら大吉をいっぱい用意してやるぞ。なんなら私が直に書いてやる、もちろんご利益てんこ盛りで」


良庵上人、それおみくじの意味なくね。接待おみくじなんていらねぇよ。

こうして、俺達は良庵上人(一応善光寺では偉い人)の案内でおみくじを買い、仲見世であんみつを頬張るのだった。売店の人は良庵上人と金髪美少女と袴姿の俺に吃驚してた、たしかにどんな組み合わせだよ、オリジンちゃんは終始笑顔ですこぶる機嫌がいいみたいだし、まあこれはこれでいいのか。




「ふふ、ガクさん。明日はどこに行きましょう、楽しみですわ」


うん、この笑顔が見れるなら1回や2回死んだって損はないな。


駐車場まで戻り、車のキーを取り出した時だった。


「あ、イシュタムさん忘れてた」



その日、異様な気配のするお寺の山門は誰も近づかなかったそうだ。合掌。








プラ〜ン、プラ〜ン。


「あ〜っ、肩こりには首吊りが一番だわ。効くわぁ〜」

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