第11話 イレーネの悲劇

「私は直接の面識はないが、デリアはイレーネ嬢の一つ年上で学園でも交流があったそうだ。上品でおとなしやかな方で、彼女が犯罪に手を染めてまでエシャール嬢に危害を加えたとはとても思えない、と、言っておったよ」


 父はイレーネ嬢のことを語る。


「そんな方が一体どうして……」


 乙女ゲームの筋通りなら大体察しがつくが、私は父に聞いてみた。


「エシャール殿に危害を加えたと言うがその内容が子供じみていて実にくだらない。制服や教科書を破ったとか、イレーネ殿は妃教育で忙しくそんなことをしている暇もなかったろうに。そしたら、他の者に命じてやらせたのだろうと……。そんな証言はいっさい出てこなかったのに、公爵家が怖くて言えないにちがいないと……。やっていない証拠なんて出せるわけがないのに、彼らの一方的な疑いだけで彼女は罪人扱いされた」


「悪魔の証明ってやつですね」


「なんだ、悪魔……?」


「あ、えっと、何かがないということを証明できないなら、あるに決まっていると決めつける、ないことをどうやって証明するのか、できるわけがない、つまり罪人と決めつけられた人が証明できない論法で追及することを……」


 あちゃ、十歳の少女が持っている知識の範囲を超えていることを言ってしまったかな……。


「サラはすごいなあ、そんな難しいことを……」


 感心された!


 なんかごまかせたみたい、よかった。


「しかもそれらの追及をあろうことか、卒業パーティという、皆それぞれにかけがえのない思い出を作る場を私物化して行ったんだ、何たる卑劣! 何たる非常識!」


「同感ですわ、お父様!」


 私は強い口調で答えた。


 だいたい予想がついていた内容だったけどね。


「それでイレーネ様は?」


 一番肝心の質問だ。


 それを聞いたとたん父は沈痛な面持ちになった。


「すでにこの世の方ではない。ご両親とともに処刑された」


 その後、父が私に語った内容的はこうだ。


 イレーネの父親のヴェルダートル卿は、公爵にもかかわらず王宮での役職にもつかず、領地経営だけに専念する無欲な方であり、娘が王太子の婚約者になってからは、外戚としての懸念を招かぬようその傾向が一層強くなった。


 冤罪による断罪劇ではそのこともあだになった。


 かばってくれる有力者が誰一人いなかったということだ。


 現国王は、王太子時代にすでに自由に動かせる近衛騎士団を持っていて、パーティ会場でイレーネを捕縛すると同時に、ヴェルダートル邸にも一部を派遣する。


 他の公爵家と違って私設の騎士団も持たないヴェルダートル家を制圧し、公爵夫妻の身柄を抑えるのは一個小隊だけで造作もなかった。


 親子は裁判にもかけられず、国の東端の森との境界の壁が尽きるところまで連行された。


「それって私刑じゃないの! 一国を統べる者が疑いだけでそんな……」


「ああ、当時国王であった父君が口を出す間もなくあっという間に処理してしまわれた。壁の上に連れていかれたお三方は、魔物を興奮させる薬を注射され高い壁の上から突き落とされた」


 魔物を興奮させる薬とは、そういった類のにおいが体から発せられるようになる薬であり、おとりを使って狩りをする際に使う。


 通常はおとりとなる動物に注入するのだが、それを人間に対して使うなんて、おそらく確実に三人を殺すためにしたことだろうけど、まさしくそれは……。


「鬼畜の所業だわ!」


「ああ、その通りだね……」

 

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