第3話


 陛下と王妃さま、王子さま、王女さまと、高位貴族の皆さまを初めて拝見出来て、殿上人とはお美しい方が多いのねぇとびっくりしたの。

 空気まで違うのねって呟いたら、ジョシュアさまが、

「高級な香水や化粧品をおつかいになられてるからね。空気じゃなくて匂いじゃないかな」

って教えてくれた。

 高級な香り!

「母上がお使いになってるものも良い香りだけれど、君はまだお化粧に頼らなくてもいいよ」

 大人にならないと使えないのね!

「いつかこんな素敵な香りが似合う人になりたいわ」

「君は今も可愛くて素敵だよ」

 ジョシュアさまったら恥ずかしいわ。


 王族や公爵さまたちのダンスが始まって、次々とダンスの輪が広がっていく。

 大勢の大人たちのダンスを初めて見たから、その美しさと迫力に圧倒されちゃって、その輪に入るの何怖くなって足がすくんじゃう。


「マーガレット、大丈夫だよ。僕に合わせて、ね?」

 ジョシュアさまが私と同じ歳って嘘じゃないかしら?

 私はジョシュアさまに手を引かれるまま、全部に委ねることにした。


「足を踏んでもいいからね」

「踏みません!」


 ダンスはあまり得意じゃなかったけれど、ジョシュアさまのリードのおかげで安心して踊れる。

 私とジョシュアさまのファーストダンスは、彼の優しさと懐の深さを改めて感じて生涯の中で一番大切な思い出になった。


 次はお父様とお兄様、ジョシュアさまのお父様と踊って。

 疲れたでしょってジョシュアさまとドリンクをいただいて。


「・・・ジョシュアさま、お花摘みに行きたいの」


 お伝えするのは恥ずかしいけれど、勝手に行ってしまうわけにもいかない。


「そう?僕も行きたいから化粧室まで一緒に行こうか」


 スマートだわ。人生二回目じゃなかしら?


 私の将来の旦那さまは、本当に素敵。嬉しくて、繋いでくれている手をギュッとしてしまう。


 侍従や侍女が行きかう中、化粧室より奥の方がなぜか気になってしまう。


「どうかしたの?」

「えっと・・・あちらで何か音がした気がして」

 微かにだけど、物が倒れるような、聞いたことがない感じの音がしたの。


「・・・そう?」

「ちょっとそこの騎士殿」

 ジョシュアさまが近くに待機していた衛兵さんに声をかけた。

「あちらは確か夜会中は使われない部屋ですよね?誰か通りましか?」

「はい。少し休憩を取りたいとおっしゃる方がおられて」

「それは男性かな?」

「はい、コランド侯爵のご子息とアロー男爵のご子息です」

 あら、男の方同士で喧嘩でもなさってるのかしら?

「すまないがちょっと確認したほうがいいと思う」

 ジョシュアさまが物憂げな顔をして、

「は・・・」

 衛兵さんがなぜか顔色を青くして走り出す。


「ジョシュアさま?」

「気のせいだといいんだけどね」

 

 ジョシュアさまが奥に行きたい私を止めようとしたけど、「女性がいた方がいいかな・・・」って一緒に連れて行ってくれた。


「何をなさっていますか!!!?」

 

 さっきの衛士さんが大声をあげて笛を吹く。


近くにいた侍従さんと他の衛士さんが集まってくる前に中を確認したジョシュアさまが、

「マーガレット、女性を隠してあげて」

と声をかけて、衛士さんと一緒に男の人を素早く縛り上げた。


 椅子が倒れて花瓶が割れている中に、ドレスを裂かれ、頬を叩かれたらしい令嬢が泣いている。私はあまりのことにびっくりして一瞬足がすくんでしまったけれど、令嬢の方がよほど怖い思いをしている。

「まぁまぁまぁ・・・」

 混乱して何か声をかけたいのに、言葉が出てこなかった。


 とにかく令嬢を隠したい。周りと見たら大した物がなくて、テーブルクロスを剥がすしかなかった。


「ごめんなさい。これで許してね」

 彼女にテーブルクロスをかけて顔を隠して、背をさすることが精一杯。

 ジョシュアさまのようにスマートにはできないわ。

「うっ・・・ありがとう存じます・・・」

 

 なんとか隠せてホッとした中、他の方達が雪崩れ込んできた。

 

 ジョシュアさまと衛士さんが状況を説明して犯行を犯した男たちを連れて出てもらえてホッとした。

 彼らは自分たちの家名を叫んで責任逃れをしようとしていたけれど、現行犯なので連行は当たり前だと思うの。


「お嬢様方、とにかく場所を変えましょう」


 令嬢を騎士さまが抱えて、人気のない廊下を使って、私たちも事情聴取のためにと客室へと向かうことになった。


 私は女性が殴られた場面を初めて見たし、衣装がを裂かれてなんてことも初めてで、恐ろしくてジョシュアさまの手をずっと握っていた。

 事情はほとんどジョシュアさまが説明してくださった。


「しかし、衛士は物音などまったく気が付かなかったと言っている。君は耳が特別にいいのか?」

「いいえ、そんな事はないと思うのですが、なぜかあの時は重い物が倒れるような音がしたのです」

 でも、倒れてたのは椅子と花瓶くらい。一体何の音だったのかしら?


「そうか。何はともかく一人の女性が寸前で助かった事は確かだ。お手柄だよ」

 騎士さま何そう言ってくださったけれど、頬を叩かれてドレスを乱された彼女にとっては十分醜聞になり得る。


「箝口令が出されているし、幸い他の貴族には見られていない」

 王宮勤めの者は、ほとんどが貴族だけれど職務中の出来事は、守秘義務があると教えていただいた方

 でも人の口は止められない。彼女はきっとお辛い思いをされるでしょう。


「そんな顔をしないで、君が気付かなければ彼女はきっともっと大変だったよ」

 ジョシュアさまが肩を抱いて慰めてくれる。


「君、彼の言うとおりだよ。純潔を失っていたら婚約も破棄になっていただろうし、修道院に行くか、最悪命を断つようなことがあったかもしれない」


 騎士さまの言葉で、私はあの場面がそう言った場面だったのだと初めて気がついた。ただの暴力じゃなくて、尊厳が損なわれる状況だと思い至って震えた。


 なんて酷いこと。


「彼女は大丈夫ですか?」

「今はショックを受けているが、婚約者殿が付いている」

 そう聞いてホッとした。


 あの令息たちは、彼女に好意を寄せていたけれど婚約者がいるから、既成事実を作って、破談にさせて自分が娶るつもりだったのだとか。


 よくわからないけれど、そんな事されて受け入れたりしないと思うの。


「でも二人の男性と結婚は出来ませんわ?」

「「っぅ!」」

 私がそう聞くと騎士さまもジョシュアさまも一瞬吹いた。


「いや・・・ああ言った卑怯者は一人では行動できないんだよ」

「まぁ・・・」


 

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