たった一つのやさしさ
赤月結衣
たった一つのやさしさ
「大丈夫。一人じゃないよ」あの子が言った唯一の言葉。
私はいつもそのやさしさに惑わされていた。私がどんなに機嫌が悪くてひどいこと言っても、あの子は怒りもしなかった。むしろ笑っているばかりで、私にとってそれがどこか悲しげな眼差しを送るような感じだった。私の友達はいつも「大丈夫」って言っていた。でも私はつい最近知ってしまった。彼女の「大丈夫」は大丈夫ではなくただ周りに心配をかけないように気を使っていたのだ。いつも一人で、我慢強くて、笑ったと思えばそこに現れるのはいつもどこか寂し気な雰囲気を出している彼女の瞳だった。「いつになったらちゃんとした笑顔を見られるのだろう。」と思いながらもいつの間にか日は暮れていた。学校のチャイムが終わりを告げていた。いつも聞いているチャイムなのになぜか今日は寂しく思えた。何か大切なものを、身近な存在に気づけず、気付いた時にはもう私の隣にはいない。そんな感じだった。そうこう考えているうちに、後ろから「お待たせ。帰ろう」というあの子の優しい声が聞こえてきた。彼女の気持ちも知らずに、私はあれこれ彼女に自分の話をしていた。彼女は一言も喋らずただ嬉しそうに聞いていた。そんなだから、私は彼女の声をあまり聞いたことがない。きっと優しい声なのだろうと思う事はある。でもそれが真実かどうかなのかは分からない。
時は過ぎ、高校生になった。今は四月で新しい高校生活が始まる。でも私は嬉しくなかった。いつも隣にいるあの子がいないから。そう、彼女は今病院にいる。昔から体が弱かったらしく、あまり学校生活を楽しめなかったらしい。それなのに彼女は中学を休まず毎日学校に来ていた。きっと友達が欲しかったのだろう。私は帰りに病院に向かい、彼女の部屋に行った。彼女はやせ細っていて、疲れ切っていた。でも彼女の笑顔は相変わらずで「いつもお見舞いありがとう」と言った。私は「あなたが私にくれたやさしさに比べればそんなの大したことないよ」それでも彼女は困った顔して「でも」と言った。相変わらず優しい人だ。私は彼女に言った酷いことをいまさらながらも口走っていた。そんなこと言いたいわけでもないのに。楽しい会話をさがしてもダメだった。どうしても言わなければいけないと思ったから。彼女は「私の友達になってくれてありがとう」と言い、私は病院を後にした。彼女が見せた笑顔はそれで最後だった。翌日学校で「彼女が息を引き取りました」と学校から報告があった。ショックだった。昨日まであんなに元気だったのに。まだ「ごめんね」の一言も言っていないのに。もういないんだ。私のそばで笑ってくれたやさしさは消えてしまったんだ。彼女はもういない。なぜ私たち人間は、大切なものを失った後に今までのやさしさを思い出すのだろう。まだ彼女が生きてるときに言っとけばよかった。自分の話を聞いてほしいだけでなく、彼女の話も聞いてあげればよかった。それはもう叶わない。
「たった一つのやさしさ」
End
たった一つのやさしさ 赤月結衣 @akatuki-yui
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