夢の夢の

◆名探偵夢水清志郎

 二十歳のとき、夢の中に出てきたと語る。

 サングラスを掛けた、やせっぽっちの長身の男。

 自分は名探偵の夢水清志郎、と名乗ったという。

 はやみねかおるは、謎解きマシンのような人物が好きで、当初はそのように考えていた。

 だが、「名探偵は、みんなが幸せになるよう事件を解決する」といい出して困ったという。

「子供は、いつの時代だって幸せでなくちゃいけないんだ」

 これも、執筆中に出てきた意外なセリフだという。

 読者が受け入れてくれたから、子供に寄り添う名探偵夢水清志郎シリーズが続いた。子供たちとともに作り上げた存在であった。


◆怪盗クィーン

 世界を駆け、探偵や暗殺者匂われようとも、狙った獲物は必ず盗む。独自の美学を持つ銀髪の怪盗。その名はクィーン。

 名探偵夢水清志郎の好敵手として登場した怪盗クィーン。

 二〇二二年に初のアニメ上映され、続編制作も進んでいる。

「怪盗セイント」(レスリー・チャータリス作)「怪盗ニック」(エドワード・D・ホック作)などに心を踊らせた経験から、今度は書き手として焦がれる怪盗にしたかったという。

「教師だった自分は『盗みはいけない』と教えてきた立場でもある。だから怪盗を描くなら、美しい理由がなければならないと思った」

「クィーンにあるのは男らしさ、女らしさじゃなく『自分らしさ』だけ。やりたいこと、楽しいことを徹底的に追求する。そういうやつなんや」

 自由奔放な怪盗の冒険は筆が乗るのか、本は分厚く、上下分冊になることもしばしば。

「どんなに不可能に思える状況に置かれても、獲物と盗み出すことに怪盗の浪漫がある。だから書いていて楽しい」と笑う。

 そんな怪盗クィーンの最大の獲物はなにか。『怪盗クィーンからの予告状』にヒントがあるという。

「戦争さ。世界中の戦争を盗んで、かわりに平和を持ってきてくれるよ」

 きっと最後はそこに行き着くんじゃないかなと、作者は語る。


◆都会のトム&ソーヤ

 三重県の豊かな自然の中で育った作者。そんな少年時代の思い出を色濃く反映したのが『都会のトム&ソーヤ』。

 祖母譲りのサバイバル能力を持つ内藤内人と、未木主礼の収載竜王創也の中学に年生コンビが冒険を繰り広げる。

「彼らは永遠の中学生。自分も中学に年生のときが一番楽しかったな。スター・ウォーズが劇場公開されて盛り上がって」と懐かしむ作者。

 彼らの誕生には、名探偵夢水清志郎シリーズの反省が関わっているという。

「中心になる三姉妹たちが年を取り、最後に中学校を卒業させちゃった。それが寂しかった」だから、内藤内人と竜王創也には基本、年を取らせないという。

 内藤内人にサバイバル技術や様々な格言を教えた祖母のモデルは、はやみねかおるの父方の祖母、ふさ乃だという。

「おばあちゃんはよく手作業で物を作り、修理した。自分も困ったことがあれば、身の回りのあるものを工夫して対処する習慣がある」

 だが、内藤内人のモデルは自分ではないという。

「貧乏性な性格など、自分を反映した麺はありますけれど。実写映画では城桧吏くんがえんじてくれましたからね。わたしはあんなに格好良くない」と苦笑する。

 物語の根底にある思いは、作者自身のもの。

「子供の頃は、山や川でよく遊んだ。どこまでつながっているのかと用水路を遡ってみたり、木野反で赤土の斜面を滑ったり」佐々井なことでもワクワクして、夢中になれたという。

 ちなみに、現在の作者の冒険は、「家の周囲6.43キロを毎日ジョギングすること。六年ほど前から続けている。最初は百メートル走るだけで息が切れたけど、ある時から最後まで休まず走れるようになった。三十二分がめどで、三十分台が出ると嬉しい」と語る。

 走ると、小説のネタもよく浮かぶらしく、健康維持血実益を兼ねた日課になっている。

「小説の締切は冒険というか……綱渡りかな」と頭をかく。


◆祖母

 幼少期のはやみねかおるが遊びに出掛けようとすると、同居する父方の祖母、ふさ乃さんは口癖のように「生きて帰ってこい」と声をかけたという。

「親父には兄が何人かいたけれど、わたしはあったことがない。太平洋戦争で皆、戦死した。だから、ばあちゃんは『生きて帰ってこい』と言っていたんだと、大きくなって納得した。

 戦争がなければ、末っ子の父が家を継ぐことも、自分が祖母と同居することもなかったかもしれない。

「今、生きている人全員に戦争の影響はあるんだろうなと思う」

 はやみねかおるが書く物語の背景には、しばしば戦争がある。

「意識して書いたわけではないが、心の何処かに『戦争を忘れてはならない』という意識がある」と話す。

 二〇二三年に出た『少年名探偵 虹北恭助の冒険 新装版』は、二〇〇〇年に刊行された旧版から、二十年あまりの間に古びた単語を差し替えたという。ただ、変わっていないのは、虹北恭助の祖父「恭じいちゃん」は戦後の焼け野原になった街で古書店を作り、本の力で人々を励ました逸話をもつ。

 現代の物語に更新するだけなら、設定を変えてもよかった。

「迷いました。『今』の物語だとすると、恭じいちゃんはとても高齢になってしまう。だけど物語の根幹部分だから変えようがなかった」と明かした。

 戦争はあってはならないし、忘れてもならない。祖母から受け取った思いが作品に息づき、読者にも手渡されているはず。

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