第17話 予選2回戦第2試合
同じく翌日早朝。
昨日の試合では自分の勝利による喜びよりも敗北後のメイの様子がおかしかったことが気がかりだった静子も彼女と同様に少し早く起きていた。
だがそれはメイよりも30分ほど後。
入れ替わる形で食堂に顔を出した静子の前にメイは現れなかった。
「鉢合わせしなかったのは好都合だったかな」
静子が来たことに気づいたアオは朝食を準備する手を止めて彼女の前に来る。
その手にはメイからの伝言が握られていた。
「どういうことですか?」
「さっき伊佐のヤツもアタシに相談があってな。朝っぱらから可愛い子供たちのために一仕事したばっかりなのさ」
アオの言葉から「先程までメイが居た」ことを察する静子だが、今度は鉢合わせしたら不都合という話が疑問である。
小首を傾げる静子に対してアオは話を続けていく。
「アイツはもう一眠りすれば元通りだから、午前の授業に遅刻するだろうが宮本が心配することはない。むしろ変に心配するほうが恥ずかしいヤツさ」
「え?」
「丁度いいから朝飯の支度を手伝うついでにアイツからの伝言を聞いていけ。お前が今日戦う予定になっている華権・ズコ・バコスが伊佐に使った魔法について大事な話がある」
アオに言われるがまま伝えられた華権が使った魔法とその対応策。
それらを短時間で頭に入れた静子はモチベーションを維持したまま試合の時刻を迎えた。
アオが言うようにこの頃にはメイもすっかり回復しており、体調不良による遅刻を気にされる程度。
もう大丈夫だと自己申告したのは強がりではないと証明するように瑠音との試合に挑んだのだが、流石に相手が悪いとしか言えない連敗を喫していた。
この日の順番では2番目には友親と有田の試合が行われて、前年度順位の通り友親の辛。
静子と華権の試合は最後に控えたわけだが仲の良い男子に囲まれて談笑する華権は最大目標である瑠音の姿を鈍く濁った瞳で眺めていた。
「それでは最後はファと宮本の試合だ」
リングに向かう前、昨日の試合から華権の切り札を察していた瑠音は「お気をつけてね」と小声でアドバイス。
それに対して「ええ」と返した静子は、向かい合った華権を睨んだ。
「どうしたのさ。怖い顔をして」
「さてね」
睨まれるとは思わなかった華権問いかけを静子ははぐらかすが、無論この目線はメイを辱めたことへの怒り。
華権も薄々それを察しているからこそ、シラを切りつつ静子を警戒する。
(そういえば伊佐と宮本は同じ落ちこぼれ寮から通っているんだったな。それじゃ友達から恥ずかしい話をたっぷり聞き出してオレの魔法を対策してきたわけか。クハハ……こういう自分勝手なオンナは好きだぜ)
口元が歪んで盛り上がり、こらえきれずに漏れるクハハという笑い声。
事前に種を知っているのならばそれに合わせたやり口があると、杖の先を静子に向ける。
バチバチとした視線の理由を単なる闘争本能としか思っていない柴沼の号令で開始した本日のラストゲーム。
先手を取ったのは華権である。
「淫遁、涅槃処(いんとん、ねはんどころ)」
事前に左手に杖を持ち替えて、右手に集めた魔法力と手印をトリガーとして発動したこの魔法は邪な胆術。
本来は自分の精神を整える魔法を相手の精神を乱すために放射するこの術にかかった相手の脳内にはとある欺瞞情報が流れ込む。
それは相手の性的欲求を刺激する情報。
現実ではないとは言え一瞬のうちに精神世界ではじっくりねっとりと嬲られるのだから異性にとってはたまらない。
この魔法は使用者に対して異性としての行為を一切持って居なくても「異性である」という一点で抗いがたい。
これは同性の場合は例え相手が使用者に対して特別な感情を持っていても効果が薄いため完全に異性を誑かす目的の魔法となる。
昨日の試合でも意外な窮地に追い込まれた華権はこの魔法を使用しており、メイが突如呆然としたのもこのため。
男性である華権が使う以上、対女性では決まれば必勝と言っても言っても良い。
対抗策は自分も胆術を用いて精神を守ること。
これは事前に想定していなければ対策が困難であるため、アオのような百戦錬磨の戦技を持っているわけではない学生には防げない。
かと言って胆術防御を優先すれば他の魔法が使用できない。
華権は相手が涅槃処を防ぐのならば男性の体格に任せて攻めたてるつもりだ。
(やはりガードを固めてきたようだな。しばらく魔法は使えないとくれば楽勝だぜ)
互いに駆け寄る中、杖を握る左腕を振りかぶった華権は乱暴に先端を打ち付けた。
スナップを効かせて遠心力と魔法力を乗せた一撃は無防備な女性を悶絶させるのに充分な威力であろう。
彼の計算が甘い部分をあげるならば静子は見た目に反して華奢ではないことだが怯ませれば大差がない。
打撃に意識を取られてしまえば再チャージした涅槃処を防ぐことに意識が向かないからだ。
(こんな攻撃……センサーなんてなくたって!)
一方、静子はメイを辱めた華権への怒りで目が血走り感覚が研ぎ澄まされていたことで華権の攻撃に反応していた。
胆術による精神防御と並行しての筋力強化。
研ぎ澄ました感覚に身体を追求させた静子は軽く握った右手の手刀でアカザの杖を受け止める。
「なっ⁉」
「ラギ!」
ピクリともしない膂力に驚いた華権の意識の隙を貫いたのは静子が突き出した左手から放った熱線魔法。
初級の魔法かつ静子の拙い魔法力で放ったそれでも近距離で無防備な鳩尾を捉えたのだから効かぬ訳が無い。
後ずさりをして悶える華権は涅槃処の準備に向けていた意識が途切れてしまう。
(クソっ! 何だ今のは? いくらなんでも魔法ナシでオレの攻撃を受け止めてピンピンしているなんて)
怯みすらせず反撃されるという想定外の自体に困惑を隠せない華権。
だが切り替えの速さは前年度の上位成績者なだけのこともあろう。
追撃のために近づこうとする静子を咄嗟に作った盾で押し返すと、そのまま構わずに放った熱線魔法も軽々と防いで仕切り直した。
再び涅槃処を使うための魔法力を練り上げつつ距離を置いて静子の次の一手を探る華権。
堅実な立ち回りに見学の生徒も唸る。
「よし!」
そして10秒のインターバルを経て完了したチャージに華権は勝ちを確信した。
先程ガードされた力任せの打撃ではなく、涅槃処の隙間のない再使用など考慮しない連続魔法で一気に攻めてしまおうじゃないか。
いくら防御が達者でもあの火力ならば自分が一撃で落とされることはない。
火力勝負ならばしょせん相手は落ちこぼれのままかと。
「ねは──」
「ヒャクジョウ!」
その油断──さながら先週末の特訓に挑む前の自分を思い起こされた静子が放った奇襲は涅槃処の発動よりも先に華権を狙い撃った。
熱線魔法の通過跡が風で流されぬうちに利用した電撃は威力が低いが早かった。
「痛っ!」
刺激に対しての反射的な痛覚は再び華権の魔法を阻害する。
コンボの始動となるはずだった涅槃処の発動に失敗した彼が状況を把握するまでの1秒にも満たない空白を静子の美脚が穴埋めした。
「ボタル!」
接近し胸板に叩き込んだ小さな拳の炸裂──ヤミボタルは威力絶大である。
だがなまじ魔法の発動に失敗した直後ということで、華権の身体を巡っていた魔法力は反射的にダメージを軽減していた。
衝撃で呼吸が止まりながら振るわれた杖には火炎魔法がまとわりついて、さながら炎の剣である。
テッコを纏った左腕で受け止めても少女を悶えさせるだけの熱を帯びていた。
「ガハッ! キエィッ!」
(こうなったら泥試合)
なりふり構わずに振り回す炎の剣は基本的な魔法力に差があるゆえに効果的である。
最後の抵抗だと理解していても苦しいそれをかいくぐりながら、肌を焦がしつつ二度目のヤミボタルを心臓に叩き込んで結ばれたこの試合。
勝利をおさめて友人の仇を討った静子の方が傷だらけとなっていた。
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