第16話 下劣
静子の試合が終わり、次はメイの出番。
対戦相手である華権の前年度順位は5位、クラス内に限れば2位という瑠音に続くもうひとりの勝ち上がり候補だった。
下馬評通りならば敗色濃厚でありつつも、静子に触発されて意欲に満ちているメイの両手には拍子木。
魔法力を吸収しやすい材質の短杖を用いた近接戦闘が狙いのようだ。
対する華権が持ち出したのはアカザの茎を加工した、いかにも魔法使いが持っていそうな杖。
奇しくも王道な杖と邪道な杖の対決にクラスの目も集まる。
「お手柔らかに頼むよ」
「それじゃあ勝ち目がないじゃない。必死で行かせてもらうわよ」
この華権という生徒は物腰は穏やかのためか女生徒に通りが良い。
海外出身のお金持ちというのもあろう。
黄色い声援もちらほらなわけだが、一方でメイは彼のことは特に好きではない。
どうにも生理的な忌避感を持っていた。
失礼ながら外国人だからなのだろうか。
そう考えつつも試合開始に備えて拍子木を魔法力で満たす。
(アレの試運転もしておきたいが……今はまだ良いか)
口角をあげて気合充分なメイとは対照的にポーカーフェイスで何やら考え込む華権。
周囲には上位者としての余裕と受け取られる彼の佇まいがリングを支配する中で試合の幕が上がる。
「えいや!」
メイの掛け声とともに剣製魔法の光刃が両手の短杖から伸びて双剣となり、美脚を震わせて間合いを詰めていく。
交差した腕を開く左右同時の横切りに対して、華権は教科書通りなアプヴェーアを眼前に展開して弾いた。
パチンとまばたくフラッシュと共に光刃は消え去りがメイにはこれも織り込み済み。
今回は一太刀ごとに使い捨てにする代わりに目眩ましをするように調整を行っていた。
拍子木が蓄えた魔法力が空になったら打つ手なしだが、そうなればメイの力量で出せるのは他の魔法も通用しない。
残り11回ずつの事前チャージがあればどちらにしろ充分だと、次の光を拍子木に灯す。
(これで魔法の補助なしだって言うんだからヒトは見かけによらないな)
背後に回るメイの身のこなしを高く評価しつつ、振り向いてかざした杖で一刀を弾く華権。
杖先から火球を飛ばして迎撃をしても避けて回り込むメイの足さばきは見事なものであろう。
無論、身体強化系の魔法を用いた高速戦闘には劣るとは言え、メイのそれは純粋なフィジカルを源泉としたモノとしては玄人の目でも賞賛に値するほどである。
死角を付いて有利に立ち回るメイの動きは大番狂わせを匂わせた。
「よしっ!」
そしてついにメイの光刃は華権を捉えた。
肩をかすめただけだが刃先は骨まで到達している。
傷にはならないが痺れてしばらく左肩が上がらないほどのタメージに顔を歪ませた華権はメイを睨む。
(痛そうな顔。だけどこれはチャンスね)
これを好機と捉えたメイは正面から駆け寄る突進。
そのまま光刃を突き立てれば彼女の勝ちは揺るがないだろう。
「極突!」
突進の前に魔法力の残りが少ない片方の拍子木を投げ捨てたうえで、腰溜めに構えた光刃は先程までより間合いが長い。
ダメ押しで突き上げる腕で光刃が華権に届く寸前。
周囲もジャイアント・キリングの気配を見据えていた中で彼だけは落ち着いていた。
(どのみち影道との試合では使う予定だったんだ。肩の例として試運転と行こうか)
盾を作るでもなく。
杖でさばくのではなく。
ザクリと音を立てて地面に杖を刺した華権が右手で片手印を結んだ瞬間、ぞわりとした何かがリングを包む。
何が起きたのか理解できないのはメイひとり。
周囲は彼女が突然気が抜けて立ち尽くしたことに困惑するだけ。
「落ちる星…焼ける木々…樹の実は弾けて野に散らばらん!」
そして呆然としたメイを包むのは、華権独自の詠唱を加えて放たれた最上級火炎魔法。
指先を彼女に向けるのに合わせて上空から落下した火球に囚われたメイの敗北を認めないも者は居なかった。
「大丈夫だった?」
試合の決着を踏まえれば静子の心配も当然であろう。
火炎魔法によるダメージもあるが、それ以前に急に立ち尽くしたのは何があったのかと。
保健室に運んだ静子からの呼びかけに、虚ろな意識が残ったメイは無言を貫く。
結局、法術によって怪我を治して櫛灘寮に帰ったあともメイは自室にこもって詳細を語らなかった。
事情を聞いても顔を赤らめるだけの彼女が隠した傷跡は暴きがたい。
翌朝、目が冴えて早起きをしたメイは台所へと向かう。
既に朝食の準備のために起きていたアオを彼女が訪ねたのは、静子に同じ傷を受けてほしくないという思いによるものだった。
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